IDEスクエア
コラム
第44回 知識の方が長持ちする――戦後イタリア企業家への技術移転小史
PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00051771
2020年7月
(4,292字)
今回紹介する研究
Giorcelli, Michela, "The Long-Term Effects of Management and Technology Transfers," American Economic Review, 2019, 109(1): 121-52.
企業が基本的な経営管理手法を導入して経営の質を高めると、ほぼ瞬間的に生産性が上昇し、そうした手法の導入費用に比べ、生産性上昇効果に由来する短期の利潤増加は相当大きいことがブルームやマハジャンらによるフィールド実験によって示された1。それでは、基本的な経営管理手法がもたらす生産性上昇効果は、どの程度持続し、長期的な成長を企業に約束するものなのだろうか。単純な問いだが、その答えはまだ蓄積されていない。本研究は、第二次世界大戦後にイタリア企業家に施された技術移転プログラムに注目し、そこに宿る歴史的な自然実験に目をつけ、長期間収集した貴重な史料(会計情報)を組み合わせ、この問いに答えたものだ。
マーシャル・プランと予算削減の不意打ち
「マーシャル・プラン」と称される欧州復興計画をご存知だろう。第二次世界大戦後、米国によって推進された西欧諸国復興援助計画である。本研究はその一部、1950年代に実施された中小企業支援策を指す「生産性プログラム」に注目したものである。ここで飲料工業(ビンの洗浄機)を例にとって、当時の米伊の生産性を比較してみよう。米国製洗浄機は1分で200本を洗えるが、イタリア製洗浄機では50本洗うのに3分を要した。12倍の生産性格差だ。しかもイタリア製には殺菌消毒機能はついていなかった。
まず1950年にイタリアの5州が選ばれた。支援策は大きく機械の供与と経営技術の移転からなり、5州の中小企業に米国製の最新機械設備を購入するか、経営者を渡米させて企業経営を学ぶか、それら両方セットか、3つのうちいずれかを選ばせて応募させるような援助計画であった。ローンを組ませてメイド・イン・USAのマシンを買わせる。まるで押し売りだが、米伊の圧倒的な生産性格差の前には黙る他ないし、市場での借入利子率が9パーセントのところ、5.5パーセントの特例利子10年返済ローンで最新鋭の機械を購入できるというもので破格であった。さらに各社の技術者を米国に1~2カ月招聘し、その機械設備に習熟させるというものであった。
一方、経営管理手法の内容も実に手厚い。イタリア人経営者を2~3カ月間、米国に派遣する。他の欧州諸国の同業他社と15~20人のグループを作り、座学で基本的な経営管理手法を学び、工場見学でそれを確認する。さらに参加者2名につき、米国側の指導員が1名つく。機械の修理記録管理、売上・注文記録の徹底化とルーチン化、安全衛生の基本が叩き込まれる。こうした当たり前のことでも難しく、米国派遣で初めて体系立てて教わる事柄であった。
しかし計画というものは、いつも思うようにはいかない。この「生産性プログラム」も例外ではなく、募ってはいたものの米国の予算削減を受け、直ぐに立ちゆかなくなり、1952年に早くも頓挫。5州の全県が参加できるのではなく、実際に参加できるのは各州1県という計画に変わり果てた。広く募集していたんじゃなかったのか、という企業家の絶叫、悲鳴が聞こえてきそうだ。
しかし本研究はこの悲鳴を聞き逃さない。欧州復興援助予算の削減という歴史的事実によって、応募はしたが結局参加できなかった企業と、実際に参加できた企業の二種類が生じることになったのだ。なぜこれが大事か。応募するか否かは自己選択的に行われる。当然だ。参加には機会費用があるからだ。しかし、こう認めてしまうと、応募して参加した者と応募しなかった者の間には、参加効果以外に大きなセレクション・バイアスがあり得る。これを回避して参加効果を正しく抽出するにはどうしたらよいか。ここで、先の予算削減という不意打ちが活きてくる。
米国都合の予算削減の結果、参加できるか否かは立地していた県によって決まったため、応募者間では無作為に参加が決まったと考えられる。本研究はこう解釈したうえで、参加できた中小企業を処置群(各州1県に立地)、応募したが参加できなかった企業を対照群(各州の他の県に立地)とし、両群の差を長期にわたって比較した。予算削減をこのように解釈すれば、プログラム参加効果の長期効果を正しく抽出できるはずで、単純だが極めて強力な着想だ。
本研究は当時 5州には援助対象となる有資格企業が6065社あったことをイタリア工業会の史料庫で発掘した。次いで、本研究はどの企業が応募したのかを突き止め、3624企業が実際に申し込んだことを発見した。さらに、有資格企業の援助計画開始5年前から開始15年後までの20年分の会計情報を同じく史料庫で収集し、電子化し、先の応募記録と照合して接続した。応募したが参加できなかった企業と、参加できた企業の特徴は類似しており、事前のトレンドも同じであった。主に食品、布地・織物、木材など伝統的産業主体の2441企業は応募もしていなかった。
基本的な経営管理技術が日々のルーチンを幅広く変え、企業成長を促す
当時の米国派遣者の一人、F・サルトリ氏は「生産性プログラム」を終えて、次のように米伊間の生産性格差を回想している。「イタリア人は米国人の2倍の時間働いているのに、彼らの半分しか完成させられない」と。本研究は、機械と経営管理のどちらが企業に長期的な成長を約束するかという観点から、このサルトリ氏の喝破をもう一歩掘り下げたものと言ってよい。結果はこうだ。このプログラムに参加した処置群(サルトリ氏一行)と、申し込んだが参加できなかった対照群を20年間比較したところ、5年を過ぎた頃から生存確率に差が生じた。また最初の3年間で両群には、売上・雇用・生産性といったアウトカムに明確な差が生じた。さらに処置群には累積効果がもたらされ、対照群との差がますます広がった。処置群のうち、これらのアウトカムを最も伸ばしたグループは、ローン供与と米国派遣も両方、という企業であった。ここから、機械と経営技術の間には強い補完性があると解釈できる。最新鋭の産業用機械を購入するためのローン供与のみを受けた場合、企業のパフォーマンス上昇効果は15年以内に消滅した。一方、最新の経営管理手法の移転を受けた企業のパフォーマンス上昇効果は持続した。これら機械購入効果と米国派遣効果の差はプログラム開始後10年後になって生じ始め、その差が広がった。
