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コラム
第91回 インドのグラム・パンチャーヤトから学ぶ地方自治体の規模が公共財供給に与える影響
The impact of local government scale on public goods provision: Lessons from Gram Panchayat in India
PDF版ダウンロードページ:https://hdl.handle.net/2344/0002001240
2025年1月
(4,499字)
今回紹介する研究
Veda Narasimhan and Jeffrey Weaver. 2024. “Polity Size and Local Government Performance: Evidence from India.” American Economic Review, 114 (11): 3385-3426.
多くの発展途上国で地方分権化が進んでいる。その目的の一つは、中央政府に比べ地域社会に精通した地方自治体に権限を委譲することで、より効率的な公共財供給を実現することだ。ただし、その効率性はおそらく地方自治体の規模に左右される。例えば、小さい自治体ほど選好が似た人々が住んでいるため、市民間で争いがおこる可能性や公共財供給に必要な調整コストが低い。また、隣接する自治体同士の競争が公共財供給の効率性を高める可能性もある。一方で小さい自治体では、人口が少ないため有能な政治家およびその競争相手が現れにくい、エリート層による私的利益の追求(エリート・キャプチャー)が生じやすいといった欠点がある。また、規模の経済が働かないため公共財供給に係る平均費用も大きくなるだろう。このように多くの可能性があるものの、地方自治体の規模が公共財水準に与える影響を現実のデータを用いて分析した研究は少ない。
グラム・パンチャーヤトとその境界変更
本研究はインドにおける地方自治体であるグラム・パンチャーヤト(以下、GP)の人口規模が、その管轄下にある村の公共サービスに与える影響を分析する。GPは通常、地理的に隣接する複数の村からなる村落レベルの自治体で、インドで最も基礎的な自治機構である。選挙で選ばれた村の代表者から構成される議決機関をもち、また行政機関としての役割も果たすことから、地域の開発政策の決定やインフラの整備、保健・教育サービスの提供などを行っている。
著者らは北部のウッタル・プラデーシュ州のGPに注目する。この地域では1994年の州法改正により、人口が1000人である村または村のグループは、可能な限り一つのGPとなることが定められた。ここで言及される村は直近の国勢調査で定義されている村であり、一つの村をさらに分割することは許されなかった。この結果、それまで存在していたGPの境界は変更され、人口が1000人以上の村は原則として独立したGPとなった。例えば、人口1005人の村A、人口995人の村B、および人口700人の村CからなるそれまでのGPは、境界変更により村AのみからなるGPと村BおよびCからなるGPとに分割された。
回帰不連続デザイン
著者らは1995年と2015年に行われた境界変更に注目し、GPの人口規模の影響を分析する。具体的には回帰不連続デザイン(RDD)という手法を用い、直近(1995年の境界変更であれば1991年、2015年の境界変更であれば2011年)の国勢調査における村人口が1000人よりわずかに大きい村とわずかに小さい村との間で境界変更後に公共サービスに違いがみられるようになったかを分析する。
分析結果の説明前に、上記例を用いて境界変更前の人口が1000人前後の村を比較することの意味を記しておく。既に述べたように境界変更により村Aは人口1005人の独立したGP、村BおよびCは人口1695(=995+700)人のGPとなる。このように、境界変更前の人口が1000人よりわずかに大きい村は境界変更後、原則として人口約1000人の規模が小さい独立したGPとなる。一方で境界変更前の人口が1000人よりわずかに小さい村(上記例では村B)は境界変更後、人口1000人未満の他の村とともに総人口が多いGPを形成する。そのため、境界変更前の人口が1000人前後の村を比較することで、その村が境界変更後に属するGPの人口規模の効果分析が可能となる。
また、分析対象となる村はいずれも人口が約1000人であり、その境界変更前の平均的特徴は似ていたと考えられる。上記例であれば、RDDにおける分析対象村は村AおよびBとなるが(その人口が1000人を大幅に下回る村Cは分析対象とならない)、これらはいずれも人口が約1000人であるため、境界変更前の村内の政治状況や社会経済水準について、両者の間で大きな違いはなかったと考えても不自然ではない。そのため、境界変更前の人口が1000人前後の村の間で境界変更後に生じる公共サービスの違いは、その村が境界変更後に属するGPの人口規模の違いによって生じたと考えることができる。
公共サービスは人口の少ないGPに属する村で向上
著者はさまざまなデータを用い、境界変更後の公共サービスは平均的にみて、人口の少ないGPに属する村で向上したことを示す。例えば、小中学校や高校がある確率は高く、その校内設備も充実していた。また、舗装道路や貧困家計向けの(穀物を安価で提供する)フェア・プライス・ショップが設置されている確率も高かった。
さらに政府が実施する社会福祉プログラムの受益者も多い。例えば、政府支援を得るために必要なBPLカード(貧困層以下世帯用カードで取得には政府への申請が必要)の保有者、公的医療保険加入者、電化世帯、液化石油ガス使用家庭、より衛生的な密閉型排水システムの利用者、住宅補助金の受給者、金融包摂プログラムを通じた銀行口座開設者が多く存在した。加えてトイレ保有者が多く、野外排泄者は少なかった。また農村部の雇用を保証する公共事業が実施される確率が高く、そこで働く労働者も多かった。
GPの政治家は独自の判断や財源のみでインフラ整備や公共支援を行うわけではない。そのため人口規模の異なるGPに属する村の間で生じた公共サービスの違いは、より高位の政治家や政府高官にその提供を働きかける指導者たちの努力の違いを反映していると考えられる。また、住民への公共支援プログラムに関する情報提供や、その申請手続支援において指導者たちが果たした役割の違いも透けて見える。
なぜ公共サービスが向上したか?
