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コラム
第95回 少数民族政党が民主主義を守るとき
When an Ethnic Minority Party Defends Democracy
PDF版ダウンロードページ:https://hdl.handle.net/2344/0002001387
2025年5月
(4,224字)
今回紹介する研究
Jan Rovny. 2023. "Antidote to Backsliding: Ethnic Politics and Democratic Resilience." American Political Science Review 117 (4): 1410-1428.
社会にはさまざまな亀裂がある。亀裂が深ければ深いほど政治的には不安定になると予想される。民族集団はそうした社会の亀裂の代表例である。ある社会が複数の民族集団によって構成されている場合、民族間の対立が深まる可能性があり、最悪の場合は暴力的な衝突が発生することもある。あるいは、そうならないとしても、特定の民族集団を基礎とする政党が生まれ、そうした政党が国全体の政策よりも自民族への利益誘導を第一に考えるクライエンテリズムに陥ることも多い。直感的には、民族的な亀裂や民族政党の存在は民主主義にとって負の効果を持つのではないか、と考えるのは自然だろうし、そう主張する研究も見られる。
しかし、本研究は、いくつかの条件が整うと、むしろ、民族政党の存在は民主主義の後退を阻むと主張する。民族政党、特に少数民族を代表する民族政党は、少数派である自民族の立場を守るために、立憲主義に基づいた政治的権利・市民的自由の保障を重視する。そして、そうした政党が政治的によく組織され、高い動員力を持っている場合、選挙での競争、議会での活動、さらには政権への参加を通じて、民主主義の後退に対抗する防塁となるというのである。本研究では、東ヨーロッパの11カ国を対象とした時系列横断面モデルによる分析と、チェコとスロバキアの事例比較によってこの主張が検証され、その結果、動員力の高い少数民族政党の存在は民主主義の後退を緩和する効果があることが示されている。
民主主義の後退と政治的に組織化された少数民族
民主主義の後退と呼ばれる現象は、クーデタによる権威主義の成立とは違い、ほとんどの場合、民主的に選出された執政府の指導者(大統領や首相)が、漸進的に自らの権力を強化するとともに、野党を封じ込めて政治的な多元性を低下させるパターンをとる。司法の弱体化やチェック・アンド・バランスの形骸化が進み、法の支配の侵食、立憲主義の後退といった状況が生まれる。これは、民族的に分断された社会においては、多数派民族を中心とした排外主義的なポピュリズムという形を取りやすい。多数派による専制とも言うべき状況が起こり、民族的な多様性が軽視されるわけである。
こうした動きに対抗するには、多数決の原則と少数派の権利保障のバランスをとることが重要である。そのためには政治的権利と市民的自由を保障する立憲主義の原則を守る必要があり、民族的に多様な社会では、少数民族政党がその役割を担う。それがこの研究の主たる議論である。もちろん、少数民族にとって、多数派民族に支配された社会から離脱する、つまり、分離独立や自治権獲得という選択肢があれば、そうした行動に出る可能性は高いであろう。その場合、民族的対立が深まり、政治の不安定化が進む。しかし、例えば、少数民族に対して外部からの支援が無く、その社会にとどまるほかないという場合には、少数派は社会の中で自らの権利を確保するしかない。そして、そこで重要な戦略となるのは選挙への参加である。
選挙において少数民族が存在感を高めるには、少数民族が政治的に高度に組織化され、固い支持基盤として政党を支えていることが重要である。自民族有権者を強く選挙に動員できる少数民族政党は、少数であっても議会に代表を送ることができる。さらに、こうした凝集性の高い勢力が存在することで、政治的権利や市民的自由の保護が政治的競争の場に持ち込まれ、争点として認識される。多数派のなかでも立憲主義をめぐる議論が活発化し、立憲自由主義勢力の拡大につながる。
加えて、少数民族政党は少数派の権利に焦点を当てるので、経済政策などにおいてその選好を強く打ち出すことが少ない。そのため、立憲主義的な自由の保障を尊重する限り、穏健派左派であっても、穏健派右派であっても連携することが容易である。立憲自由主義を守る勢力のパートナーとして民主主義の後退への大きな抵抗勢力となる。
こうした理論に基づいて検証が進められるが、そこでは三つのタイプの政党が相互に影響し合う構図が想定されている。すなわち、少数民族政党、立憲自由主義を標榜する政党、そして、立憲自由主義を軽視する非自由主義政党である。この三者の相互関係の中で、強い動員力を持つ少数民族政党の存在が、民主主義の後退にどのような影響を与えるのかが検証される。
東ヨーロッパでの検証
検証のために本研究は東ヨーロッパ11カ国のデータを用いている1。それは1990年から2020年のデータである。東ヨーロッパを対象とする利点は、民主主義の後退の程度も民族的多様性の程度も、国によって大きく異なる一方で、共産主義体制からほぼ同時期に民主化を経験し、また、EU加盟にあたって政治制度のEU基準への適応によって、制度的にかなり共通性を持っていることである。それゆえ、民主主義の後退と民族的多様性の関係について焦点を当てて確かめるのに適している。
