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コラム
第52回 競争は誰を利するのか? 大企業だけが成長し、労働分配率は下がった
Who benefits from increased competition? Only large firms had grown and labour share had declined
PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00052835
2021年10月
(3,177字)
今回紹介する研究
David Autor, David Dorn, Lawrence F. Katz, Christina Patterson, John Van Reenen, "The fall of the labor share and the rise of superstar firms ," The Quarterly Journal of Economics, volume 135, issue 2, May 2020, pages 645-709.
途上国の政府は1980年代以降、市場競争を勧奨してきた。市場で競争が強まると、非効率な企業は退出し、価格が低下して消費者や買い手の厚生は高まる。では、生産性の高い企業のみが競争を生き抜くと、経済全体にはどのような影響があるのか。政府のエコノミストなら、良いことずくめと言うだろう。これに対し、GDPの労働分配率が下がる、という衝撃的な結論を理論と実証で示したのがオターらによる先進国を対象にした研究である。実は、日本を含めた先進国12カ国では、労働分配率が1980年代から継続的に低下している。
実証で主に使うのはアメリカの製造業全数調査データである。そこでは、大企業ほど労働分配率が低く、かつ、大企業ほど成長して市場の集中度を高めたため、経済全体の労働分配率が下がったことが示されている(市場シェアを高めた大企業を本研究では「スーパースター企業」と呼んでいる)。労働分配率低下の原因は他にもありえるが、低下幅の半分を市場集中度の上昇で説明できるので重要だ。市場集中化と労働分配率低下の傾向は一部を除く非製造業でも似ており、OECD各国でも確認できる。産業大分類や国境を越えてこの傾向を示した本研究は、6つの大規模データを駆使した労作でもある。労働分配率の低い企業が市場シェアを高めたことから、企業の成長ほど雇用は増えていない。量なき規模(scale without mass)と呼ばれる現象である。
市場支配力が強まるときに労働分配率が下がると、独占化した企業が賃金を低く抑えたからではないか、労働組合が弱体化したり、独占企業への規制が緩んでいたりしなかったか、と考えがちである。実際に、そのように主張するピケティやフィリポンらの研究もある。しかし、意外なことに、データからはスーパースター企業の革新的な傾向が示される。市場集中度が高まった産業ほど全要素生産性の伸びは高く、特許取得数の伸びも高い。大企業が技術革新を起こして生産性を高めるほど市場の集中度が高まっている。よって、競争が激化して生産性の低い企業が退出したために市場が集中した、と解釈できる。非貿易財でも労働分配率は下がっているので、競争といっても輸入ではなく、あくまでも国内での企業間競争が労働分配率を引き下げたと考えられる。組合の交渉力や独占規制の異なる産業や国々で成立していることから、組合や規制が原因とも考えにくい。
ただし、独占的企業が革新的であることと賃金抑制をしているかは別問題である。推計結果からは市場集中は平均支払給与(payroll per worker)に影響しない、つまり、市場シェア獲得による収益は超過利潤として企業所有者に渡っている。違う表現をすれば、マークアップが増えている。よって、現実には賃金が抑えられている可能性は残る。労働分配率が低いのは、増えた収益の多くをアマゾンのように投資(=将来の利潤)にしたり、アップルのように現時点の配当や内部留保に充てていると表現できる。または、GAFAは非役員への株式支給が他企業より多いために、社員への報酬が労働分配率として現れない可能性もある。これらの点は今後も検討が必要だろう。
理論では、競争激化→大企業による市場集中→マークアップの上昇=労働分配率の低下、を起こす条件を独占的競争モデルで示している。具体的には、経済全体で労働分配率が低くなるのは、極端に生産性の高い企業が少数あるときである。競争激化が労働分配率を低下させるという直感に反する結果を示したことは、理論としても評価されるべき貢献である1。
この理論はスーパースター企業登場による労働者の得失を考える材料にもなる。価格が低下するので、すべての労働者は、消費者として利益を享受している。可能な限りの単純化を追い求めたこの理論では、完全競争の労働市場を想定し、賃金は労働市場がクリアする水準で固定されているために、失業は発生しない設定である。しかし、より現実的には、退出企業の労働者は一時的に失業し、生産性の高い大企業に需要されにくい低技能労働者の雇用と賃金は伸びづらいため、割を食うだろう。総合すれば、スーパースター企業に雇用される高技能労働者は所得が落ちずに物価低下の利益を得るのに対し、その他の労働者は平均的に所得が落ちながら物価低下の利益を得ている。両者の経済格差が予想される。