なぜ人口が少ないGPに属する村で公共サービスが向上したのか? その特定は難しいが、著者らはいくつかの可能性を議論する。第一に、人口が少ないGPほど政治家と市民との距離が近く、市民は政治家に直接意見しやすくなる。また有権者の数が少ないため、一人の市民の投票が選挙結果を大きく左右する可能性もある。そのため住民が積極的に政治に参加したかもしれない。分析結果によると、人口が少ないGPに属する村ほど、その住民が村内の社会問題を議論する村民会議に出席する確率が高かった。また、GP選挙での住民一人当たりの候補者数が多く、投票率も高かった。
第二に、人口が少ないGPではそのすみずみまで、政治家の資質や行動に関する情報がいきわたる可能性が高い。そのため、指導者は住民の意に反する行動をとりにくく、また意に反した場合、おそらく社会的制裁も受ける。その結果、人口が少ないGPほど、より有能な人材が指導者に選ばれている可能性がある。GP選挙データを扱った分析結果によると、人口規模の大小で教育水準に違いはみられなかったが、人口が少ないGPほど犯罪歴のない候補者や当選者が多かった。なお、候補者や当選者の保有資産額については、GPの人口の多寡による相違はなく、人口が少ないほど候補者は低いカーストの出自だった。そのため著者らは、GPの人口が少なくなってもエリート・キャプチャーが生じていないと議論する。
第三に、政治家はGP内で最も人口が大きい村の住民の意見に耳を傾ける可能性がある。そうすることで、次の選挙で多くの票を獲得し勝利することができるからだ。上述の村Aが示すように、境界変更前の村の人口が1000人よりわずかに大きい村は境界変更後、原則GP内の唯一の村となる。一方で、境界変更後のGPの総人口に占める村Bの人口割合は58%(=995÷1695)に過ぎない。そのため、村が属するGPの人口の多寡による公共サービスの違いは、指導者の選挙戦略におけるその村の重要性の変化によって生じた可能性がある。分析結果はこの解釈とも整合的だった。具体的には、境界変更前のGPで最も人口が多かった村(境界変更前は選挙戦略的に重要性が高かった村)を除いた村を扱った分析でのみ、境界変更による社会福祉サービスの向上がみられた。つまり、境界変更前は選挙戦略上の重要性は低かったが境界変更により重要性が高まった人口1000人以上の村でサービスの向上がみられたのだ。
第四に、人口が少なくなったGPでは住民の同質性が高まると考えられる。そのため、同一のアイデンティティを共有する住民の割合が増え、社会問題に協力して取り組むようになったかもしれない。また、その地域から選ばれるGPの政治家も多くの住民と同じアイデンティティを共有しており、より親身になって住民の声に耳を傾けるようになったことも考えられる。第五に、人口が少なくなったGPでは、その生活空間の狭さから住民が指導者の行動を観察しやすくなり、その結果、高い説明責任を指導者に促すことができた可能性がある(これは第二のメカニズムを支える経路の一つともいえる)。しかしながら、これらを支持する分析結果は得られなかった。例えば、カーストに基づく社会分断指数が境界変更前に小さかった村(つまり、もともと住民の同質性が高かった村)のみを扱った分析や、境界変更前に一つの村内集落しかもたなかった村(つまり、もともと住民の生活空間が地理的にまとまっていた村)のみを扱った分析でも境界変更に伴う社会福祉サービスの向上はみられた。
地方自治体の規模は単純に小さくすればよいといえるか?
村が属するGPの人口が少なくなったことで、村内の公共サービスは向上した。その背後では住民による積極的な政治参加、政治家の質の向上、選挙戦略の変更といった要因が影響していた。とはいえ、地方自治体の規模は小さければ常に望ましいのだろうか。
著者らは、GPの規模が現在の人口から1000人分減る効果の推計を行っている。結果によれば、得られる社会福祉サービスの向上効果は、当初のGPの人口規模によって異なった。例えば、GPの人口が3000人から2000人に減ると社会福祉サービスの向上はみられたが、6000人から5000人に減ってもその向上はみられなかった。そのため、地方自治体の規模は単純に小さくなれば望ましいというわけではなさそうだ。おそらく、地方自治体には最適な規模というものがあり、その規模を実現することが大事なのだろう。
最後に、本論文でみられた結果が他の地域でも同様にみられる保証はない。公共サービスの向上がみられたとしても、それらサービスの提供・維持にかかる費用も忘れてはいけない。例えば、既に高い公共サービスが整備されている地域では、地方自治体の規模を変更することで得られる便益は費用に比べてそれほど大きくないかもしれない。よりよい地方政府システムの実現に向けて、考慮すべき点はまだまだありそうだ。
著者プロフィール
工藤友哉(くどうゆうや) アジア経済研究所開発研究センター主任研究員。博士(経済学)。専門分野は開発経済学、応用ミクロ計量経済学。著作に“Eradicating Female Genital Cutting: Implications from Political Efforts in Burkina Faso” (Oxford Economic Papers, 2023), “Maintaining Law and Order: Welfare Implications from Village Vigilante Groups in Northern Tanzania” (Journal of Economic Behavior and Organization, 2020), “Can Solar Lanterns Improve Youth Academic Performance? Experimental Evidence from Bangladesh” (共著、The World Bank Economic Review, 2019) 等。
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