検証の結果、まず、政治的に動員された少数民族の存在が、立憲主義に基づいた権利と自由を重視する立憲自由主義政党の得票率に影響を与えていることが確認された。その得票率は、動員された少数民族が存在する国では概ね22パーセント、存在しない国では概ね16パーセントと、統計的に有意な水準で違いが出ている。少数民族が政治的に動員されていると、立憲自由主義政党にとって有利な競争環境が生まれているのである。
さらに、本研究では、各国の民主主義の後退の程度を、自由民主主義指数(V-Dem)を使って測定したうえで、それに対し政治的に動員された少数民族の与える効果が検証されている。ここでは少数民族の政治的な動員の指標として、少数民族政党の得票率が用いられ、時系列横断面モデルが適用されている。
そこでは、権利や自由を軽視する非自由主義政党の得票率が上がると民主主義の後退が進むものの、①少数民族政党の得票率、および、②立憲自由主義政党と少数民族政党の得票率の合計それぞれが増加した場合、非自由主義政党の得票率増加による民主主義への負の効果が緩和されることが確認された。いずれも統計的に有意な水準である。一方、立憲自由主義政党の得票率を単独で見た場合も同様に非自由主義政党勢力拡大による民主主義への負の効果を緩和することが確認されたが、こちらは統計的には弱い有意水準であった。なお、同じ時系列横断面モデルで、少数民族政党が政権に参加した場合の効果も検証されており、少数民族政党の政権参加が民主主義の後退に歯止めをかけることも確認されている。
統計的に少数民族の政治的動員の効果が確認された上で、それがどのように民主主義の後退を防ぐのかというメカニズムを見るために、本論文では、さらに、チェコとスロバキアの事例比較が提示されている。チェコとスロバキアはもともとひとつの国家であり、歴史的経験を共有し、類似の政治制度の構造を持ち、民主主義のあり方として大きな相違がない。一方で、チェコは第二次世界大戦直後にドイツ系住民を追放した経緯があり、少数民族の政治動員が見られないのに対し、スロバキアでは人口の約10パーセントを占めるハンガリー系住民が政治的に動員され、ハンガリー系民族政党が存在している。本研究の理論に沿えば、スロバキアの方が民主主義の後退が進まないと予想される。
実際に、チェコの方がスロバキアよりも、特に2010年代に顕著な民主主義の後退を経験している。1990年代にチェコは急激な民主化を経験し、スロバキアは一時的な大きな民主主義の後退を経て、民主主義を回復した。その後、2010年代に両国とも難民危機・移民問題をきっかけとして、非自由主義政党が大きく台頭することになった。ここで両国とも民主主義の後退局面に入ったが、チェコに比べてスロバキアでの後退の度合いは小さかった。スロバキアでは少数民族であるハンガリー系住民に基盤を置く諸政党が連合を組み、1998年から立憲主義的自由派政党と連立政権を結成していた。そこでは、憲法に保障された政治的権利と自由が常に重要な論点となってきた。そうしたなかで、スロバキアでは、一貫して、立憲主義的自由主義政党と少数民族政党の得票率は高かった。2010年代には非自由主義政党の台頭に直面したが、ハンガリー系民族政党は非自由主義政党との連立政権に参加し、政権内で法の支配の維持に努めた。一方、チェコでは、少数民族政党の不在とともに、立憲自由主義政党が弱く、2010年代の非自由主義政党の躍進に伴う民主主義の後退に対して有効な抑制が効かなかった。
組織化の重要性
民族政党は政治を不安定化させ、民主主義の健全な発達を阻害する、という直感的な予測に反し、東ヨーロッパでは、政治的に動員される少数民族の存在が、市民の政治的権利や自由を守る勢力として重要な役割を果たしていることが示された。もちろん、東ヨーロッパが持つ固有の環境がこうした状況を生み出している可能性は否定できない。ひとつには、その社会の中でとどまり続ける以外に選択肢がない状況が少数民族の立憲主義への傾斜を強めた。さらに、EUという大きな枠組みの意味は大きい。本研究自体も認識しているように、EUへの加盟によって立憲主義に基づく権利に関する重要な規範、法的基礎が各国で整えられ、多数派も少数派もそれを了解していたという事情は大きな影響を与えているだろう。
しかし、本研究は、東ヨーロッパ、さらには民族という枠を超えて、より一般的な示唆も与えてくれる。それは少数派であっても、社会的な支持基盤に深く根ざし、政治的に組織化されることによって、政治的な影響力を確保できるということである。そして、そうした存在感のある少数派の存在が、民主主義の後退に対抗する有力な勢力となるということである。民主主義の後退の要因のひとつとしてよく指摘されるのが、情報通信技術の進展に反比例して政党の組織的動員力が低下していることである。民主主義を維持するための政党の役割の重要性、それはまさにこの研究が示した結論と同じ方向にある。
著者プロフィール
川中豪(かわなかたけし) 亜細亜大学国際関係学部教授・アジア経済研究所連携研究員。博士(政治学)。専門分野は比較政治学。主要な著作として『競争と秩序──東南アジアにみる民主主義のジレンマ』白水社、2022年、『後退する民主主義、強化される権威主義──最良の政治制度とは何か』ミネルヴァ書房、2018年(編著)、翻訳としてサミュエル・P・ハンティントン『第三の波──20世紀後半の民主化』白水社、2023年など。
注
- 対象となっているのは、ブルガリア、クロアチア、チェコ、エストニア、ハンガリー、ラトビア、リトアニア、ポーランド、ルーマニア、スロバキア、スロベニアである。
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