IDEスクエア

コラム

途上国研究の最先端

第56回 女性の学歴と結婚――大卒女性ほど結婚し子どもを産む⁉

Women’s Education and Marriage: Skilled Women are More Likely to Marry and Give Birth

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00052949

2022年3月

(2,707字)

今回紹介する研究

Marianne Bertrand, Patricia Cortes, Claudia Olivetti, and Jessica Pan “Social Norms, Labour Market Opportunities, and the Marriage Gap Between Skilled and Unskilled Women,” Review of Economic Studies 88 (4), 2021: 1936–1978.

一般に、女性が大学で教育を受けるようになり、男性と同じように社会進出したことが、少子化につながっていると思っている人は多いだろう。しかし、先進国に限ってみると、北欧諸国のように女性が社会進出している国ほど、少子化現象がみられないことはあまり知られていない。少子化は、東アジアや南欧諸国など、女性の社会進出が遅れている国でより深刻である(図1)。

図1  先進国(欧米と東アジア)女性の労働参加率と出生率の関係(2019年)

図1  先進国(欧米と東アジア)女性の労働参加率と出生率の関係(2019年)

(注)合計特殊出生率はその国の女性が一生のうちに生む子どもの数の平均。労働参加率は、各国とも基
本的にILOの定義に従い、労働人口(15-64歳)のうち何らかの仕事をしている、もしくは求職をしてい
る人口の割合。
(出所)OECD統計をもとに筆者作成。中南米は除く。

大卒を社会進出の代理変数とみなすと、北欧諸国については、大卒の女性は非大卒の女性に比べて婚姻率や子どもがいる確率が高い。東アジア・南欧諸国については、逆に大卒女性の方が婚姻率や子どもがいる確率が低い。アメリカなどはその中間に位置づけられる。本研究は、国によって大卒女性の婚姻率-非大卒女性の婚姻率(=結婚ギャップ)が異なることの原因を、ジェンダー規範、より具体的には「男性は外で働くべき、女性は家事・育児に専念すべき」という考え方がどれほど強いかに求め、その影響をモデル化したうえで、実際のデータによって実証した。

結婚ギャップはジェンダー規範による

本研究のモデルは、妻が労働参加すると、家事や育児にかかる時間が必然的に減ることを前提とする。夫は、妻が働くと家計所得が増えることで効用を得る一方、家事や育児の時間が減ることで負の効用を被る。両者がどのように夫の総効用に影響を与えるかは、夫がそれぞれにどれほど重きを置くかによる。妻が外で働くことをよしとしないジェンダー規範が強いほど、夫は妻が働くことで家計所得が増えてもそれほど効用を得られない。モデルでは、この効用関数が、結婚市場におけるマッチングの際にも直接的に効くようになっている。中心となるインプリケーションは、妻が外で働くことをよしとしない夫が多いほど、就業機会の大きい大卒の女性は非大卒の女性に比べて婚姻率が下がる、つまり結婚ギャップが下がるということである。また妻が外で働くことをよしとしない社会では、結婚市場で不利になることを考慮して、女性の教育投資は進まない。

これらを、実際に、先進国のクロスカントリー・データによっても、アメリカ国内の各州データによっても確かめた。つまり、ジェンダー規範が強いところほど、結婚ギャップが低いことを実証した。アメリカ国内のデータについては、1970年からとれることもあり、経済が成長して女性の就業機会が増えると、結婚ギャップがどのように変化するかも確かめることができる。実証によると、ジェンダー規範が強い州では、結婚ギャップはマイナスのままだが、ジェンダー規範が弱い州では、大卒女性の賃金が上昇するにしたがって、結婚ギャップはU字に変化する――つまりいったんは下がるが、その後上昇する――ことが分かった。

ジェンダー規範の測り方

実証において、ジェンダー規範はどのように測られているのか。本研究では、各国のデータについては、「仕事が足りない場合には、男性が優先してその仕事を得るべき」もしくは「男性は外で働くべき、女性は家事・育児に専念すべき」という質問に対し、どれほど同意できるか、によって測っている。アメリカ国内の各州のデータについては、後者の「男性は外で働くべき、女性は家事・育児に専念すべき」という質問のみで測っている。本研究の意図としては、家族の経済学における伝統的な家庭内分業の考え方にそって、後者の質問だけで測りたいのだろうが、クロスカントリー・データでは信頼できるデータが存在しているかどうかにも制約を受けるため、両者を用いているのだろう。

いずれにしても、このような主観的な質問であると、女性も社会進出すべきであると答えておいた方がよいのではないか、というように、回答者が本音とは違う、社会的に好ましいと思われる回答をすることが懸念される。これは「社会的望ましさのバイアス(Social-desirability bias)」として知られており、筆者が過去のコラム(「第54回 女の子は数学が苦手?――教師のアンコンシャス・バイアスの影響」)で取り上げたとおりである。

本研究では、この「社会的望ましさのバイアス」については、一切考慮していない。たとえば、日本のように比較的他人の目を気にする社会では、「社会的望ましさのバイアス」は強いのかもしれないが、同じ東アジアでも台湾や香港においては正直な回答が得られやすい可能性もある。ただ、こうしたクロスカントリー・データを用いた実証分析では、ざっくりとした平均的な傾向が分かればよいのかもしれない。

政策へのインプリケーションは?

本研究のメッセージは、ジェンダー規範の強さが、大卒女性と非大卒女性の婚姻率や、子どもの数の違いを生み出しているということである。もちろん、北欧諸国と東アジア・南欧諸国の結婚ギャップや少子化の進み具合の違いを、ジェンダー規範のみで説明することは無理があるだろうが、一つの重要な要因として説得力があるように思う。制度が同質なアメリカ国内だけをみても、ジェンダー規範の違いによって、同様の結婚ギャップがみられるからである。

本研究は、日本やイタリアのように深刻な少子化に直面している国にとって大変示唆に富んでいる。先進国を全体としてみれば、女性の高学歴化、社会進出は少子化の原因ではない。出産等で一時的に労働市場から離脱しても、いつでも労働市場に復帰してバリバリ稼ぐことができると思えば、子どもをもつインセンティブが低下しないことは、直感的にも理解できるだろう。女性の社会進出に対するネガティブな意識こそ、むしろ少子化につながっている可能性については、真面目に考えられたことがあるだろうか。日本には、三歳児神話という考え方(母親は子どもが三歳になるまで子育てに専念しないと成長に悪影響を及ぼすという考え方)もあるように、子どもを育てるにあたり、母親の負担が大きすぎる。日本の少子化は待ったなしの深刻な問題である。本気で解決する気があるのなら、主義や信条はさておき、子どもは母親が育てるべきという考え方が、女性の社会進出を阻み、少子化にもつながっている可能性について、もっと議論されるべきだと思う。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
著者プロフィール

牧野百恵(まきのももえ) アジア経済研究所開発研究センター研究員。博士(経済学)。専門分野は開発経済学、家族の経済学。著作に‟Dowry in the Absence of the Legal Protection of Women’s Inheritance Rights” (Review of Economics of the Household, 2019) ‟Marriage, Dowry, and Women’s Status in Rural Punjab, Pakistan” (Journal of Population Economics, 2019)”Female Labour Force Participation and Dowries in Pakistan” (Journal of International Development, 2021)等。

【特集目次】

途上国研究の最先端