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コラム

途上国研究の最先端

 
第46回 暑すぎると働けない!? 気温が労働生産性に及ぼす影響

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00052120

2021年4月

(3,178字)

今回紹介する研究
Easwaran Somanathan, Rohini Somanathan, Anant Sudarshan, and Meenu Tewari. "The Impact of Temperature on Productivity and Labor Supply: Evidence from Indian Manufacturing," Journal of Political Economy, Forthcoming.

暑さが労働者に悪影響をあたえることで、生産量はどの程度減少するのか。過去の研究によれば、主に熱帯地域の途上国において、一国の年間産出量と年間平均気温の間には負の関係があり、暑さは経済活動に悪影響を及ぼす。では、どのようなメカニズム(経路)で気温の上昇が生産量を減少させるのか。生理学の分野では、高温多湿は人間の作業効率を低下させることが知られている。しかし、気温の変化は労働者だけでなく、電力供給(停電)、中間財の調達価格、気象変化(降雨)、自然災害(洪水)あるいは紛争にも影響し、それらを通じて生産量が減少する可能性もある。気温と生産量の関係を仲介する経路は複数あり、そのなかでどれが相対的に重要なのかは自明ではない。

今回紹介する研究は、インド製造業における労働者レベルの日次データと工場レベルの年次データを使って、暑さが労働者の生産性および欠勤率に与える影響を分析したものである。

労働者レベルの日次データの概要

労働者レベルデータは、3つの産業(織物業、縫製業、鉄鋼業)の工場で働く労働者個人あるいは複数の労働者で構成される製造ライン別の日次データである。各工場での温度調節機器(以下、エアコンと呼ぶ)の有無についても情報がある。具体的なデータ項目は以下のとおり。

  • 織物業――ある企業1社が所有する3つの工場を対象に、そこで働く労働者147人のデータが365日分使用されている。データ項目は各個人の日々の生産量と出勤の有無である。エアコンは3つの工場すべてに設置されていない。
  • 縫製業――ある企業1社が所有する8つの工場を対象に、各工場の製造ライン別のデータが730日分使用されている。製造ラインの数はデータ項目によって異なり、生産データが利用できる製造ラインは103、出勤データが利用できるラインは266である。エアコンの設置有無は製造ラインごとに異なる。
  • 鉄鋼業――1つの工場を対象に、9つの生産チーム別の生産量と出勤データが使用されている。観測期間はデータ項目によって異なり、生産量データは3337日、出勤データは857日である。すべての職場にエアコンは設置されている。
エアコンがなければ、高気温時に労働者の生産量は減少する
分析の結果、縫製業の製造ラインでは、エアコンが設置されていないラインの場合、1週間のうち最高気温が35℃以上の日が1日増えることによって、製造ラインの1日あたり生産量が週平均で4~8%減少することが明らかとなった。この数値を年間平均気温が1℃上昇したときの効果に換算すると、生産量の減少は約3%となった。一方、エアコンが設置されている製造ラインでは、生産量の減少は観察されなかった。同様に、すべての工場にエアコンが設置されてない織物業のサンプルでも、高気温時(35℃以上)に労働者の生産量の減少が見られた。一方、鉄鋼業のサンプルでは、高気温時に生産チームのパフォーマンス低下は観察されなかった。鉄鋼の工場は機械化が進み、エアコンも設置されているため、高気温の労働者への影響が小さいと考えられる。したがって、労働者のパフォーマンスは高気温に晒されることによって低下するが、エアコンによる温度調節によってその負の効果はある程度軽減できるといえる。以上の結果は、労働者の固定効果、月および年の固定効果、そして降雨の影響も考慮したうえで得られたものである。また、電力供給が生産に与える影響については、①エアコンの有無による労働生産性の違いは電力供給の問題では説明できないこと、そして②各工場には予備電源が用意されていることから、電力供給がこの分析結果に影響を与えているとは考えにくい。
エアコンがあっても、高気温時は欠勤が増える

暑さと欠勤者数の関係については、出勤日の気温だけでなく、その一週間前の気温が高い場合(35℃以上)でも欠勤者数が3つの産業すべてにおいて増加する傾向にあった。例えば、織物業の場合、高気温は欠勤確率を0.005ポイント上昇させる結果となった。これを1日1人あたり生産量への影響に換算すると、高気温による欠勤は1.4%の生産量の損失となる1。暑さによる心身への影響は持続性があるのかもしれない。さらに、高気温時の欠勤者数の増加は、エアコンが設置されている職場でも観察された。職場のエアコンは暑さによる生産性の減少をある程度食い止めるが、欠勤に対しては効果が薄いようである。これはおそらく労働者が職場だけでなく、自宅の内外でも高気温に晒されていることが影響していると考えられる。

暑さストレスによる生産量低下は全国規模のデータでも観察される

次に、インド製造業を母集団とする5万8377の工場レベル年次パネルデータ15年分(1998~2012年)を使って、気温と生産量の分析がなされている。その結果、各工場周辺の年間平均気温が1℃上昇したとき、各工場の生産量は平均で1.6~2.3%減少することが明らかとなった。この結果は、降雨、洪水、停電、紛争そして中間財価格の影響を考慮してもほとんど変わらない。さらに、著者らは、この生産量減少が資本設備と労働者のどちらのパフォーマンス低下によるものなのかを調べている。その結果、高気温の年間日数が多いほど、生産の労働者数弾力性が低下し、一方で資本設備額のそれは上昇していた。したがって、高気温日の多い年は、主として労働者のパフォーマンス低下を通じて、工場の生産量が減少していると言える。

暑さ対策は効果的な経済政策になるかもしれない
今回紹介した研究は、暑さが生理学的なメカニズムを通じて労働者の生産性を低下させ、それが一国全体の生産量減少にも寄与することを示している。地球温暖化は熱帯地域の貧しい人々に大きなペナルティをもたらし、彼らの貧困脱出と経済成長をさらに困難にするものと考えられる。暑さによるストレスを軽減するような措置は途上国の人々の健康と経済的な繁栄を支える重要な政策になるかもしれない。
著者プロフィール

橋口善浩(はしぐちよしひろ) アジア経済研究所開発研究センター研究員。博士(経済学)。専門分野は応用計量経済学。最近の論文に"Agglomeration economies in the formal and informal sectors: a Bayesian spatial approach," (with Kiyoyasu Tanaka), Journal of Economic Geography, 20(1), 37-66, 2020.

  1. 論文によれば、織物業の労働者は工場に出勤すれば、1日1人あたり134.3メートルの織物を生産する。高気温の時、欠勤確率は0.005ポイント上昇するため、高気温による欠勤は0.7メートル(=134.3×0.005)の生産量の損失をもたらす。観測日数(出勤していない日も含む)1日あたりの各労働者の生産量は平均で51メートルであることを考慮すると、高気温による欠勤は生産量を1.4%(=100×(0.7/51))減少させる効果がある。他方、縫製業と鉄鋼業は製造ライン別の生産量データを使用しているため、高気温による欠勤が生産量へ与える影響を識別することは難しい。
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