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コラム

途上国研究の最先端

第76回 紛争での性暴力はどういう場合に起こりやすいのか?

When is Conflict-Related Sexual Violence More Likely to Occur?

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/0002000109

2023年12月

(2,676字)

今回紹介する研究

Eleonora Guarnieri and Ana Tur-Prats, 2023. “Cultural Distance and Conflict-Related Sexual
Violence,” Quarterly Journal of Economics, 138 (3): 1817–1861.

コンゴ民主共和国の婦人科医デニ・ムクウェゲ氏は、「戦争や武力紛争の武器としての性暴力」撲滅への貢献により2018年のノーベル平和賞を受賞した。性暴力の背景には、加害者の性的欲求や嗜好が考えられがちだが、ムクウェゲ氏は性暴力を「性的テロリズム」と表現することで、性暴力が紛争の武器として戦略的に使われうることを世に知らしめた。

本研究は、紛争における性暴力がどういった場合に起こりやすいのか、また同じ加害者であっても性暴力が生じる場合と生じない場合があるのはなぜか、という問いに実証的に答えるものである。また、紛争における性暴力が起こるメカニズム──性的欲求を含む個人的なものなのか、紛争の武器としての戦略的なものなのか──に答えることも試みた。

性暴力に関するデータ

本研究の貢献は、紛争における性暴力に関して加害者を分析の中心に据えたこと、そして同じ加害者であっても、どのような場合に性暴力が生じやすいか、定量的に明らかにした点だろう。性暴力は、被害者が泣き寝入りになることも多く、もっとも立場の弱い被害者ほど声を上げにくい、データになりにくいという実証上の問題を抱えており、客観的に信頼のおけるデータは限られている。

本研究は、紛争における性暴力に関する国際的なレポート──アムネスティ・インターナショナル、ヒューマン・ライツ・ウォッチ、米国務省──をもとに、1989年から30年間にわたる世界の紛争、加害者、性暴力の頻度について政治学者が作成したデータ(Sexual Violence in Armed Conflict: SVAC)を利用することで、データの制約を乗り越えようとした。SVACから内戦だけを取りだし、加害者と被害者を対にしたデータセットを紛争・加害者ごとに作成した。ちなみに加害者とは個人ではなく、国軍や反政府勢力といった集団レベルを指す。本研究で作成したデータセットのイメージは表1のとおりである。本データは69カ国、127の内戦、337の当事者(同一集団が加害者と被害者の両者になり得るようデータセットは作成されている)を含み、国・年・加害者・被害者のセットを一単位としたサンプル数は3188である。

表1 Guarnieri and Tur-Prats(2023)が作成した
紛争における性暴力データセットのイメージ
表1 Guarnieri and Tur-Prats(2023)が作成した紛争における性暴力データセットのイメージ

(注)性暴力頻度は、1年のうち、3=被害1000件以上、2=被害25件~1000件未満、1=被害1件~25件未満、0=被害報告なし。
(出所)Guarnieri and Tur-Prats(2023)の付表Table A-2を参考に筆者作成

さらに本研究は、マードック(1967)のEthnographic Atlasを用いて産業革命以前の民族レベルで男性支配的な文化を測る変数を作り、それを表1の各民族とマッチさせた。伝統的に男性支配的な文化かどうかという変数は、父方居住か一夫多妻制かといった家族形態にまつわるデータと、移動型農業か牧畜かといった生計にまつわるデータを組み合わせて作成した。

ジェンダー規範と紛争における性暴力との関係

実証分析ではまず、どのような特徴をもった者が紛争における性暴力の加害者となりやすいのか、という問いに答えた。結果によると、伝統的に男性支配的な文化にいる者ほど性暴力の加害者になりやすいことが分かった。伝統的に男性支配的な文化であることと現代のジェンダー不平等は強く相関しているため、要するにジェンダー不平等な文化にいるほど性暴力の加害者になりやすいということを示唆している。次に、同じ加害者であっても、性暴力が起こりやすい場合と起こりにくい場合があるのはなぜか、の問いに答えた。同じ加害者であっても、自身が男性支配的な文化であり、さらに相手がジェンダー平等的な文化であるほど、要するに両文化の差異が大きいほど性暴力が起こりやすいことが分かった。文化的な差異が大きくても、自身がジェンダー平等的な文化にあり、相手が男性支配的な文化である場合は、性暴力は起こりにくかった。

さらに著者たちは、男性支配的な文化と性暴力が関係しているのであって、ほかの文化的な違いや一般的な暴力とは関係がないことを確かめるための検証も行っている。具体的には、男性支配的な文化であるかどうか(およびその民族間の差異)は、殺戮など一般的な暴力の起こりやすさと関係がないことを明らかにした。また、民族間の文化の差異を測るためにもっとも用いられる言語の差異は、性暴力の起こりやすさと無関係であることも明らかにした。

メカニズムを判別する難しさ

本研究はさらに、このような結果をもたらした背景にあるメカニズムの解明にも挑戦している。メカニズムとしては、戦略的な性暴力と個人的な性暴力の2つを想定している。前者は、性暴力が紛争の武器として組織的に使われることを指す。とりわけ、相手方がジェンダー平等的な社会だと女性の労働生産性が高いので、性暴力を利用することで相手の社会経済的機能をより有効に破壊できそうである。後者は、性欲や性癖、優越性の誇示、鬱憤を晴らすといった個人的な理由によって起こる性暴力である。

解明には2つの戦略をとっている。一つは、司令官と部下の民族のどちらが紛争における性暴力を説明するかで判断する方法である。分析には、国軍もしくは反政府軍レベルの加害者のうち司令官と部下の民族が特定できるサブサンプル(全体の約3分の1)を用いた。それによると、司令官が男性支配的な文化にあり被害者とのその差異が大きいほど、性暴力が起こりやすいことが分かった。ムクウェゲ氏のいう、「紛争の武器としての性暴力」を定量的にサポートする結果といえよう。

もう一つは、性暴力の種類──たとえばレイプ、性奴隷、強制売春、性器切断、性拷問など──によって組織的なのか、個人的なのか判別する方法である。著者たちは、レイプは個人的な性暴力の性質が強く、性奴隷や強制売春などは組織的な性暴力の性質が強いと解釈している。分析には、SVACをもとに性暴力の種類を分類したデータを利用した。結果は、男性支配的な文化はいずれのタイプも有意に説明できたため、紛争における性暴力は組織的でもあり個人的でもある、という解釈を著者たちはしている。ただ、筆者は、レイプが個人的な性犯罪というには無理があるように思う。ムクウェゲ氏が「紛争の武器としての性暴力」で念頭においているのは主にレイプ被害者だろう。いまだメカニズムが明らかではないという限界はあるが、国際的に関心のひく重要な論点を定量的に検証しようとした試みは評価されてしかるべきだろう。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
著者プロフィール

牧野百恵(まきのももえ) アジア経済研究所開発研究センター研究員。博士(経済学)。専門分野は開発経済学、家族の経済学。著作に“Marriage, Dowry, and Women’s Status in Rural Punjab, Pakistan”(Journal of Population Economics, 2019),“Female Labour Force Participation and Dowries in Pakistan”(Journal of International Development, 2021),“Labor Market Information and Parental Attitudes toward Women Working Outside the Home: Experimental Evidence from Rural Pakistan”(Economic Development and Cultural Change, forthcoming)等。

【特集目次】

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