IDEスクエア

コラム

途上国研究の最先端

第74回 チーフは救世主? コンゴ民主共和国での徴税実験と歳入への効果

Chiefs as a treatment: Implications from a tax experiment in the Democratic Republic of the Congo

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/0002000022

2023年10月

(3,447字)

今回紹介する研究

Pablo Balán, Augustin Bergeron, Gabriel Tourek, and Jonathan L. Weigel, “Local Elites as State Capacity: How City Chiefs Use Local Information to Increase Tax Compliance in the Democratic Republic of the Congo,” American Economic Review, Vol. 112, No. 3, March 2022: 762-797.

公共財の供給など、国家がその機能を適切に果たすためには歳入を増やすことが不可欠だ。しかし、税収がGDPの10%に満たない低所得国は多い(Pomeranz and Vila-Belda 2019)。この一因として、国家が課税できる物や取引について十分な情報をもっていないことが考えられる。では、国家よりも詳細な情報をもつ第三者に税の徴収を依頼したらどうだろうか。本論文の著者らは、コンゴ民主共和国の州政府と協力した経済実験を行い、チーフとよばれる地域の指導者(詳細は後述)に徴税業務を委託した場合の歳入への効果を分析する。

固定資産税の徴収強化活動と徴税実験

コンゴ民主共和国中部に位置するカサイ州の州政府は、2018年5~12月に州都であるカナンガで固定資産税の徴収強化活動を行った。この活動では、州政府から委託され研修を受けた徴税員が、二人一組のチームで固定資産税の徴収業務にあたった。その業務内容は大きくわけて二つだ。一つは不動産登記である。具体的には、徴税員は市内の家屋を訪れ財産および所有者情報を記録した。そして、その場で家屋財産の査定を行い、納税通知書を発行した。もう一つは再訪問による徴税である。支払者にはその場で携帯プリンターから印刷された領収書が発行された。また、プリンターに記憶された支払情報は、後日政府のデータベースへと送られた。各チームは、市内356の居住区のなかから自己に割り当てられた地区を担当し、一つの地区につき約一カ月かけてこれら二つの業務を実施した。徴税員は業務に要した交通費に加え、不動産登記および徴税のそれぞれの業務について、出来高払いの給与を受けとった。

著者らはこの徴収強化活動のなかで経済実験(ランダム化比較試験)を行った。具体的には、居住区を無作為にいくつかのグループに分け、グループごとに異なるタイプの徴税員を派遣した。本論文では、州政府が選んだ徴税員(以下、政府徴税員)を派遣した場合に比べ、チーフを徴税員(以下、チーフ徴税員)とした場合に税収が増えるかどうかを分析する。

政府徴税員には、税務やその他の政府の仕事を過去請け負った経験のあるものが選ばれた。また、出来高払いの給与に加え、その働きぶりによっては今後正規雇用される可能性があったため、政府徴税員はさぼらず業務に取り組んだと考えられる。一方チーフは、地元の年長者が推薦し政府の認可を得た、長年その地域に住む指導者である。その地位に任期はなく、世襲制の場合もある。市民間のもめ事の解決やインフラ整備(例えば、住民を動員した道路や橋の修復)などがその主な役割だ。無給の地位ではあるが、チーフは地域社会への貢献から市民の尊敬を得ている。本研究で重要な点は、チーフはその活動を通して、政府徴税員よりも地域や市民について詳細な情報をもっていることだ。この比較優位は固定資産税を徴収する際に役立ったと予想される。

チーフ徴税員による税収増。賄賂も増えたが、政府への信頼は損なわれない

著者らは、不動産登記および納税額の行政データと、2017~2019年に独自に三度実施した家計調査データを用い、実験結果を分析した。まず、政府徴税員が派遣された居住区(以下、中央管理型介入区)に比べ、チーフ徴税員が派遣された居住区(以下、地域管理型介入区)では、納税遵守率および納税額がそれぞれ約50%および44%増えた。また、著者らは家屋財産の査定を独自に行い、徴税員の査定が適切であったかも分析した。すると、政府徴税員よりもチーフ徴税員のほうが財産をより適切に評価し、また、必要な際には税の減免措置をルールに従い施していたことがわかった。一方で、家計調査データの分析結果によると、徴税員に賄賂を渡して税の支払いを免れたと回答する家計は、中央管理型介入区よりも地域管理型介入区で増えた。しかし、市民の納税意欲や政府の課税業務への信頼性については両居住区間で有意な違いは生まれなかった。

