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コラム
第58回 賄賂が決め手――採用における汚職と配分の効率性
Money talks: Relationship between corruption and allocative efficiency in hiring
PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00053018
2022年4月
(2,806字)
今回紹介する研究
Jeffrey Weaver. 2021. “Jobs for Sale: Corruption and Misallocation in Hiring,” American Economic Review 111(10): 3093-3122.
安定した賃金と雇用が保証される公的部門は、途上国でも魅力的な就職先である。しかし、途上国の公的部門における採用プロセスでは、しばしば、応募者の払う賄賂の多寡によって採用が決まるといった悪しき状況も報告されている。もしも、汚職の横行が原因で、本当に熱意と能力のある人材が公的部門に職を得られないとすれば、配分の効率性や行政能力の低下につながるため、かなり深刻な問題といえる。ところが、採用プロセスに関して賄賂のデータが公表されることはまずないため、この問題は深く分析されてこなかった。本研究は、汚職と配分の効率性に関する初めての本格的な分析であり、結果は大方の予想とは異なる意外な発見を含むものであった。
賄賂はみんなやっている
とある途上国のとある農村地域——調査協力者の安全に配慮して論文は具体的な地名を明かしていない。この地域では、コミュニティ・ヘルス・ワーカー(CHWs)が、一次医療の重要な役割を果たしている。彼らは全員が女性であり、出産の補助、妊産婦および新生児の検診、結核対策に関する保健サービスの提供などを行っている。これらCHWsの監督を行うため、新たに設置された上位職が分析の対象である。上位職に応募できるのは現職のCHWsに限られ、およそ15~25人が勤務する各地区のCHWsの中から、一人が上位職に採用される。本研究の利点は、潜在的な応募者であるすべてのCHWsについて詳しいデータを収集できたことである。
調査を通じて明らかになったことは、賄賂の交渉が当たり前に行われる採用プロセスの実態である。応募者は賄賂として払うことのできる金額を提示し、採用された場合にこれを払う。採用現場の当事者にとって賄賂は日常の出来事であり、応募者同士で賄賂の金額を話題にすることも珍しくないという。そのため、分析は本人の申告だけでなく、他のCHWsの証言なども総合して、それぞれの応募者が提示した賄賂のデータをまとめた。それによると、採用者の97%が何がしかの賄賂を払い、その平均額は上位職の月給17カ月分に相当する巨大なものであった。上位職の月給はCHWsのそれより40%ほど高いため、賄賂は応募者にとって十分なリターンが期待できる「投資」とみなされているのだろう。
採用者のパフォーマンスは高い?低い?
採用者の決定要因を計量的な手法に基づき分析したところ、応募者の教育水準や縁故の有無に加えて、賄賂の提示金額が有意な影響を持つことが分かった。実際、地区でもっとも大きな賄賂を提示した応募者は76%が採用者として選ばれている。しかも、応募者の数が多く上位職の採用競争が激しい地区ほど、採用者の提示する賄賂の金額も大きくなることが分かった。採用は総合的な判断によるものとはいえ、賄賂は採用を勝ち取るための有効な手段であり、決め手となりうるものである。
ところで、賄賂が強力な武器として機能するならば、貧しい応募者は裕福な応募者よりも採用プロセスにおいて不利ということになる。資産の少ない応募者は、たとえ熱意と能力があっても十分な賄賂を払えないため、採用者として選ばれる可能性は低く、配分の非効率が生じるかもしれない。この点を検証するため、分析では四つのステップを通じて、採用者のパフォーマンスを評価した。(1)まず、上位職の設置によって各地区における保健サービスの質と量がどのように変化したかを数値化した。(2)次に、保健サービスの改善が見られた地区の上位職が、どのような特徴を持っているか明らかにした。(3)この特徴をもとに、すべてのCHWsについて、上位職への適性がどのぐらいあるかを、適性スコアとして推計した。(4)最後に、実際の採用者と別の選考方法で選ばれた仮想的な採用者の適性スコアを比較し、パフォーマンスの評価を行った。別の選考方法としては、保健衛生に関する知識テストの結果、およびCHWsの業務実績に基づく選考基準を適用した。これらは、賄賂や縁故によらない代替的な選考方法である。検証結果によると、試験や実績で選ばれた仮想的な採用者と比べて、実際の採用者の適性スコアは遜色ないどころか、むしろ高いことが判明した。このことは、大方の予想と異なり、賄賂をともなうポスト配分の方が、適性の高い応募者を選び出すという観点で効率的なことを意味している。
汚職と配分の効率性
