IDEスクエア
コラム
第89回 都合が良ければ「民主的」、そうでなければ「非民主的」──政治的行動に対する知覚バイアスを探る
“Democratic” if it is expedient, “undemocratic” if it is not: Exploring perceptual biases toward political behavior
PDF版ダウンロードページ:https://hdl.handle.net/2344/0002001151
2024年11月
(4,578字)
今回紹介する研究
Suthan Krishnarajan. 2023. “Rationalizing Democracy: The Perceptual Bias and (Un)Democratic Behavior.” American Political Science Review, 117 (2): 474-496.
民主主義という言葉ほど扱いにくいものはない。政治学では「包括的参加」(成人市民がみな選挙に参加できる)と「多元性」(異なる意見を持つ集団・人々が自由に政治的競争に参加できる)が民主主義の基準として概ね合意されるところだが、そんなことはお構いなしに、民主主義をめぐる議論が噛み合わなくなることはよく経験するところだろう。ある政治家の行動を見て「非民主的だ!」と批判する人々もいれば、「民主的だ!」と支持する人もいる。近年、世界各地で見られる民主主義の後退を念頭に、こうした人々の認識のあり方に注目したのが、今回紹介する研究である。
民主主義を支持する価値観・規範を広く共有する社会において、なぜ非民主的な政治家の行動が許容・支持されるのか。これを解き明かすことは民主主義の後退を理解するうえで重要なカギとなる。それは、民主主義の後退が、民主主義があからさまに否定され、権威主義が称賛されるなかで起こっているというより、民主主義的正統性を主張する政権によって民主主義が侵食され、それを市民が受け入れる事例が圧倒的に多いからである。
後退を受け入れる市民の対応を説明するものとして、二つの可能性がすぐ思いつく。一つは、政治家の行動が民主主義に沿っているかについて市民は適切に判断できるものの、他方でその行動が自分にとって利益があるかという別の基準があり、後者の基準が優越したときは非民主的な側面に目をつぶるというものである。もう一つは、人々の民主主義に対する理解は千差万別で、それぞれ個別の基準に沿って政治家の行動が民主的かどうかを判断しているので、政治学者の評価とは関係なく、民主的か否かの評価がされているというものである。
本稿で紹介する研究は、第三の可能性を提示した。それは、民主主義を支持する価値観・規範と非民主的な政治家の行動から得られる利益の間にジレンマが生じたとき、その政治家の行動を「民主的である」と自分の中で合理化する、つまり、確立された基準で民主的であるかどうかの判断するのではなく、そうした判断を政治家の行動の方に合わせていくことで解消している、というものである。それは、逆に、政治家の民主主義と無関係な行動であっても、それが自分の望むことに逆行すると認識すれば、個々人の中でその行動を非民主的だと理解しようとする合理化が働き、それを攻撃する、ということにもつながる。
この仮説を検証するために、本研究は、主にアメリカでサーベイ実験を実施し、さらに22カ国でも同様の実験を行った。その結果、政治家の行動に関する対応として、民主主義を内的に合理化して、民主主義の規範と整合性を持たせようとする動きが確認されたとする。
民主的と合理化する心理
ここでは、民主主義を合理化する動きは二つの側面に分けて説明されている。一つは民主主義への伝達(democratic transmission)、もう一つは民主主義への昇華(democratic elevation)と呼ばれる。
民主主義への伝達とは、政治家の行動に対して、本来それが民主的であるかどうかを判断する際に重視すべき点を無視し、その政治家の政策に対する賛否を民主主義的認識に変換することである。簡単に言えば、政策に対する賛否を民主主義的、非民主主義的という評価に読みかえることである。そうすることで民主主義的な規範との乖離によって生じる心理的な不快感を解消しようとする。
