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コラム

途上国研究の最先端

 
第57回 政治分断の需給分析――有権者と政党はどう変わったのか

Demand and supply of political divide: Voter changes and party responses

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00053003

2022年3月

(3,035字)

今回紹介する研究

Amory Gethin, Clara Martínez-Toledano, Thomas Piketty. “Brahmin left versus merchant right: Changing political cleavages in 21 Western democracies, 1948–2020,” Quarterly Journal of Economics, Volume 137, Issue 1, February 2022: 1-48.

この20年で先進国の政治分断が進んだ、と多くの人が感じているだろう。トランプ政権の誕生と終結時の議会占拠、ブレグジット、欧州各国での極右政党の台頭など、分断を象徴する出来事はわれわれに強い印象を残している。なぜこんなことになったのか。この問いに対し、格差が広がるなかで経済的に不遇な人たちの不満が結集した結果だ、という専門家の解釈やジャーナリストの解説記事が論壇で語られてきた。

こうした解釈にデータの裏付けはあるのか。確かめようとしたのが、今回紹介するゲシン、マルティネス=トレダノ、ピケティらの研究である。単にデータで検証しただけではない。経済学者がいつも持ち出す分析方法――需要と供給――の視点から検証している。需要側、つまり有権者は、どのような人たちがどのような政党を支持しているのか、供給側、つまり政党は、どのような公約を提示しているか、という視点である。

この研究の強みは用いたデータが網羅的なことだ。欧米+オセアニア21カ国の大戦後以降の国政選挙すべての投票結果、それぞれの選挙出口調査1、それぞれの選挙の政党公約データベースを作りあげた。選挙数は300以上、出口調査の投票者標本サイズは各2000~4000という膨大さである。著者たちは各政党を保守と革新に分類し、高所得有権者と高学歴有権者の投票行動に着目した。

高学歴者の革新化と学歴による社会文化的な分断

推計結果によれば、高所得者は非高所得者と比較して保守政党に投票する割合が高い。予想どおりのこの傾向は、戦後一貫していて変化がない。一方、高学歴者は非高学歴者と比較して大戦直後は保守政党に投票する割合が高かったが、次第に革新政党へ投票するようになり、2000年代以降は非高学歴者の革新支持率を上回った。つまり、現在は高学歴者ほど革新政党支持率が高い。

著者たちは政党の競争軸が変わったと指摘する。大戦直後は高所得=高学歴、低所得=低学歴であったため、所得学歴エリートと非エリートの対立であった。現在は、高所得→高学歴ではあるが、高学歴→高所得が成り立たず、高学歴でも非高所得の場合がある。つまり、エリートが高所得・高学歴グループと非高所得・高学歴グループに分化し、多元的エリートがエリート同士で競争し合うようになった。

供給側の公約にもこの変化は見て取れる。経済分配軸では保守が自由市場、革新が再分配などを強調していたが、1970年代から新政党の誕生なども手伝って、保守に反移民や法と秩序、革新に反成長や環境などの社会文化軸が取り込まれるようになった。保守系新政党は反移民の党、革新系新政党は緑の党などである。保守が反移民を取り込む過程では、移民の競合相手である非高所得者も保守に取り込むようになった。つまり、経済分配軸では革新が保守よりも再分配に意欲的という構図は変わらないが、社会文化軸で革新は高学歴者を標的に環境や多元主義を唱え、保守は非高学歴者を標的に反移民などを唱えるようになった。政党公約のうち、経済分配軸ではなく、社会文化軸で学歴による分断が進んだというのが著者たちの見立てである。

手法の課題

以下は本研究所内での議論2に基づいて示す。著者の一人は『21世紀の資本』を著したピケティである。彼らしい視野の広い研究で、民主主義社会の価値基準が学歴に応じて変わることを鮮やかに示した。需要と供給に分けて分析しているのも、分断を示すうえで有益である。

