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コラム
第21回 貧困層が貯蓄を増やすには?――社会的紐帯と評判
PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050923
2019年5月
(2,941字)
今回紹介する研究
Emily Breza and Arun G. Chandrasekhar. 2019. "Social Networks, Reputation, and Commitment: Evidence from a Savings Monitors Experiment," Econometrica 87(1): 175–216.
貧困層はなぜ貯蓄できないのか。単に貧しいからというだけではなく、フォーマルな貯蓄サービスにアクセスしづらく、またコミットメントの機会がないという可能性が開発経済学者の注目を集めてきた。それではコミットメントの機会はどのように得られるのだろうか。コミットメントを促すチャネルとして、本研究は評判に着目する。
人的関係が密な農村社会では、人は周囲の評判を気にするがゆえに、責任ある行動をとろうとするという傾向は従来から指摘されてきた。教育や貯蓄行動において有効とされるピア効果のチャネルのうち、これまでの研究は、仲間から学習する効果、仲間どうしの結束による効果などを明らかにしてきた。しかし、それらと評判がもたらす効果を区別することは難しく、その評判効果の実態は明らかになっていない。そこで本研究は監督者という存在を実験的に用意し、監督者も含めた他人からの評判が人々の貯蓄を促すことを、インドのカルナータカ州で実施した介入実験によって実証する試みである。
介入実験の概要
本研究の設計は非常に工夫されている。介入実験の対象は、貯蓄実績が記録される貯蓄者である。それとペアとなる監督者は、文字通り監視の役目があるわけではなく、貯蓄実績に関するタイムリーな情報を実験機関から与えられる。まず調査対象の60村において、潜在的な監督者、もしくは貯蓄者となる家計をランダムに抽出する。実験を受け入れた家計がそれぞれ監督者候補、貯蓄者となる。貯蓄者はこの時点で、実験機関のサポートを得て銀行か郵便局に貯蓄口座(ターゲット口座)を開設し、実験終了までの6カ月間の貯蓄目標を自ら決める。その後貯蓄者は、実験機関によって、約4分の3が監督者あり、残りが監督者なしとランダムに振り分けられる。監督者ありの貯蓄者は、村内の監督候補者と1対1でペアになる。調査対象の半数にあたる30村(以下「ランダム」村)では、各貯蓄者とペアになる監督者は候補者の中からランダムに決定される。一方、残りの30村(以下「内生」村)では、各貯蓄者が監督者を候補者の中から好きに選んでよい。こうしてペアが決まった後、他者に観察されていることが貯蓄を促すかを調べる本実験が始まった。2週間おきに実験機関が貯蓄者を訪問し、ターゲット口座を含めたフォーマル金融機関への貯蓄額、タンス預金を含めたインフォーマルな貯蓄額を調査する。実験機関はその足で監督者を訪問し、ペアとなっている貯蓄者の貯蓄実績を伝える。そして「ランダム」村において監督者ありと、監督者なしの6カ月後の貯蓄額を比較することが主な分析である。
監督者が村の中心人物であるほど、貯蓄者と親しい関係にあるほど、貯蓄が多くなる
分析結果によると、「ランダム」村において、監督者ありの貯蓄者は、監督者なしの貯蓄者に比べて総貯蓄額が36%多い。またこの効果は、監督者が村の中心人物であるほど、もしくは貯蓄者と親しい関係にあるほど大きい。これはなぜだろうか。これを探るべく、その背景にあるメカニズムとして、本研究は、情報伝達と責任感に注目した。 まず、(1)貯蓄実績に関する情報は、監督者が中心人物であればより多くの村人に効率的に伝わるし、貯蓄者と親しい人物であれば、より意味のある村人に効率的に伝わる。次に、(2)村人が貯蓄者の責任感を判断するうえでは貯蓄実績が参考になり得るし、(3)村人による高評価は、貯蓄者に将来何らかの便益(例:仕事のあっせん、借り入れ)をもたらし得るだろう。
本研究では(1)の情報伝達メカニズムの妥当性を明らかにするため、貯蓄期間が終わった15カ月後にフォローアップ調査を行い、監督者でも貯蓄者でもない村人に、貯蓄者が貯蓄目標に達成したかどうか、などを聞いたデータを用いて、監督者が中心人物であるほど情報が正しく伝わることを示した。(2)や(3)があり得ることは、本調査の前に実施した村人の貯蓄と責任感に関する意識調査を行ったパイロット調査の結果や先行研究が明らかにしている。人々は貯蓄に関する評判が効率的かつ効果的に伝わるほど、評判に対する将来の収益を期して貯蓄を増やす、ということが本研究のメッセージである。
監督者からのプレッシャーによる効果と内生的な評判の実用性
本研究は、上で検証してきた「評判が貯蓄を促す」という仮説を、監督者からの何らかのプレッシャーが貯蓄を促すという説から区別することにも心を砕いている。これはおそらく、マイクロファイナンスに関するこれまでの研究で、連帯責任グループ貸付に典型的にみられるような仲間からのプレッシャーが強調されてきたことを意識しているのだろう。ここでは、貯蓄者が貯蓄目標の半額、および全額を達成すると、監督者はわずかなボーナスをもらえるという調査設計を行っており、分析結果によれば、プレッシャー説が示唆するような半額や全額のところで局所的に貯蓄額が増すという現象は起きておらず、プレッシャーではなく評判が貯蓄を促していると結論づける。
本研究では、評判効果の大きさを正しく推定するため、主要な分析に使用した30村では、各貯蓄者に監督者をランダムに割り当てている。しかし、現実の農村社会においては、貯蓄に関する情報や評判を村人に伝える役割を果たす監督者がランダムに決まることはあり得ない。そこで本研究では、検証仮説を政策含意と結びつけるためにも、なるべく現実に近い状況、つまり監督者が内生的に決まる「内生」村30村のデータを用いた場合に、「ランダム」村を用いた場合と比べて推定結果が異なるかどうかも検討した。分析によると、両者に有意な違いはないことから、内生的に作られ広まる評判は、貯蓄を促すために役立つと結論づける。今回紹介した研究は、評判の果たすインフォーマルな役割が、貯蓄をはじめとする人々のコミットメントを求めるような開発政策の効果を高める可能性を示唆するものであろう。
著者プロフィール
牧野百恵(まきのももえ)。アジア経済研究所地域研究センター研究員。博士(経済学)。専門分野は家族経済学、人口経済学。著作に"Dowry in the Absence of the Legal Protection of Women’s Inheritance Rights" (Review of Economics of the Household, 17(1), 2019: 287-321) "Marriage, Dowry, and Women’s Status in Rural Punjab, Pakistan" (Journal of Population Economics, 32(3), 2019: 769-797)等。
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