では、競争はなぜ激化したのか。より正確には、生産性の高い企業が有利になるように市場環境はなぜ変化したのか。本研究では、競争激化の原因をデータで示していない。しかし、先行研究を参照しながら、消費者の選別が厳しくなったこと、プラットフォーマーの登場、ICT投資における規模の経済性(scale-biased growth)、などを原因として挙げている。消費者の選別が厳しくなったのは、インターネット検索によって最安値を簡単に調べられるようになったことが原因なので、いずれもICT技術の普及が背景にある。この点で、デジタル化やAIを用いたオートメーションが所得格差を広げる可能性を指摘した研究と整合的である。オートメーションなどは生産要素市場に着目するのに対し、本研究は生産物市場の集中に着目するので、同じ現象を異なる市場から考察しているのかもしれない。
市場集中と労働分配率の低下を示すデータからスーパースター企業の存在を炙りだし、単純ながらも直感では描きにくい理論を作った業績は驚くべきである。マクロのトレンドにミクロの理論とデータからメカニズムを肉付けたのも、鮮やかな手筈である。一方で、既に述べた労働市場の検討に加え、過去にも似た時期はなかったか、途上国に適用できる知見なのか、研究の深化と拡張も望まれる。たとえば、19世紀後半から20世紀初頭は市場集中度が高かったが、生産性の高い企業が成長して市場集中したのか、労働分配率は下がったのか。
途上国については、IMF(2017)が労働分配率の低下傾向を示している。平均的には低下しているが、労働分配率が上昇した国も3分の1以上あり、傾向は先進国よりも不均質である。さらに、オートメーション化されやすい職業の比率が高い途上国ほど、労働分配率が下がったことも指摘している。ここからすれば、一部の途上国ではスーパースター企業が存在し、成長から期待されるほど雇用や労働所得を提供していない可能性が示唆される。
アジアやラテンアメリカ諸国の労働分配率でも上昇と低下が混在していることは、Reinbold and Restorepo-Echavarria(2018)でも示され、アフリカ全体では2010年以降上昇していることがILO(2019, Figure 5)で示されている。労働集約的技術の採用で労働分配率が上がると同時に競争奨励によって労働分配率が下がるため、途上国では先進国よりも労働分配率の傾向が不均質になっているのかもしれない。
日本が安価な労働力を集約的に用いて成長できた時代は昔である。途上国にもスーパースター企業が参入し、オートメーション化の影響も押し寄せているように、競争の様相は変わった。途上国でもGDPが増えている割には雇用や労働所得が停滞していないか検証し、競争とともに雇用や格差への配慮も、政策や経営参加を通じて求めていくべきかもしれない。
ADKPVの概要
参考文献
- International Labor Organization. 2019 The global labour income share and distribution, July.
- International Monetary Fund. 2017 World Economic Outlook, April.
- Reinbold, Brian, and Paulina Restrepo-Echavarria. 2018 "Measuring labor share in developing countries," Regional Economist, Federal Reserve Bank of St. Louis, First Quarter.
著者プロフィール
伊藤成朗(いとうせいろう) アジア経済研究所 開発研究センター、ミクロ経済分析グループ長。博士(経済学)。専門は開発経済学、応用ミクロ経済学、応用時系列分析。最近の著作に"The effect of sex work regulation on health and well-being of sex workers: Evidence from Senegal." (Aurélia Lépine, Carole Treibichと共著、Health Economics, 2018, 27(11): 1627-1652)、主な著作に「南アフリカにおける最低賃金規制と農業生産」(『アジア経済』 2021年6月号)など。
注
- 単純にすることを優先したオターらのモデルは労働市場の完全競争を想定している。増益分が賃金に反映されない推計結果は、完全競争よりも買い手独占に親和性がある。買い手独占労働市場でのナッシュ交渉解を想定すると、労働者の交渉力の弱さに応じて労働分配率の低下傾向はさらに強まるかもしれない。なお、独占的競争モデルでは企業は常に新規参入に曝されるので、平均的には資本所有者の得た利益をゼロにするまで価格を下げる働きが組み込まれており、平均的にはすべて消費者に還元される。現実のGAF(A: Apple除く)なども、価格を下げて利潤の一部を一般消費者に還元し、新規参入を防ぎ競争優位を保っているように見える。本研究ではモデル化されていないが、現実には、価格低下によって一般消費者を増やすとデータがさらに蓄積されて生産性を高め、価格を下げても利潤を減らさない余地を残す。
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