示唆に富む結果であるが、大胆に単純化したために疑問が残る点もある。たとえば、政党を経済分配軸と社会文化軸で相容れない分類をしていることである。反移民の党は、労働市場での自由競争を回避したいはずだが、経済分配軸では自由競争を目指す保守政党に分類されている。同様に、労働組合が支持する革新政党は経済分配軸で福祉重視なのに、社会文化軸では労働者の競合相手となる移民に寛容な多元主義を組み入れ、競争を許容している。現実の政党が矛盾含みなのかもしれないが、一見矛盾する政党の特徴付けを整合的に説明できるとなお良いだろう。

分析では高所得者や高学歴者を上位10%と定義しているが、このことが結果を歪める可能性がある。投票理論では中央に位置する投票者の動向が選挙結果を左右する。際立ったグループを取り上げると、極端な絵を描いてしまう3。その一方で、当選可能性を重視して、極端な価値判断を持つ人も実際には穏健な政党に戦略的に投票するかもしれない。そうすると、上位10%は中道的な投票をするため、上位10%を取り上げると真の選好よりも中道的な絵を描くことになる。このように、投票理論と戦略的投票からすれば、上位10%を取り上げると逆方向の歪みをもたらすので、最終的にどう歪むのか判断できない。

高学歴者の革新志向――革新支持者に高学歴者が増えたこと――も一般論としては釈然としない。というのも、大学教育が普及したので、非高所得者も高学歴化したのは当然である。大学が狭き門だった大戦直後と現在を比較すると、大学における学習内容や人的資本獲得量は平均的に劣化している。よって、人的資本よりも、大卒というシグナルや大学生経験が社会文化軸の分断に寄与しているのかもしれない。著者たちも、この点を気にして高学歴者を(上位20%とかではなく)上位10%と限定的に定義したのかもしれない。より明示的に大学の質の変化を制御するならば、推計に大卒者数と高学歴者の交差項を含めることが考えられる。いずれにしても、社会文化軸の学歴分断を生むメカニズムを検討する必要がある。

途上国研究への適用可能性

既存の途上国研究との違いを考えてみよう。第一は、トピックである。途上国での投票行動に関する研究蓄積はあるが、多くは選挙を通じて民主主義を確立できるかに焦点を当てている。取り上げるのは本研究でいうところの経済分配軸であり、社会文化軸は重視されない。政党公約の社会文化軸を取り上げる途上国研究があっても良いはずである。その際には、政党公約マニフェスト・データを作るのも一手だが、透明性の高いテキスト・マイニングを使うことも考えられる。

第二は、分析単位の違いと価値判断情報の有無である。途上国の既存研究では社会家計調査から得た経済社会変数を集約して各選挙区の特徴として用いていた。つまり、選挙区単位の分析であった。しかも、社会文化に関する価値判断の情報はあまりない。個人単位のデータである出口調査を使えば、選挙区内の多様性を把握でき、政党公約に沿った投票者の価値判断も観察できるので、より豊かな内容となる。ただし、出口調査では、調査者に忖度したり、少数派が自らの選好を顕かにしなかったりする可能性があるので、地域の価値判断が実際以上に極化して得られる可能性もある。

このように課題はあるが、政治分断に関する途上国研究に今までにない視点をもたらす手法といえる。今後の適用例に期待したい。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
著者プロフィール

伊藤成朗(いとうせいろう) アジア経済研究所 開発研究センター、ミクロ経済分析グループ長。博士(経済学)。専門は開発経済学、応用ミクロ経済学、応用時系列分析。最近の著作に”The effect of sex work regulation on health and well-being of sex workers: Evidence from Senegal.” (Aurélia Lépine, Carole Treibichと共著、Health Economics, 2018, 27(11): 1627-1652)、主な著作に「南アフリカにおける最低賃金規制と農業生産」(『アジア経済』 2021年6月号)など。

  1. 出口調査がない3カ国は家計調査で代用。
  2. アジア経済研究所開発研究センターの會田剛史、塚田和也、橋口善弘、牧野百恵、地域研究センターの川中豪の各氏の指摘をまとめたもの。各氏に記して感謝したい。
  3. 理論的な貢献と実証方法に若干のずれがあるが、際立ったグループを比較するほど違いが鮮明になる、後述するように高学歴者の中身(経験した大学教育の質)をある程度一定に保つことができる、という実証的メリットを重視したのかもしれない。
【連載目次】

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