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コラム

途上国研究の最先端

 
第32回 友達だけに「こっそり」やさしくしますか? 国際制度の本質

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00051499

2019年11月

(4,125字)

今回紹介する研究

Gowa, Joanne, and Raymond Hicks. ""Big" Treaties, Small Effects: The RTAA Agreements." World Politics 70.2 (2018): 165-193.

本研究の主張は「無差別的に見える貿易自由化プロジェクトの貿易効果が全体として微小なのは、それらが実際には特定国からの特定産品の輸入『のみ』が増加するように設計されているからである」というものである。つまり貿易自由化は、あからさまにならない形で「特定の友達の特定の利益を実現する」ようにデザインされている、という。

著者らが着想を得たのは、American Economic Review (AER) に掲載されたRose (2004) による、世界貿易機関(WTO)の貿易増大効果が微小であるとした論文である。Rose論文の知見は、関税引き下げは貿易を増大させるという当然の命題に反する。この「パズル」を解くために、著者らは上述の主張に基づく仮説を検証し、関税引き下げは全体としての貿易効果は微小であるが、特定国からの特定産品の輸入増加をもたらしているとする。

貿易自由化のための制度にはWTOのようなグローバルな機関だけでなく、数カ国間で締結される自由貿易協定(FTA)も含まれる。本稿はアメリカが1934年に制定した「互恵通商協定法」(Reciprocal Trade Agreement Act、RTAA)に基づき締結されたFTA群を考察する。以下では著者らにならいFTA群をRTAAと呼ぶ(RTAA締結相手国については脚注2参照)。

論文の概要

本研究では、サンプルを様々な方法で分類しそれぞれをダミー処理し、分類の有効性を検証する手法をとる。著者らは国をRTAA参加国とRTAA非参加国に分類する。さらに前者は、特定物品につきアメリカに関税引き下げを要求したRTAA参加国(以下、RTAA要求国)と、それ以外のRTAA参加国(RTAA非要求国)に分類される。ここでカギとなるのは、当時のアメリカではRTAA要求国への特恵関税はRTAA非要求国のみならずRTAA非参加国にも均霑(等しく適用)されたことである1

本研究は3種類のダミーの説明力を検証する。第一に、RTAAへの参加・非参加(ダミー変数)が、貿易に影響を及ぼしたかを検証する。ダミー変数は有意でないので、RTAA参加国とRTAA非参加国の対米輸出には差はないとする。第二に、RTAA対象産品・非対象産品(ダミー変数)の間で貿易変化に違いがあるかを検証する。ダミー変数が有意であるので対象産品のみ対米輸出が増加したとする。第三に、(1) RTAA要求国ダミー、(2) RTAA非要求国ダミー、(3) RTAA要求国についてアメリカの関税引き下げ前後を区別するダミー、(4) RTAA非要求国についてアメリカの関税引き下げ前後を区別するダミー、の4つの貿易効果を分析する。著者らは、第1、第3ダミーが有意であったため、RTAAによる関税引き下げ後にRTAA要求国の対米輸出が増加したとする。

批判的考察

本研究にはいくつかの問題点がある。第一に、著者らは様々な変数が貿易に及ぼす影響を計測するのに広く用いられている経済モデル(重力モデル等)を用いずに、様々な分類に基づくダミー変数(1か0)の説明力の検証に終始する。著者らはダミー変数の利用のみでさえ仮説が検証されたと主張するであろうが、やはり関税の貿易効果を計測するには、貿易効果を有する様々な経済変数とともにRTAA関連ダミーの影響を考察するべきであろう。特に考察対象となっている1934-1946年の期間は、世界大恐慌および第二次世界大戦を含むので、貿易効果を有する経済変数が大きく変動している可能性がある。

第二に、内生性について適切な処理がなされていない。よく知られるように、FTAを締結することによって貿易が増えるのか、貿易が多い国との間でFTAが締結されるのか、判別が難しい。著者らは内生性のコントロールがうまくいかなかったと説明しているが、この点について経済学者は懸念をもつかもしれない。

第三に、著者らはRTAAに含まれている国を列挙していないが、評者が調べたところ、1934―1939年の間に19カ国と締結したようである2。その大半が米州に存在する国々である。1933年に発足したF・ルーズベルト政権が米州諸国に対し「善隣政策」を推し進めたことに鑑みると、RTAA参加国との貿易が増加したのでなく、米州諸国との貿易が増加した可能性がある。仮に米州ダミーを入れればRTAA関連ダミーの説明変数は著しく落ちる懸念が払拭できない。つまりRTAA参加国との貿易の増加は関税引き下げではなく、それ以外の外交政策の影響であるかもしれない。また、1930年代に行われたパナマ運河の改良も米州諸国との貿易に正の影響を与えたと考えられる。

