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コラム

途上国研究の最先端

第90回 融資金を夫から遠ざけることができたらマイクロファイナンスの効果が大きくなるかもしれない

If wives can keep loans away from their husbands, microfinance impact may be greater

PDF版ダウンロードページ:https://hdl.handle.net/2344/0002001196

2024年12月

(2,442字)

今回紹介する研究

マイクロファイナンス(少額金融)は、そのモデルとされたグラミン銀行とムハンマド・ユヌス総裁が2006年ノーベル平和賞を受賞するなど、貧困削減の特効薬のようにみなされてきた。しかし、その中心となるマイクロクレジット(少額融資)に関する厳格な実証研究の積み重ねによれば、平均的にはほとんど効果がないか、あってもそれほど大きくない、というのが通説となっている(例えばAmerican Economic Journal: Applied Economics 2015, Vo.7, No.1特集号参照)。その理由としては、投資額が小さすぎる、もしくは割賦返済スケジュールがタイトすぎるために、貧困削減に資するような投資ができない、といったことが指摘されている。

本研究は、マイクロクレジットの効果が小さい新たな理由として、女性への融資に対する夫の共有圧力に着目する。要するに、たとえ融資額がそれなりにあったとしても、それを現金で受け取った場合、一部または全部を夫と共有しなければならない圧力がかかり、妻が意図する投資ができないためではないか、という仮説に答える試みである。

本研究の介入

本研究の舞台はウガンダの首都カンパラだ。バングラデシュで生まれたマイクロファイナンスのパイオニアで、今や大学まで多角経営する国際的NGOBRACが実際に実施しているマイクロファイナンス・プログラムを利用して介入を行っている。この研究で利用するマイクロファイナンス・プログラムは、女性のみを対象に小規模ビジネス拡大を目的とした70~1000ドルの融資を行っている。

実際の介入内容は少々複雑なので、ここでは簡略化して紹介する。まず、BRACの顧客女性たち3000人を、処置群A、処置群B、対照群に1000人ずつランダムに分けた。処置群Aの女性たちには、ビジネス向けのモバイル口座と紐づいたSIMカードを提供し、BRACがモバイルマネー融資を直接その口座に振り込んだ。処置群Bの女性たちにもモバイル口座と紐づいたSIMカードを提供する点は同じだが、融資は従来どおり現金で手渡した。対照群の女性たちは従来どおり、現金で融資を受けた。融資の8カ月後に女性たちを対象にフォローアップ調査を実施した。また客観的なデータとしては、通信会社MTNウガンダからモバイル口座の取引データ、BRACから融資に関するデータを取得した。

実証結果とメカニズム

8カ月後に検証した効果の結論は、処置群A=モバイルマネー融資を受けた女性たちには、対照群と比べてさまざまな違いがみられたが、処置群B=モバイル口座はあっても現金融資を受けた女性たちにはそのような違いはみられなかった。具体的には、処置群Aの女性たちは、自身が経営する企業の利益やその資本が上昇した。対照群と比べて、それぞれ16%、10%の上昇である。彼女たちのモバイル口座取引データによれば、だいたい2カ月かけて、口座から現金を少しずつ必要なときに引き出していく、という使い方が主流であった。

なぜ処置群AとBとの間で効果に違いが出たのか、メカニズムの検証も行っている。たとえば、貧困層は貯蓄ができないから資金制約に陥っており、マイクロファイナンスのうち、効果が高いのは融資よりは貯蓄機能である、といった議論もある。しかし本研究の結果は、処置群AとBとの間で、自身による口座への入金に違いはみられず、貯蓄制約とはあまり関係がなさそうである。この貯蓄制約とも関係するが、貧困層は現在の消費に対して自制が効かないからだといった考え方もある。しかし、ベースライン(介入開始前)時点に質問票を使って計測した自制心の違いによって効果に違いはないようだ。

効果に大きな違いが現れたのは、ベースライン時点での夫からの共有圧力である。共有圧力が強かった処置群Aの女性ほど、介入により自営企業の利益や資本が上昇した。また対照群の女性たちは、融資を受けた後に夫からの共有圧力が強くなった。現金だと夫に隠しにくいことのほか、渡せといった要求を断りにくいということなのだろう。

初期設定の重要性

メインの実証結果からは、モバイル口座に自分のビジネス向け資金を入金しておくことが、夫からの共有圧力を回避するうえで重要ならば、なぜ処置群Bの女性たちがそれを真似しないのか、といった素朴な疑問が生じよう。処置群Bの女性たちもモバイル口座を開設しているわけで、あとはそこに自分たちが融資で受けた現金を入金するだけで処置群Aの女性と同様な設定になるはずだ。処置群Aの女性たちの、モバイル口座の主な使い方が現金引き出し、かつそれが可能な場所まで平均所要時間5分以内であったことからして、現金の出入金にそれほど不便があるとも思えない。

興味深いことに、モバイル口座が夫からの共有圧力を回避するために有効であることを学んだはずの処置群Aの女性たちですら、本介入実験終了後には、その口座を新たな融資の入金先として活用した形跡がみられなかった。これは、たとえ現金の出入金にそれほど不便がなかったとしても、融資元たるBRACが直接振り込むのと、自分で入金するのとは違うこと、後者のひと手間の心理的ハードルが高いことを示唆している。先進国の我々にとっては、自動的に給与から天引きされる財形貯蓄と、同額を毎月自分で貯蓄していくのとでは、結果に違いがでるといったことが当てはまるだろう。初期設定がプログラムや政策の効果に大きな違いをもたらしうること、マイクロファイナンスの実装にも大きな示唆を与える研究だろう。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
著者プロフィール

牧野百恵(まきのももえ) アジア経済研究所開発研究センター主任研究員。博士(経済学)。専門分野は開発経済学、家族の経済学。著書に『ジェンダー格差──実証経済学は何を語るか』(中公新書, 2023年)、主要論文に“Marriage, Dowry, and Women’s Status in Rural Punjab, Pakistan” (Journal of Population Economics, 2019), Labor Market Information and Parental Attitudes toward Women Working Outside the Home: Experimental Evidence from Rural Pakistan”(Economic Development and Cultural Change, 2024)等。

書籍:ジェンダー格差──実証経済学は何を語るか

書籍:Marriage, Dowry, and Women’s Status in Rural Punjab, Pakistan

書籍:Labor Market Information and Parental Attitudes toward Women Working Outside the Home: Experimental Evidence from Rural Pakistan

【特集目次】

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