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コラム
第42回 安く買って、高く売れ!
PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00051708
會田 剛史
2020年4月
(2,628字)
今回紹介する研究
Marshall Burke, Lauren Falcao Bergquist, and Edward Miguel. 2019 "Sell Low and Buy High: Arbitrage and Local Price Effects in Kenyan Markets," Quarterly Journal of Economics, 134 (2) : 785–842.
アフリカの農産物市場は地域ごとに分断されており、取引額が比較的少ないため、価格の変動が大きいと言われる。その背後には、価格が低い収穫期に作物をすべて売り、価格が上がる端境期になって買い戻すという、農家の矛盾した行動も見られる。これには、収穫直後のまとまった現金需要(子どもの学費の支払いなど)に対応しようにも、貯蓄や信用市場へのアクセスが十分でないという事情がある。では、農家にマイクロファイナンス(MF)サービスを提供し、資金の借り入れへの制約を緩和したら、このような矛盾は解消されるだろうか?
この問題に答えるため、西部ケニアで活動するNGOのプロジェクトに参加しているメイズ農家を対象として、2段階のランダム化比較試験を2年間にわたり実施した。まず第1段階では、地区ごとにランダム化を行い、一方のグループではプロジェクト参加農家のうち80%を、他方のグループでは40%をサンプルとして選んだ。これは後に説明する「一般均衡効果」を検証するためのステップである。なお、1地区の人口は400〜500人ほどで、このうちの30%ほどがプロジェクト参加農家である。第2段階のランダム化では、サンプルとして選ばれた農家をMFの提供を受けるグループとコントロールのグループに割り振った。MFの融資額はメイズの生産量に応じており、例えば2年目の場合、最大で1万2500Ksh(ケニアシリング)を返済期間9カ月、10%の利子率で借りることができた。これらのグループを比較することで、MFにより農家がメイズを「安く買って、高く売る」ことができるようになるかどうかを検証する。
みんなが「安く買って、高く売る」ようになると、何が起こるのか?
では、実験の結果を見ていこう。まず、MFが提供されたグループではメイズの蓄えが有意に増えており、この効果は収穫期から端境期にかけてだんだん小さくなることが確認された。これは農家が収穫直後に売らずに、価格が高くなる端境期に向けてメイズを備蓄するようになったことを示唆している。実際、売り上げへの効果を見てみると、価格の低い収穫期にメイズを買い入れ、価格の上がる端境期に売るという裁定行動が確認された。しかし、家計消費を見てみると、MFの効果は必ずしも認められなかった。
このような「安く買って、高く売る」行動を多くの人がとると、市場では需要と供給のバランスを通じて収穫期の価格が上がり、端境期の価格が下がるという「一般均衡効果」が生じる可能性がある。そこで、次に市場レベルのデータを使って価格がどう変動したかを見てみよう。ここで先ほどの地区ごとのサンプルサイズに関するランダム化が重要となる。被験者が少ない地区に比べて、多い地区ではそれだけ一般均衡効果が強く表れるはずだからだ。実際、被験者が多い地区では収穫期にメイズ価格の上昇が確認された。一方、端境期の価格低下については、はっきりとした結果は得られなかった。これはおそらく、メイズの蓄えを放出するタイミングには農家間でばらつきがあるためであろう。
以上のような一般均衡効果が存在すると、「安く買って、高く売る」という行動の「うまみ」が薄れてしまい、MFの効果も弱まってしまうという可能性がある。分析の結果、メイズの備蓄量については有意な違いは現れなかったものの、売り上げについては、被験者が少ない地区の方が、効果が大きいことが確認された。やはり、一般均衡効果はMFの直接的効果を弱めてしまうのだ。
最後に、全体的な便益の概算結果を見てみよう。被験者が少ない地区では、MFが提供された家計が直接受ける便益は3304Kshであるのに対し、被験者が多い地区では854Kshである。一方、メイズ価格の上昇は同一地域内のすべての農家に裨益するため、被験者が多い地区では非被験者にも1家計あたり495Kshの間接的な便益がある。さらに、これらの地区の非被験者数は被験者の約7倍のため、全体的な便益としては間接効果が直接効果の4.16倍にも上る。
本研究は現地の事情を把握し、金融サービスへのアクセスが十分でないために、農家がメイズを「安く売って、高く買う」という矛盾した行動を強いられていることを発見した。既存研究では、MFが消費や所得に与える影響は限定的だとされるが、この問題のようにターゲットを明確にすれば、MFは人々の行動を変えるのに十分なほどの効果がある。また、ランダム化比較試験の限界としてしばしば言及される一般均衡効果についても、適切な実験デザインをすることで、プログラム対象者へのMFの直接的な効果を弱めてしまうことが判明した。一方、非対象者への間接的な効果はそれを補って余りあるほど大きなものであるというのも重要な発見である。このように、現場のニーズに合わせた介入を考案し、学術的な問題も踏まえたうえで厳密なインパクト評価を行っているという点で、本研究は極めて示唆に富むものだと言えよう。
著者プロフィール
會田剛史(あいだたけし) アジア経済研究所開発研究センター研究員。博士(経済学)。専門分野は開発経済学。最近の論文に、"Social Capital as an Instrument for Common Pool Resource Management: A Case Study of Irrigation Management in Sri Lanka," Oxford Economic Papers, Volume 71, Issue 4, 2019, pp. 952–978.や、"Is Farmer-to-Farmer Extension Effective? The Impact of Training on Technology Adoption and Rice Farming Productivity in Tanzania," World Development, Volume 105, 2018, pp. 336–351.(共著)など。
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