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コラム
第11回 飲酒による早期児童発達障害と格差の継続――やってはいけない実験を探す
PDF版ダウンロードページ: http://hdl.handle.net/2344/00050642
2018年12月
今回紹介する研究
J. Peter Nilsson, "Alcohol Availability, Prenatal Conditions, and Long-Term Economic Outcomes," Journal of Political Economy, 2017, 125(4): 1149-1207.
産科医が妊婦にお酒を飲まないようにと注意するのは、アルコールが胎児の発達を妨げる可能性があるためだ。そのエビデンスは実はあまりない。質の高いエビデンスを得るには人間を対象に実験する必要があるが、妊婦にお酒を飲ませて余計なリスクを与える実験は、被験者によほどのメリットがない限り、倫理的に許されないからである。
ニルソンの研究は妊婦の飲酒が子どもの発達と将来に与える影響を信頼性のあるエビデンスとして示した稀な例である。彼は1967年スウェーデンの高度数ビール販売自由化政策実験に着目し、実験期間内に第一三半期を胎内で過ごした男児は、出生率、懐妊期間、学歴、知的能力、成人時所得、生活保護のすべてで不利益を被ることを示した。出産直後の結果に加えて、32歳時の所得という遠い将来への影響を示したのは画期的である。さらに、先行研究のようにスペイン風邪や飢饉などのショックではなく、日常の飲酒という普通の行動を取り上げているので、研究結果の適用範囲が広い。ちなみに、女児は知的能力以外に顕著な不利益は確認されなかった。
過去の実験的状況の発掘
ニルソンがこの結果に辿り着くことができた理由は、第一に、政策が失敗した経験を発掘したことによる。1967年11月、スウェーデン政府は蒸留酒からアルコール度数のより低い飲料への消費シフトを目指し、従来は国営酒店で専売していた高度数(6.5%未満)ビールの販売を一般小売店にも認めた。しかし、国営酒店では最少販売年齢が21歳であるものの、一般小売店では16歳であったことから、意図せず21歳未満へのビール販売を増やしてしまった。報道などから失敗を悟った政府は68年7月15日に政策を撤回した。第二の理由は、スウェーデンが出生、学歴、婚姻、所得、生活保護受給などのデータを研究用に提供しており、曝露世代を含む全国民の成人時の状況を多角的に分析できるためである。
この政策実験は24ある地域のうち2地域のみで導入された。このため、導入されなかった他地域と比較すれば、アルコール入手が容易になったことの効果を観察できる。慎重を期すため、(1)地域間比較に加え、(2)胎内で曝露した前後の年代間、(3)実験期に母親が21歳未満と以上のグループ間を比較する三重差分(DDD)推計量として影響を計測した。その結果、21歳未満の母親から生まれた子どもは胎内で不利益を負わされたこと、低所得世帯でその効果が大きいことが判明した。早期児童発達(ECD)研究によると、胎内で被った不利益は成人しても学歴や所得などに引き継がれる。低所得世帯の子女が発達上不利になると格差が世代を超えて継続しやすい。本研究はその経路として妊婦のアルコール摂取を示したが、途上国特有の中毒性物質(コカなど)もその経路となるかもしれない。一般に、途上国では低所得であるほど胎児発達に関わるリスク周知や備えが乏しいため、格差を継続させるメカニズムとなりやすい。
留意すべき点
著者プロフィール
伊藤 成朗(いとうせいろう)。アジア経済研究所 開発研究センター、ミクロ経済分析グループ長。博士(経済学)。専門は開発経済学、応用ミクロ経済学、応用時系列分析。最近の著作に"The effects of becoming a legal sex worker in Senegal on health and wellbeing"(Aurélia Lépine, Carole Treibichと共著、Health Economics, 2018)、主な著作に「開発ミクロ経済学」(『進化する経済学の実証分析』 経済セミナー増刊、日本評論社、2016年)など。
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