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コラム

途上国研究の最先端

第86回 解放の甘い一歩

A Sweet Step, Unbound

PDF版ダウンロードページ:https://hdl.handle.net/2344/0002001127

2024年9月

(5,624字)

今回紹介する研究

Nora Cheng, Elliot Fan & Tsong-Min Wu. 2022. “Sweet unbinding: Sugarcane cultivation and the demise of foot-binding.Journal of Development Economics, 157, 102876.

纏足てんそくとは、女性の足を小さく縛る古い慣習である。成長期の女性の足を布で強く縛るため、足が変形して歩行が困難になり、生涯にわたる痛みや健康被害を引き起こす。纏足をしていない女性は結婚に不利と考えられ、纏足は何世紀もわたって続いた。しかし、現代では纏足はほぼ見られない。

纏足は、経済学における社会規範(social norm)の性質をよく表している。社会規範とは、ある社会において人々が共有する行動のルールだが、長期間持続しやすい性質がある。従うことが有害だと思っていても、みなが従うのなら、一人で規範を反故にしてもよいことがないばかりか、社会から疎外されたり、制裁を受けたりしかねない。結局、有害であっても従うことを選択することとなり、社会全体として規範が持続するのだ。しかし、纏足という社会規範は、現代では廃れている。とすれば、いったいいつ、どのような理由で失われたのだろうか?

Chengらの研究は、1900年代初頭の台湾で纏足が急速に衰退したことに注目し、そこにティッピングポイントがあった可能性を考えた。これは、ある時点で社会規範に従う人が一定水準を下回ると、みなが一斉に従わなくなる転換点のことである。つまり、何らかの理由で纏足という社会規範に従わない人が増加し、ティッピングポイントを超えたことで、纏足という社会規範が一挙に喪失したのではないか、という仮説である。もしそうなら、ティッピングポイントを超えるまでに纏足をやめた女性たちには、社会規範に逆らうほどの動機があったはずだ。Chengらの研究は、社会経済の大きな変化、それも女性の経済的自立を促すような変化があったのではないかと論じている。

背景

台湾における纏足

17世紀から19世紀にかけて、多くの中国人が台湾に移住した。そのなかで、福建省南部出身の閩南ビンナン系の人々1は纏足の習慣をもち、一方、広東省東部出身の客家系の人々には纏足の習慣はなかった。台湾の人口の8割以上を占めていた閩南系の人々の間では、纏足は一般的な慣習であり、1905年の段階で纏足している閩南系女性は68%近くを占めた。

1895年、台湾が日本の統治下に入ると、纏足廃止に向けた取り組みが始まった。新聞や雑誌、学校などを通じて纏足の弊害が啓発され、民間団体も設立された。しかし、1905年までの10年間で纏足を解いた女性はわずか0.72%にとどまり、当初の運動の効果は限定的だった。ただし、若い世代の纏足は減少傾向にあり、既に纏足をしていた女性には変化が少なかったものの、纏足の慣習が徐々に衰退していく兆しを見せ始めた。

その後、1905年から1915年にかけて、纏足を解く女性が急増した。1915年には女児の纏足は法的に禁止され、台湾における纏足廃止は決定的となった。1920年には、纏足をしている女性は11%にまで減少し、その後、台湾から纏足はほぼ姿を消した。

当時の台湾におけるサトウキビ栽培

日本統治時代の初期、台湾の農業生産は米が中心で、サトウキビ栽培は耕作地のわずか3.9%を占めるに過ぎなかった。当時の台湾では、小規模な石臼や牛車による伝統的な製糖が行われていたが、台湾総督府は近代的な製糖業を推進した。日本企業が補助金を受けて投資した工場で、機械化された製糖業が導入された。こうして、伝統的な家族経営の製糖所とは異なる、大規模工場が次々と建設され、1905年以降、近代的な工場が急速に拡大した。

各製糖工場には、政府によって特定の地域が割り当てられ、その地域で栽培されたサトウキビの独占購入制が構築された。これにより、各企業は割り当てられた地域内での生産に投資するインセンティブを得た。台湾のサトウキビ生産量は1903年の410万トンから1935年には80億トン以上へと飛躍的に増加した。1903年から1918年にかけての生産増は、主にサトウキビ栽培面積の拡大によってもたらされた。

サトウキビ栽培と女性労働力

長年続いた纏足が一挙に消失したことと、サトウキビ栽培の拡大がどのように関係するのだろうか?Chengらの研究は、サトウキビ栽培における女性労働力の役割に着眼した。サトウキビ栽培は女性労働の需要を大幅に増加させた。男女が異なる作業を分担する形で、サトウキビ生産における男女の労働は補完的だった。稲作は男性労働力集約的だったため、サトウキビ栽培の拡大は、女性労働力の重要性を大幅に高めた。