一方、民主主義への昇華とは、民主主義を評価する基準を変えるものである。政治家の行動を民主主義的かどうか評価するにあたって、民主主義そのものと直接関連する基準ではなく、より抽象的な基準を用いて判断する。ここで特に指摘されるのが、自国にとって望ましいかどうかという基準である。本来の民主主義の基準から離れ、別の基準に従って特定の行動が民主主義的か否かという評価が下される。
例えば、ある政治家が移民排斥を主張し、さらに、移民支援グループが公的な場所で意見表明することを禁じたとしよう。ここでは表現の自由が侵害されるため、民主主義に抵触すると考えられるだろう。しかし、移民を受け入れることに反対の立場にある者は、実際に民主主義と関わる側面を無視し、移民排斥という政策に対する自らの立場を、民主主義的かどうかという判断に反映させる。これが伝達である。さらに、移民が自国にもたらす影響という基準を民主主義的かどうかという基準に引き上げ、移民排斥は自国にとって良い影響がある(と信じる)ため、それは民主主義的であると評価する。これが昇華である。
サーベイ実験
この合理化が実際に起こっているのかどうかを検証するために、まずアメリカで約3300人を対象にサーベイ実験が行われた。被験者の政治的な左右の立場をまず確認し、スコア化したうえで、架空の上院議員の政策に関わる行動と政策に関わる提案について実験している。そこでは、行動、提案のそれぞれにおいて、医療保険制度、移民政策、社会政策支出の三分野で、民主主義とは関係のない通常の行動・提案と非民主主義な行動・提案を、それぞれ左右の立場で設定した。つまり、行動・提案(2)×三分野(3)×通常行動・非民主主義的行動(2)×左右の政治的立場(2)=24通りの上院議員の政治的行動がランダムに被験者に示され、それに対して被験者がそれをどの程度、民主主義的と考えるかを答える形式となっている。
結果は、民主主義を合理化する現象が確認された。民主主義とは直接関係ない通常の政治行動・政策提案(例えば移民支援グループや移民排斥グループとの会食)、非民主主義的要素を含んだ行動・政策提案(例えばそうしたグループの公的な場での意見表明制限)いずれにおいても、右派の立場にある被験者は、上院議員の右派的行動・提案は民主主義的、左派的行動・提案は非民主主義的と評価している。さらに、右派の立場にある被験者は、上院議員の右派的で非民主主義的要素を含んだ行動・提案を、左派的で民主主義と関係のない行動・提案と同等に民主主義的、あるいはより民主主義と評価した。こうした合理化は左派の立場にある被験者にも同様に観察され、さらに言えば、年齢、性別、教育レベル、所得、前回選挙・次回選挙の投票(予定)先などの違いも影響しなかった。
以上の実験で、先述のすぐ思いつく第一の可能性(民主主義に関する判断を横に置く)は否定されたが、それでは第二の可能性(民主主義に対する理解の相違)はどうか。この実験では、実験を開始する前に、民主主義にとって最も重要な要素を被験者に尋ねておき(政治体制に関するデータセットV-Demの指標を参考にした8つの選択肢から選択)、最後の質問で、被験者それぞれがあらかじめ回答した重要な要素が上院議員の行動・提案によってどの程度影響を受けたかを尋ねている。つまり、個々の被験者の民主主義の定義を明らかにしたうえで、それに照らし合わせて上院議員の行動・提案をどう評価するかを尋ね、第二の可能性を検証したのである。被験者たちがあらかじめ選んだ基準は「自由で公正な選挙」「市民的自由」「政治的平等」に集中しており、比較政治学で用いられる手続き的な次元を重視する民主主義の定義に合致していた。被験者の間で民主主義に対する理解の相違はそれほど大きくなかったのである。さらに自分の政策的な立場を反映した行動・提案はこうした定義に合わせて民主主義的と評価し、そうでなければ非民主主義的と評価していることが確認された。比較的同質な民主主義の定義を持ったうえで、その定義との関連で民主主義的かどうかを判断している、つまり、第二の可能性も低いということが示された。