賄賂をともなう採用プロセスがなぜ効率的になるのだろうか。端的に言えば、賄賂をたくさん払った応募者は、熱意と能力があり、監督者として適任であったからだ、ということになる。まじめな働きぶりや高い人的資本が資産に反映したり、仕事への熱意が大きな賄賂を払ってでも上位職に就きたいという姿勢に表れたりしたのかもしれない。いずれにせよ、地域全体で見ると、CHWsの資産と適性スコアには正の相関があり、賄賂を通じた採用プロセスによって適性のある応募者が採用されやすいことが確認された。さらに、資産と適性スコアの相関が高い地区では、採用者のパフォーマンスが高く、逆に相関が低い地区では、採用者のパフォーマンスが低いことも明らかとなった。つまり、応募者の資産と適性がどれほど正に相関しているかで、賄賂の効率性に与える影響は変わるのである。
もちろん、賄賂によって非効率な配分が生じる状況も考えられる。資産と適性が負に相関するケースがそれに該当する。例えば、公的部門の末端職員にいたるまで汚職の機会がある状況を考えよう。このとき、資産が多い職員とは、これまで汚職に手を染めてきた職員なのかもしれない。そうすると、資産と適性(公正さや実直さなど)には負の相関が生じ、賄賂をともなう採用プロセスでは望ましくない配分が実現してしまう。汚職と配分の効率性の関係は決して一様でなく、むしろ文脈に依存するという点こそ、論文のもっとも重要なメッセージである。
汚職の撲滅は、多くの国が取り組むべき困難な課題である。賄賂が非効率性を生み出している場合、汚職対策は同時に効率性を改善する効果も期待できるため、大きな努力を傾ける価値がある。一方、賄賂を通じて思いがけず効率的な配分が実現している場合は、汚職対策によって効率性が低下する恐れもある。そのような状況では、新たな採用基準の導入や採用プロセスの見直しなど、制度の改善があわせて必要となるだろう。汚職の撲滅に向けた適切なアプローチを見出すうえで、本研究が提供する汚職と配分の効率性に関する洞察は大変有益なものである。汚職という困難な敵に立ち向かうためには、まず敵を知ることから始めなければならない。
著者プロフィール
塚田和也(つかだかずなり) アジア経済研究所開発研究センター研究員。専門分野は開発経済学、農業経済学、東南アジア経済。近年の研究テーマは、発展途上国における産業構造の変化と経済成長、農業部門の機械投資と大規模化、農村要素市場の効率性と分配に関する比較研究、など。
- 第1回 途上国ではなぜ加齢に伴う賃金上昇が小さいのか?
- 第2回 男児選好はインドの子供たちの発育阻害を説明できるか
- 第3回 子供支援で希望を育む
- 第4回 後退する民主主義
- 第5回 しつけは誰が?――自然実験としての王国建設とその帰結
- 第6回 途上国の労働市場で紹介が頻繁に利用されるのはなぜか
- 第7回 絶対的貧困線を真面目に測り直す――1日1.9ドルではない
- 第8回 労働移動の障壁がなくなれば一国の生産性はどの程度向上するのか
- 第9回 科学の世界の「えこひいき」――社会的紐帯とエリート研究者の選出
- 第10回 妻の財産権の保障がHIV感染率を引き下げるのか
- 第11回 飲酒による早期児童発達障害と格差の継続――やってはいけない実験を探す
- 第12回 長期志向の起源は農業にあり
- 第13回 その選択、最適ですか?――通勤・通学路とロンドン地下鉄ストライキが示す習慣の合理性
- 第14回 貧困者向け雇用政策を問い直す
- 第15回 妻(夫)がどれだけお金を使っているか、ついでに二人の「愛」も測ります
- 第16回 先読みして行動していますか?――米連邦議会上院議員の投票行動とその戦略性
- 第17回 保険加入率を高めるための発想の転換
- 第18回 いつ、どこで「国家」は生まれるか?――コンゴ戦争と定住武装集団による「建国」
- 第19回 婚資の慣習は女子教育を引き上げるか
- 第20回 産まれる前からの格差――胎内ショックの影響
- 第21回 貧困層が貯蓄を増やすには?――社会的紐帯と評判
- 第22回 農業技術普及のキーパーソンは「普通の人」
- 第23回 勤務地の希望を叶えて公務員のやる気を引き出す
- 第24回 信頼できる国はどこですか?
- 第25回 なぜ経済抗議運動に参加するのか――2010年代アフリカ諸国の分析
- 第26回 景気と経済成長が出生率に与える影響
- 第27回 消費者すべてが税務調査官だったら――ブラジル、サンパウロ州の脱税防止策
- 第28回 最低賃金引き上げの影響(その1) アメリカでは雇用が減らないらしい
- 第29回 禁酒にコミットしますか?
- 第30回 通信の高速化が雇用創出を促す―― アフリカ大陸への海底ケーブル敷設の事例
- 第31回 最低賃金引き上げの影響(その2)ハンガリーでは労働費用増の4分の3を消費者が負担したらしい
- 第32回 友達だけに「こっそり」やさしくしますか? 国際制度の本質
- 第33回 モラルに訴える――インドネシア、延滞債権回収実験とその効果
- 第34回 「コネ」による官僚の人事決定とその働きぶりへの影響――大英帝国、植民地総督に学ぶ
- 第35回 カップルの同意を前提に少子化を考える
- 第36回 携帯電話の普及が競争と企業成長の号砲を鳴らす――インド・ケーララ州の小舟製造業小史
- 第37回 一夫多妻制――ライバル関係が出生率を上げる
- 第38回 イベント研究の新しい推計方法――もう、プリ・トレンドがあると推計できない、ではない
- 第39回 伝統的な統治が住民に利益をもたらす――メキシコ・オアハカ州での公共財の供給
- 第40回 なぜ勉強をさぼるのか? 仲間内の評判が及ぼす影響
- 第41回 戦争は増えているのか、減っているのか?