纏足は、長年にわたり女性を縛りつけてきた。しかし、サトウキビ栽培の拡大による女性労働需要の増加は、人々の意識に変化をもたらした可能性がある。つまり、女性が新たな労働力となり、文字どおり足かせとなる纏足をやめようという考え方が広まった可能性がある。そして、纏足をしない女性の割合がティッピングポイントを超えた時、理論が予測するように、纏足が短期間のうちに終焉した、という仮説が考えられる。

一方で、サトウキビ栽培の拡大は、女性の家計内購買力を高めた可能性も考えられる。痛みや行動の不自由さから、女性自身が纏足を望んでいなかったとすると、サトウキビ栽培や精糖産業の発達により、女性が家計外での経済的機会を得て、家計内の意思決定にも大きな影響力を持つようになり、纏足を拒否しやすくなったという経路もあるかもしれない。

これらを総合すると、Chengらの研究は、以下の問いに答えようとしているといえる。

  • サトウキビ産業の拡大が本当に纏足という社会規範を変えたのか?
  • 纏足の終焉は、女性の労働参加の拡大を通じて起こったのか?それとも、女性の世帯内交渉力の向上を通じて起こったのか?
データと分析の枠組み

Chengらの研究は、1915年の台湾国勢調査データを用いて纏足の状況を詳細に分析した。このデータには、纏足を経験した後に解放された女性の数や、纏足を継続している女性の数、性別、年齢層、民族別人口(閩南系、客家系、原住民)などの情報が含まれる。また、サトウキビ栽培に関するデータは、台湾総督府統計書から収集された。この統計書は、村レベルでの土地利用状況(サトウキビ、米、その他の作物)に関する情報を毎年報告しており、本研究は1905年から1912年の間のサトウキビ栽培に使用される土地の割合の変化を主要な変数として用いた。

Chengらの分析は、1900年代初頭にサトウキビ栽培が増加した地域で、纏足の風習が特に減少したというような事実がなかったかを調べるものだ。しかし、これらの変数をそのまま関連付けるのでは、正しい因果関係が洗い出せるとは限らない。その一つの可能性が欠落変数バイアスである。例えば、伝統的な価値観を重んじる保守的な家計では、近代的な作物であるサトウキビの栽培に消極的で、同時に女児に纏足を施すかもしれない。この場合、サトウキビ栽培と纏足の関連は、家計の保守性という共通因子が引き起こす見かけ上の関係かもしれない。

そこで、Chengらの研究では、各地の精糖会社がサトウキビ運搬のために敷設した鉄道網に着目し、操作変数法という分析手法に用いることで、欠落変数バイアスの問題に対処することを試みた。大規模な近代的工場における精糖において、品質確保のためには収穫されたサトウキビを迅速に輸送する必要があった。そこで、製糖会社はサトウキビ輸送専用の鉄道を敷設した。台湾では、1895年以前には鉄道はほとんど存在せず、日本統治時代に急速に整備が進んだ。各製糖会社は、割り当てられた地域内に狭軌の鉄道を敷設し、サトウキビの輸送効率を高めた。これらの鉄道は、旅客や他の貨物を輸送せず、主に地形要因をもとに敷設箇所が定められたため、サトウキビ栽培の拡大に直接影響を与えながらも、纏足という社会規範とは直接関係がないと考えられる。つまり、鉄道敷設によってもたらされたサトウキビ栽培の拡大は、社会規範とは相関せず、欠落変数バイアスの影響を受けないと考えられるため、サトウキビ栽培の拡大と纏足減少の因果関係を示すための操作変数として用いることができると考えられるのだ。そこで、Chengらは、1919年時点での詳細な鉄道地図2をデジタル化し、当時の台湾の鉄道網データを組み合わせることで、サトウキビ栽培の拡大が纏足に与えた因果関係の推定に取り組んだ。

結果

操作変数法を用いた分析の結果、サトウキビ畑の増加が、纏足を解く女性の増加をもたらしたと考えられることが分かった。具体的な数字を出して効果の大きさを考えてみよう。分析結果からは、各村のサトウキビ畑の面積の割合の1標準偏差分の増加は、纏足を解いた女性の割合の18.9%ポイントの増加に対応することが分かった。サトウキビ畑に使われる土地の割合で村々に偏差値をつけたなら、1標準偏差の増加は偏差値50から60に増加することを意味する。この変化が纏足にもたらした効果は、足を縛っていない女性の割合を60.7%から79.6%に押し上げるほどに大きかった。

さらに、追加分析の結果、纏足廃止運動は、若い女性が纏足を始めることを抑制する効果があった一方で、既に長期間纏足をしていた成人女性にはあまり影響を与えなかったことも明らかになった。これは、若い女性の方が、纏足を解くことの身体的負担が少なく、生涯にわたる活動性の向上や体力回復といったメリットが大きい事情を反映していると考えられる。

