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コラム

途上国研究の最先端

 
第53回 農業技術普及のメカニズムは「複雑」

The mechanism of agricultural technology diffusion is “complex”

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00052846

2021年11月

(2,429字)

今回紹介する研究

Lori Beaman, Ariel BenYishay, Jeremy Magruder, and Ahmed Mushfiq Mobarak, “Can Network Theory-Based Targeting Increase Technology Adoption?” American Economic Review 111(6), 1918–43.

生産性の高い農業技術をいかにして普及させるかは、古典的ながら、現在も最先端の研究が行われる開発経済学の重要なテーマである。近年の研究は農家の情報交換ネットワークに注目し、最初に誰にアプローチすれば情報伝達が効率的に進み、高い技術普及率が達成できるかに焦点が置かれている(第22回「農業技術普及のキーパーソンは『普通の人』」も参照)。本研究はそのなかでも特に、ネットワーク理論に基づいて最初の「シード農家」を選ぶことの重要性を、実証的に明らかにした研究だ。

研究の舞台はメイズの生産を主とするマラウィ農村で、地面に浅い穴を掘って種を蒔くことにより水分を保つ「ピット栽培」という農業技術を普及させるためのシード農家の選び方についてランダム化比較実験を行う。このため実験の開始前に、対象村内の農業の情報交換ネットワークの構造を捉えるための全数調査を実施した。このデータとネットワーク理論に基づくシミュレーションにより、技術普及率を理論的に最大化できる農家をシード農家として選出する。情報伝達のメカニズムには、すでに技術を採用した農家一人と繋がっていれば、その農家も技術を採用する「単純」拡散モデルと、そのような農家二人と繋がって初めて技術を採用する「複雑」拡散モデルの二つを想定している。

これらに基づき、シード農家を選ぶ方法として、(1)通常どおりの技術指導員による選出、(2)農家の情報交換ネットワークと単純拡散モデルに基づく選出、(3)同ネットワークと複雑拡散モデルに基づく選出、(4)農家の地理的近接性ネットワークと複雑拡散モデルに基づく選出の4グループに村をランダムに割り当て、各村で選出された二人のシード農家に技術指導を行った。なお、本研究の主な関心である(3)の基準で選出されたシード農家は二人とも、他の方法で選ばれた農家よりもネットワークの「中心」にいる人物であることが示されている。

複雑拡散モデルの妥当性

分析の結果、(3)の情報交換ネットワークと複雑拡散モデルに基づいて選出されたシード農家の村では、通常の選出方法よりも技術普及率が3.6%ポイント高まることがわかった。また、シード農家とネットワーク上で繋がりがあることで、ピット栽培に関する情報交換を行う確率は5%ほど高まることもわかった。これらの結果は、ネットワーク理論に基づいてシード農家を選出することで、農家間の情報交換を促進し、技術普及率を高められることを示している。そこで次のステップとして、その背後にあるメカニズムが本当に複雑拡散モデルであるのかどうかについて、以下で議論していこう。

まずは先行研究に基づいて、以下のような理論モデルを考える。新技術の導入にはコストがかかり、それに見合うだけの便益があると判断すれば農家は技術を採用する。ただし農家は便益を直接知り得ないため、周りの農家から情報を収集して予想を更新しながら意思決定を行う。このような状況では、本研究が想定するような単純拡散や複雑拡散のモデルが妥当性を持つ。

では、単純拡散と複雑拡散の妥当性を比較していこう。それぞれのモデルと実際のネットワークに関するデータに基づいて技術普及率をシミュレートすると、やはり複雑拡散のモデルがより現実の技術普及率に近いパターンを示すことがわかった。

次に、効果の異質性について分析してみよう。理論モデルの示唆するところでは、「情報の価値」がより高い場合に採用率が高まる。今回の実験において情報の価値が高いのは、(1)ピット栽培の効果がより大きい平坦な土地を農家が耕作している場合と、(2)対象村での初期時点での技術普及率が低い場合である。分析結果もこれを支持しており、複雑拡散の村においては、(1)と(2)の場合に特に技術採用率が高くなることが明らかになった。

最後の分析として、ネットワーク上で直接繋がっているシード農家の人数と技術導入との関係性をデータで見てみよう。分析の結果、シード農家一人としか繋がっていない場合には情報伝達も実際の導入も変わらないのに対し、二人と繋がっている場合にはそれらが有意に高まることがわかった。この結果も情報伝達が単純拡散モデルではなく、複雑拡散モデルと整合的であることを示唆している。

以上のように、複雑拡散モデルに基づくシード農家選出の有効性が明らかになった。しかし、本研究の知見をそのまま実践に移すとなれば、最も高いハードルはネットワークデータの収集であろう。このようなデータの収集にかかるコストは非常に大きく、それを前提とした本研究のアプローチは現実味に欠ける。しかし、全数調査をせずともネットワークの中心にいる人物を割り出す方法として、農家に直接質問する、一部の人についてのみネットワーク調査を実施する、携帯電話の情報を用いるなどの方法の有効性が先行研究により示されている。また、本研究においても、仮に一部の農家についてしかネットワークの情報を収集できなかった場合でも、それを元に高い技術普及率を達成できることがシミュレーションによって示されている。

以上をまとめると、新たな農業技術の採用にはすでに採用済みの農家二人以上とネットワーク上で繋がっている必要があり、それゆえネットワークの中心にいる複数の人物にアプローチすることが重要だということだ。上述のように、社会実装のためにはまだ越えるべきハードルはあるものの、技術普及の背後にあるメカニズムを理論と実証の両面から明らかにした本論文の貢献は大きなものだと言えるだろう。

著者プロフィール

會田剛史(あいだたけし) アジア経済研究所開発研究センター研究員。博士(経済学)。専門分野は開発経済学。最近の論文に、“Cooperative Norms and Global Deforestation,” Applied Economics Letters, 2021, 28(20): 1728-1731や、“Revisiting Suicide Rate during Wartime: Evidence from the Sri Lankan Civil War,” PLoS ONE, 2020, 15(10): e0240487.など。

【連載目次】

途上国研究の最先端