- 第42回 安く買って、高く売れ!
- 第43回 家族が倒れたから薬でも飲むとするか――頑固な健康習慣が変わるとき
- 第44回 知識の方が長持ちする――戦後イタリア企業家への技術移転小史
- 第45回 失われた都市を求めて――青銅器時代の商人と交易の記録から
- 第46回 暑すぎると働けない!? 気温が労働生産性に及ぼす影響
- 第47回 最低賃金引き上げの影響(その3)アメリカでは(皮肉にも)人種分断が人種間所得格差の解消に役立ったらしい
- 第48回 民主主義の価値と党派的な利益、どっちを選ぶ?――権力者による民主主義の侵食を支える人々の行動
- 第49回 経済的ショックと児童婚――ダウリーと婚資の慣習による違い
- 第50回 セックスワーク犯罪化――禁止する意味はあるのか?
- 第51回 妻が外で働くことに賛成だけど、周りは反対だろうから働かせない
- 第52回 競争は誰を利するのか? 大企業だけが成長し、労働分配率は下がった
- 第53回 農業技術普及のメカニズムは「複雑」
- 第54回 女の子は数学が苦手?――教師のアンコンシャス・バイアスの影響
- 第55回 マクロ・ショックの測り方――バーティクのインスピレーションの完成形
- 第56回 女性の学歴と結婚――大卒女性ほど結婚し子どもを産む⁉
- 第57回 政治分断の需給分析――有権者と政党はどう変わったのか
- 第58回 賄賂が決め手――採用における汚職と配分の効率性
- 第59回 いるはずの女性がいない――中国の土地改革の影響
- 第60回 貧すれば鋭する?
- 第61回 貿易自由化ショックとキャリア再建の男女格差――仕事か出産か
- 第62回 最低賃金引き上げの影響(その4)――途上国へのヒントになるか? ドイツでは再雇用によって雇用が減らなかったらしい
- 第63回 貧困からの脱出――はじめの一歩を大きく
- 第64回 大学進学には数学よりも国語の学力が役立つ――50万人のデータから分かったこと
- 第65回 インドで女性の労働参加を促す――経済的自律とジェンダー規範
- 第66回 所得が中位以上の家庭から保育園に通うと知的発達が抑えられます――イタリア・ボローニャ市の場合
- 第67回 男女の賃金格差の要因 その1──女性は賃金交渉が好きでない
- 第68回 男女の賃金格差の要因 その2――セクハラが格差を広げる
- 第69回 ジェンダー教育は役に立つのか
- 第70回 なぜ病院へ行かないのか?──植民地期の組織的医療活動と現代アフリカの医療不信
- 第71回 貧困層向け現金給付政策の波及効果
- 第72回 社会的排除の遺産──コロンビア、ハンセン病患者の子孫が示す身内愛
- 第73回 家庭から子どもに伝わる遺伝子以外のもの──遺伝対環境論争への一石
- 第74回 チーフは救世主? コンゴ民主共和国での徴税実験と歳入への効果
- 第75回 権威主義体制の不意を突く──スーダンの反体制運動における戦術の革新
- 第76回 紛争での性暴力はどういう場合に起こりやすいのか?
- 第77回 最低賃金引き上げの影響(その5) ブラジルでは賃金格差が縮小し雇用も減らなかったが……
- 第78回 なぜ売買契約書を作成しないのか? コンゴ民主共和国における訪問販売実験
- 第79回 国際的な監視圧力は製造業の労働環境を改善するか? バングラデシュのラナ・プラザ崩壊のその後
- 第80回 民主化で差別が強化される?――インドネシアの公務員昇進にみるアイデンティティの政治化
- 第81回 バングラデシュのラナ・プラザ崩壊のその後(2)――事故に見舞われた工場に発注をかけていたアパレル小売企業は、事故とどう向き合ったのか?
- 第82回 児童婚撲滅プログラムの効果
- 第83回 公的初等教育の普及、それは国民を飼い慣らす道具──内戦による権力者の認識変化と政策転換
- 第84回 先生それPハクです──なぜ実証研究の結果はいつも「効果あり」なのか?
- 第85回 教育の役割──教科書は国籍アイデンティティ形成に寄与するのか
- 第86回 解放の甘い一歩
- 第87回 途上国の医療・健康の改善のカギは「量」か「質」か
- 第88回 人種扇動的レトリックの使用と国家の安定性──ドナルド・トランプの政治集会が黒人差別に与えた影響