メカニズムについてはどうか。家計内購買力の変化が上記の効果を説明することがあるならば、女性の購買力が増加しているのだから、纏足以外にも女性にとって望ましい様々な側面で変化が表れてもおかしくはない。例えば、男の子と比べて女の子の死亡率が相対的に低下し、その結果として国勢調査データにおける子ども年代の男女比率が変化する、というように。しかし、そのような結果は得られなかったことから、家計内購買力の変化が纏足解放の主要な要因であったという強い確証はないと結論している。

一方、サトウキビ栽培の拡大により、女性の労働力の価値が上がったことで、女性の人的資本への投資意欲が高まり、その一つの方法として纏足をほどくようになった、という可能性も考えられる。この人的資本仮説が上記の効果を説明する場合、女性の人的資本に対するリターンがサトウキビ栽培開始以前よりも高いと認識されるようになっていなければならない。纏足をやめること自体が女性の労働生産性向上のための人的資本投資と考えられるため、データの制約はありながらも、他の指標を用いないと、このメカニズムが働いたことをうまく説明できない。そこでChengらは、サトウキビ栽培が進んだ地域で女児の人的資本投資が加速するようなことがあれば、傍証にはなると考えた。そこでデータを確認すると、確かにサトウキビ栽培が拡大した地域において、女児の死亡率が減少する傾向があることが確認された。直接的な分析結果ではないことを認めつつ、また購買力仮説の検証方法との兼ね合いも気になるところだが、死亡率は健康という人的資本への投資の結果とも考えられることから、Chengらはこの結果を人的資本投資の変化が起きたこととは整合的なエビデンスであると考えた。

甘く大きな解放の歩み

社会規範は、人々の行動を規定する強力な力であり、容易に変わるものではない。しかし、Chengらの研究は、経済的なインセンティブが行動変化を促し、ティッピングポイントを超えることで急速に社会規範の変革をもたらし得る可能性を示している。台湾における纏足の慣習が、20世紀初頭のサトウキビ栽培の拡大に誘発される女性の経済的自立の進展とともに衰退した過程を実証したことは、社会規範の研究における貴重な貢献である。

ただし、纏足廃止のメカニズムについては、検証結果の厳密性は必ずしも高くなく、他の要因も考えられることをChengらも認めている。例えば、纏足は結婚市場において男性に好まれる性質であり、より良い縁談を獲得するための「投資」であった側面も指摘されるが、本研究ではこの点については触れていないことを、自ら認めている。

本研究は締め括りで、現代社会における(有害な)社会規範の撤廃についても考察している。例えば、女性器切除(FGM)は、現代においても一部地域で根強く残る慣習である。本研究の結果は、女性が経済的に自立し、労働市場への参加が促進されることで、FGMのような社会規範が変化する可能性を指摘している。特に、女性労働が重要な生産要素となる茶やコーヒーの生産促進が、FGMの撲滅に貢献できるかもしれないという。しかし、纏足と同じように人的資本投資がメカニズムとして介在することを想定するなら、FGMがみられる地域で茶やコーヒーの栽培が広く可能であることに加え、FGMをやめることがこれらの栽培における女性の労働生産性を高めなければならない。果たして実際そのようなことがあるかどうかについては、議論の余地があるだろう。

また、本研究は、日本の開発経済学研究にとっても重要な示唆を含んでいる。特に、本研究の土台には台湾統治下における詳細な記録があり、そのデータの信頼性の高さも認められている。植民地支配の是非については様々な意見があるだろうが、かつて途上国だった日本やその周辺地域の歴史から、現代の途上国に有用な示唆を探るような研究は、日本語で書かれた資料にアクセスできる日本人研究者にとって、貴重な研究対象となりえるだろう。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
著者プロフィール

永島優(ながしままさる) アジア経済研究所 開発研究センター、ミクロ経済分析グループ研究員。博士(開発経済学)。専門は開発経済学、応用ミクロ計量経済学、人的資本投資。主な著作に“Female Education and Brideprice: Evidence from Primary Education Reform in Uganda.”(山内慎子氏と共著、The World Bank Economic Review, 37(4), 2023)、“Pregnant in Haste? The Impact of Foetus Loss on Birth Spacing and the Role of Subjective Probabilistic Beliefs.”(山内慎子氏と共著、Review of Economics of the Household, 21, 2023)など。

  1. Chengらの論文中では、Hokloと記載されており、福佬という字があてられる。
  2. Chengらの論文中では、「Sugar Industry Annual Report, 1919」と出典が記載されている。台湾統治下の日本語の刊行物と考えられ、おそらく和名があるはずだが、参考文献等にも記載がなく、筆者が調べた範囲では正確な名称はわからなかった。
【特集目次】

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