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コラム
第106回 風が吹いて桶屋は儲かったのか? エルサルバドルのギャングが結んだ不可侵協定の功罪
A seemingly unrelated chain of events: The pros and cons of the non-aggression pact between gangs in El Salvador
PDF版ダウンロードページ:https://hdl.handle.net/2344/0002001829
2026年3月
(2,594字)
今回紹介する研究
Zach Y. Brown, Eduardo Montero, Carlos Schmidt-Padilla, and Maria Micaela Sviatschi. 2025. “Market Structure and Extortion: Evidence from 50,000 Extortion Payments,” The Review of Economic Studies, 92 (3): 1595-1624.
組織犯罪とそれに伴う暴力は多くの国で深刻な問題である。このような暴力を抑制するため、各国政府や国際機関はしばしば主要な犯罪集団間の停戦を仲介してきた。停戦が成立すれば、犯罪組織は縄張り争いではなく、より収益性の高い活動に資源を投入することができる。収益性の高い活動の一例が、企業や消費者に対する恐喝である。犯罪組織への恐喝料の支払いは企業にとって事実上の経費であるため、停戦は企業が提供する財やサービスの価格、さらには消費者の行動にまで影響を及ぼす可能性がある。本論文は、このような犯罪組織間の停戦がもたらす経済的影響の連鎖を明らかにする。
中米エルサルバドルの二大ギャングが結んだ2016年の不可侵協定
本論文の舞台は、中米にあるエルサルバドル共和国(以下、エルサルバドル)である。2015年には人口10万人あたり103件という、世界で最も高い殺人発生率を記録したこの国では、マラ・サルバトルチャとバリオ18という二大ギャングが激しい縄張り争いを繰り広げていた。そうした状況のなか、2016年3月、両ギャングの代表者が直接交渉を行い、敵対するギャングの構成員を標的にした暴力行為を禁ずる協定(以下、不可侵協定)を締結した。この直後に殺人発生率は半減し、その傾向は2019年頃まで続いた。この前後、両組織は、流通業者や輸送業者をはじめとする多くの企業からゆすりとった金銭を主な資金源としていた。そこで本論文の著者らは、エルサルバドル国内の、ある大手卸売業者(以下、卸売業者)からデータ提供を受け、二大ギャングが同社からゆすりとった金銭(以下、恐喝料)に不可侵協定がどのような影響を及ぼしたのかを分析した。
恐喝料の支払いが増え、その負担は小売業者へ転嫁された
この卸売業者は、エルサルバドル国内で消費財や医薬品を供給する主要企業であり、国内外から商品を仕入れ、それを地元の小売店や薬局に卸している。同社の配送トラックは毎朝、首都サンサルバドルを出発し、あらかじめ決められたルートに沿って全国各地に商品を届ける。ギャングが支配する地域を走行する際には、運転手は日常的に恐喝料を支払っており、同社の恐喝対応セキュリティーチームは運転手と連携してこの金額を記録していた。著者らは、2012年から2019年までの間に支払われた約50,000件の恐喝料の記録と、商品の販売データを同社から入手した。
2016年の不可侵協定の影響は、もともとギャング間の抗争が激しかった地域ほど大きいと考えられる。そのため著者らは、不可侵協定前後の恐喝料支払い額の時系列変化を、ギャング間の抗争が激しかった地域とそうでない地域とで比較する(差分の差分法)。ギャング間の抗争の程度については、協定締結前3年間に両ギャングが関与した殺人事件の発生件数に基づくハーフィンダール・ハーシュマン指数で指標化した。また、推計値の歪みをなくすため、分析期間は不可侵協定締結の前後一年間に限定した。
分析の結果、不可侵協定の締結により、ギャング間の抗争が激しかった地域で恐喝料の支払いが増えたことがわかった。特に高額商品を取り扱う小売店への配送時に支払われる恐喝料が増えた。さらに、行政データを用いた分析によれば、不可侵協定の締結後、ギャング間の抗争が激しかった地域でギャングが関与する恐喝行為の逮捕件数が増えていた。これらのことから、不可侵協定締結後、縄張り争いをする必要がなくなったギャングが、恐喝行為に専念するようになったことがうかがえる。
続けて著者らは、配送に伴う卸売業者の利益も分析した。恐喝料という実質的な経費が、卸売価格に上乗せされるかたちで小売業者に転嫁されている可能性があるからだ。仮にそうであれば、配送ごとの粗利益(卸売価格から恐喝料を含まない仕入原価を差し引いた金額)は不可侵協約締結後、ギャング間の抗争が激しかった地域で増加しているはずだ。実際、恐喝料の支払いが確認された地域近辺の小売店への配送について分析したところ、予想通りの結果が得られた。
医薬品の小売価格が上昇し、慢性疾患の患者による医療機関の受診回数が増えた
卸売業者は恐喝料の増加額を卸売価格に反映させることで、小売業者にその負担を転嫁していた。小売業者もまた、この増加した仕入費用を小売価格に反映させ、最終的に消費者にその負担を転嫁した可能性がある。エルサルバドルでは、高い医薬品価格が長年にわたり政治的な論争の対象となっていた背景がある。そのため著者らは、地域の薬局で販売されている医薬品の小売価格データを国立医薬品局から入手し分析を行った。その結果、医薬品の小売価格は不可侵協定締結後、ギャング間の抗争が激しかった地域で上昇していたことがわかった。
このような価格上昇により、医薬品の購入が以前より困難になり、市民の健康状態が悪化した可能性がある。そこで著者らは、公的医療機関における診療記録を保健省から取得し、受診動向の変化を分析した。その結果、糖尿病、高血圧、冠動脈疾患、喘息といった慢性疾患の患者による医療機関の受診回数が、不可侵協定締結後、ギャング間の抗争が激しかった地域で増えたことがわかった。エルサルバドルでは2020年時点で、世界平均のほぼ2倍に相当する、人口の約9%が糖尿病を抱えていたことから、この結果が示す健康への影響は看過できない。
犯罪集団をとりまく経済環境の構造的な理解が必要
本論文によれば、エルサルバドルにおけるギャング間の不可侵協定の締結は、(本研究の直接の分析対象ではないが)殺人事件の発生件数を減らした一方で、企業に対する恐喝行為を増やし、また、小売価格の上昇というかたちで一般市民、特に貧困層に経済的な負担をもたらした。また恐喝で得た資金により、ギャングの勢力が長期的に拡大する可能性もある。こうした経済的・社会的な費用に加え、医薬品価格の上昇が健康に悪影響を及ぼす可能性も考えると、たとえ殺人の減少という成果があったとしても、社会全体の経済厚生は不可侵協定の締結によりかえって低下した可能性がある。本論文は、犯罪集団間の停戦を促す場合であれ、逆に犯罪集団に対して政府が強硬な対応をとる場合であれ、組織犯罪に対する政策を設計・実施する際には、犯罪集団をとりまく経済環境を構造的に理解することが不可欠であることを示している。
著者プロフィール
工藤友哉(くどうゆうや) アジア経済研究所開発研究センター主任研究員。博士(経済学)。専門分野は開発経済学、応用ミクロ計量経済学。著作に“Eradicating Female Genital Cutting: Implications from Political Efforts in Burkina Faso” (Oxford Economic Papers, 2023), “Maintaining Law and Order: Welfare Implications from Village Vigilante Groups in Northern Tanzania” (Journal of Economic Behavior and Organization, 2020), “Can Solar Lanterns Improve Youth Academic Performance? Experimental Evidence from Bangladesh” (共著、The World Bank Economic Review, 2019) 等。
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