なお、実験のなかで、政治家の行動について民主主義的かどうかを判断した理由を自由記述で被験者に回答させているが、そのテキストを分析した結果、合理化の傾向が強い被験者が最もよく使う言葉として「国」「人々」「市民」「アメリカ人」といった言葉が抽出されている。つまり、国民としてのアイデンティティが民主主義の基準として読み替えられており、これは民主主義への昇華を反映していると考えられる。
アメリカで観察されたような民主主義の合理化の一般性を確かめるために、本研究は、同様のサーベイ実験を22カ国において追加で実施している。この22カ国は、調査の実施された2021年時点でフリーダムハウスにおいて「自由」と評価される19カ国と、「部分的自由」と評価されるハンガリー、インド、メキシコの3カ国によって構成されている1。実験ではアメリカで使われた三つの領域のうち、社会政策支出と移民政策の二つのみが対象となった。結果は、おおむねアメリカと同様、民主主義の合理化が認められた。なお、合理化の度合いを各国で比較すると、最も合理化する度合いが高いのがインド、それにつづき、チェコ、アルゼンチン、メキシコ、ハンガリーと続いており、合理化する度合いが低いのが低い方からデンマーク、ノルウェー、イスラエル、スウェーデン、ドイツとなっている(ちなみに日本は低い方から7番目)。政治的権利・市民的自由の程度が相対的に低い国々で、民主主義を自分なりに合理化する傾向が強いということである。
民主主義の後退、分極化
以前紹介したベネズエラでのサーベイ実験を用いた研究でも、特に党派性の強い市民は、民主主義を重要と考えていても、民主主義との整合性よりも自分自身が得る(と信じる)経済的利益を重んじる傾向が指摘されていたが2、今回の研究では、さらに、民主主義との整合性に問題が生じた場合、心理的に合理化することでその問題を回避しようとする動きが指摘されている。これは民主主義を侵食し、後退させるような行動を政権担当者が取ったとしても、それを民主主義的であると評価して支持することにつながる。かつて、フィリピンのドゥテルテ政権下では、政治研究でよく使われる民主主義のスコア(V-Dem)が低下しているにもかかわらず、人々の民主主義満足度(Asia Barometer世論調査)は高まっていた3。民主主義の後退が進んでいるとすれば、そこには、こうした民主主義の合理化によって容易に進む環境が用意されていると考えることができるだろう。
さらにそれが、左右いずれの政治的立場を持った市民にも観察され、また、その属性にも影響されないということが意味するのは、政治的な分極化にも、こうした合理化が重要な役割を果たしている可能性である。いずれの立場にあっても、自らの政策選好に合わせて民主主義を合理化するのであれば、合意や妥協の可能性が低くなり、分極化を解消する着地点はなかなか見えないだろう。
民主主義の安定の条件を探るうえで、これまで主流だった社会経済的な構造を見るだけでなく、こうした知覚バイアスについても検証する重要性が浮き上がってきている。
著者プロフィール
川中豪(かわなかたけし) 亜細亜大学国際関係学部教授・アジア経済研究所連携研究員。博士(政治学)。専門分野は比較政治学。主要な著作として『競争と秩序──東南アジアにみる民主主義のジレンマ』白水社、2022年、『後退する民主主義、強化される権威主義──最良の政治制度とは何か』ミネルヴァ書房、2018年(編著)、翻訳としてサミュエル・P・ハンティントン『第三の波──20世紀後半の民主化』白水社、2023年など。
注
- 22カ国は、フランス、ドイツ、スペイン、イギリス、デンマーク、ノルウェー、スウェーデン、ポーランド、ハンガリー、チェコ、インド、韓国、台湾、日本、オーストラリア、南アフリカ、チュニジア、イスラエル、アルゼンチン、ブラジル、メキシコ、そしてアメリカ(再度)。
- 川中豪「民主主義の価値と党派的な利益、どっちを選ぶ?──権力者による民主主義の侵食を支える人々の行動」『IDEスクエア』2021年7月。
- 川中豪「支持される権威主義的反動──世論調査から見るフィリピン政治の現在」『IDEスクエア』2021年1月。
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