さらにこの効果は企業の属性によって不均一であることも分かった。50人以上の大企業に比べて小規模の企業では、機械の効果も経営技術の効果もどちらも短期的な生産性上昇効果は観察されない。この結果から、小企業では大企業に比べ、機械設備や経営技術の導入に調整費用がかかっていることが示唆される。
それではなぜ、最新鋭機械の購入に比べ、米国派遣で学んだ基本的な経営管理手法が企業に長期的な成長をもたらすのだろうか。本研究によると、米国派遣から帰国した企業家たちは、時間をかけて徐々に企業組織の性格を変えていったというのだ。本研究は再び会計情報と傍証を駆使しながら、家族以外の外部専門経営人材の採用率が上がり、労働者への訓練投資やマーケティング投資に積極的に支出するようになったことを示した。人的資源管理、販売・受注管理から工場での生産管理まで、習慣と言ってもよいような何気ない日々の「ルーチン」が幅広く変わっていった。さらにマークアップが上昇し、賃金も上昇した。
賃金上昇は特に有能な従業員の離職が抑制されることにつながる。家族経営から外部専門人材に経営が移り、所有と経営が分離すると、質の高い経営と質の高い現場の従業員のマッチングが実現しやすくなるだろう。このように、基本的な経営管理手法を学んで帰ってきた企業は、徐々に企業の内側から変わっていった。他方、基本的な経営能力に恵まれないところに最新鋭の機械だけをもってきても、組織革新にもつながらず、生産性上昇は途中で止まった。生産性が上昇していないため、賃金上昇も起きていなかった。
どうして応募しないのか――本研究のもう一つの貢献
本研究は経営管理手法(知識)と機械設備(資本)が企業パフォーマンスに与える効果を区別し、前者が大きな長期効果を生んでいたことを明らかにした。結論として、資本よりも知識の方が組織革新につながり、累積効果を生み出した。復興途上の1950年代のイタリアの経験は、現在の途上国・新興国にもレッスンを与えるものだ。
しかしながら、なぜ40パーセントもの企業が応募しなかったのだろうか。本研究によれば、応募しなかった企業には、ある特徴があった。それは小規模の家族経営で、生産性が低いこと。伝統的な産業では特に小規模家族経営が多く、基本的な経営管理技手法の導入が必要だったのは、実はこうした企業であったとも思われるが、プログラム参加の機会費用や機械設備の維持費用が高く、信用制約が壁となったのかもしれない。期待利潤の認識・情報不足もあったかもしれない。本研究は参加しなかった企業も史料庫で見逃さず、こうした新しい課題を浮かび上がらせた。
写真の出典
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著者プロフィール
町北朋洋(まちきたともひろ) 京都大学東南アジア地域研究研究所准教授。2006年4月から2019年5月までアジア経済研究所研究員。編集委員の一人として「IDEスクエア」の創刊に携わる。博士(経済学)。専門分野は労働経済学。2019年6月から現職。関連解説記事に「途上国の産業発展を理解する新視点――生産資源の再配分と経営慣行」(『アジ研ワールド・トレンド』246号[分析リポート]、2016年4月号)。「企業の規模を決めるもの――最近の経済学研究の展望」(『アジ研ワールド・トレンド』207号[特集 世界の中小企業]、2012年12月号)。
注
- Bloom, Nicholas, Benn Eifert, Aprajit Mahajan, David McKenzie, and John Roberts. 2013. "Does Management Matter? Evidence from India." The Quarterly Journal of Economics, 128(1): 1-51.
- 第1回 途上国ではなぜ加齢に伴う賃金上昇が小さいのか?
- 第2回 男児選好はインドの子供たちの発育阻害を説明できるか
- 第3回 子供支援で希望を育む
- 第4回 後退する民主主義
- 第5回 しつけは誰が?――自然実験としての王国建設とその帰結
- 第6回 途上国の労働市場で紹介が頻繁に利用されるのはなぜか
- 第7回 絶対的貧困線を真面目に測り直す――1日1.9ドルではない
- 第8回 労働移動の障壁がなくなれば一国の生産性はどの程度向上するのか
- 第9回 科学の世界の「えこひいき」――社会的紐帯とエリート研究者の選出
- 第10回 妻の財産権の保障がHIV感染率を引き下げるのか
- 第11回 飲酒による早期児童発達障害と格差の継続――やってはいけない実験を探す
- 第12回 長期志向の起源は農業にあり
- 第13回 その選択、最適ですか?――通勤・通学路とロンドン地下鉄ストライキが示す習慣の合理性
- 第14回 貧困者向け雇用政策を問い直す
- 第15回 妻(夫)がどれだけお金を使っているか、ついでに二人の「愛」も測ります
- 第16回 先読みして行動していますか?――米連邦議会上院議員の投票行動とその戦略性
- 第17回 保険加入率を高めるための発想の転換
- 第18回 いつ、どこで「国家」は生まれるか?――コンゴ戦争と定住武装集団による「建国」
- 第19回 婚資の慣習は女子教育を引き上げるか
- 第20回 産まれる前からの格差――胎内ショックの影響
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