なぜ税収は増えたのか。業務量および説得力に違いはない

続けて著者らは、地域管理型介入区で税収が増えた理由を分析する。まず、政府徴税員とチーフ徴税員とで家屋を訪れる回数に違いはなかった。そのため業務量(訪問回数)の違いが税収の違いにつながったわけではなさそうだ。次に、チーフがその権力を利用して支払いを強制した、あるいは、財産所有者がチーフに敬意を払い自ら進んで税金を支払った可能性が考えられる。しかし、いくつかの分析結果を用い著者らはこの可能性を排除する。例えばその一つとして、チーフの市民への影響力(例えば、年齢、在職期間、選出方法などで測定)の強弱によって、チーフ徴税員を派遣することによる税収増の効果に違いが見られなかったことを著者らは示している。

なぜ税収は増えたのか。チーフのもつ市民情報と高いターゲティング力。

実は実験では、中央管理型および地域管理型介入区に加えて、政府徴税員が不動産登記後、自分の担当居住区のチーフに財産所有者の支払能力や意思について相談し、チーフの予想(正確には、数値化した指標)をもとに家屋を再訪問する介入地域もつくられた。すると、この介入地域では中央管理型介入区よりも納税遵守率および納税額が増えた。そのためチーフ徴税員は、支払能力や支払意思のある市民を把握しており、そのような市民がいる家屋を優先して再訪問していたと推測される。

さらに著者らは、実際の納税の有無を、各家計の過去の納税状況、貧富の度合い(例えば所得や消費)、および政府を信用する傾向などの家計調査情報と結びつけ、各家計の税金を支払う傾向を見積もり数値化する(以下、税金支払性向)。すると、中央管理型介入区の政府徴税員に比べ、チーフ徴税員は、財産評価額は低いが税金支払性向の高い家計をより多く訪問していたことがわかった。加えて、地域管理型介入区では、中央管理型介入区よりも財産評価額の低い所有者の納税遵守率が高かった。一方で、財産評価額の高い所有者の納税遵守率については両区間で違いはなかった。そのためチーフによる徴税は、課税財産評価額が低いほど税率が高くなる逆進税となっていたことがわかる。最後に特筆すべきは、家屋の見た目と異なり、税金支払性向を推計する際に利用した情報はいずれも、その家計以外の第三者が観察できるものではない。にもかかわらず、チーフが税金支払性向の高い家計を把握していたことにはかなり驚かされる(そして、本コラムの執筆者的にはちょっと怖い)。

チーフ徴税員の価値をどう考えるか?

チーフ徴税員を利用することで税収は増えた。逆進税の傾向や賄賂は増えたが、市民の納税意欲や政府に対する信用は損なわれなかった。そのため、歳入増が喫緊の課題で政府の徴税能力が低い場合、地域の指導者と協力して税の徴収を行うことは、短期的かつ都市部では有益なのではないかと著者らは議論する。一方、社会厚生への影響も考えた場合、チーフ徴税員利用の是非について著者らは慎重だ。しかしながら、少なくとも、チーフ徴税員を派遣したことによる市民の消費や所得などへの負の影響はなかったようだ。また、チーフ徴税員がもたらす社会厚生への潜在的な負の効果は、増えた税収を用いて供給される公共財がもたらす社会的便益と秤にかけて考える必要がある。

最後に、集めた税収は政府の徴税能力を高めるための投資に利用可能だ。その結果、長期的には地域の指導者に頼らず、また汚職が少ない別の方法で税を徴収することが可能になるかもしれない。さらに徴税以外の行政の場でも、詳細な市民情報が必要な業務を行う場合には、地域の指導者がその助けとなる可能性がある。これらの可能性すべてが実現する保証はないが、脆弱な行政能力を(代替ではなく)補完するものとして地域の指導者を利用することの価値を厳密に分析した本論文の貢献は大きい。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
参考文献
  • Pomeranz, Dina and José Vila-Belda. 2019. “Taking State-Capacity Research to the Field: Insights from Collaborations with Tax Authorities.” Annual Reviews of Economics 11 (1): 755-781.
著者プロフィール

工藤友哉(くどうゆうや) アジア経済研究所開発研究センター主任研究員。博士(経済学)。専門分野は開発経済学、応用ミクロ計量経済学。著作に“Eradicating Female Genital Cutting: Implications from Political Efforts in Burkina Faso” (Oxford Economic Papers, 2023), “Maintaining Law and Order: Welfare Implications from Village Vigilante Groups in Northern Tanzania” (Journal of Economic Behavior and Organization, 2020), “Can Solar Lanterns Improve Youth Academic Performance? Experimental Evidence from Bangladesh” (共著The World Bank Economic Review, 2019) 等。

Oxford Economic Papers, 2023

Journal of Economic Behavior and Organization, 2020

The World Bank Economic Review, 2019

【特集目次】

途上国研究の最先端