第四に、考察期間は1934―1946年であり、世界大恐慌期および回復期にあたるため様々なイレギュラ―な要素が存在すると考えられるが、それらへの言及がなく、適切な処理がなされていない。大恐慌はすべての国に影響を及ぼすものの、やはりこれは慎重な検討を要する論点であろう。また、著者らは長期的な影響を分析するために歴史的なRTAAを分析するとしているが、1994年発効の北米自由貿易協定(NAFTA)であれば20年以上の歴史を有するので、1934年のRTAAの影響を1946年までの10年強のデータで確認するよりもましで、理由づけに説得力がない。

第五に、アメリカがRTAAを締結することでRTAA非参加国の貿易に影響を与えることを考慮していない。言い換えるならば、一般均衡の枠組みでRTAAの効果を捉えていない。

本研究の貢献(?)

様々な欠点があるように見受けられるが、それでもやはりWorld Politicsに掲載された論文であるので、長所もある。

第一に、本研究は貿易自由化プロジェクトが本当に公共財なのかという従来からの理論論争に対し(Snidal 1985)、RTAAが表面的には無差別でも事実上は差別主義的な制度の実例として挙げられたことは有意義である。現在のWTO体制も似た特徴を有するかもしれない。今後は、特定国からの特定産品の貿易のみが増加しているという結果のみならず、制度がそれを企図してデザインされていたということを積極的に示す研究が必要になろう。これを示すためには、当時の政策当局者へのインタビューや外交資料等を用いてFTAのデザインの意図を明らかにする必要がある。

第二に、アメリカの経済史の文脈からはRTAAは重要である。日本における大東亜共栄圏のような存在のものである。アメリカは民主主義・自由主義の国であり、そのような特徴を有する国際制度を構築してきたという自負がある。したがってアメリカが実際には特定国の特定産品の貿易を利することを重視してきた「隠れ差別主義者」であったという事実は興味深い。アメリカが創設する制度がそもそも民主主義的・自由主義的というのはアメリカ人学者の中では「所与」の前提であるように見受けられるが、この本質的な問題に対しての批判的考察を行う糸口を与えてくれる可能性がある。

しかしながら、客観的に本論文を眺めるとやはり長所よりも短所が目についてしまう。特に、「アメリカ研究」に近い論文が国際関係論のトップジャーナルに掲載されることには違和感を覚える。これは一方で、短所があってもアメリカ人にとって重要なテーマ(例えばRTAA)を扱えばトップジャーナルに掲載される可能性が高まることを示唆している。また、著者らはプリンストン大学所属の、国際政治経済学界隈におけるいわゆる「プリンストン・マフィア」である。World Politicsはプリンストン大学(Princeton Institute for International and Regional Studies: PIIRS)より出版され、編集長もプリンストン大学所属である。我々非アメリカ人は、これのような米国学会の現状を所与のものとして受け止めるしかないのであろうか。さらにいうならば、著者らが本論文の着想をAER論文から得たのであれば、どうして本論文をAERより出版しなかったのかという疑問も残る。

参考文献
  • Rose, Andrew K. (2004) "Do we really know that the WTO increases trade?" American Economic Review 94(1): 98-114. 
  • Snidal, Duncan (1985) "The limits of hegemonic stability theory." International organization 39(4): 579-614.
著者プロフィール

浜中慎太郎(はまなかしんたろう)。 アジア経済研究所海外研究員(在ワシントンDC)。専門は国際関係論、国際政治経済学、自由貿易協定(FTA)。最近の論文に"The future impact of Trans‐Pacific Partnership’s rule‐making achievements: The case study of e‐commerce", World Economy 42(2), 2019 や "Why breakup? Looking into unsuccessful free trade agreement negotiations", International Politics (forthcoming)など。

書籍:The future impact of Trans‐Pacific Partnership’s rule‐making achievements: The case study of e‐commerce

書籍:Why breakup? Looking into unsuccessful free trade agreement negotiations

  1. 米国産品を差別していたドイツ、オーストラリアへは非適用。
  2. ベルギー、ブラジル、カナダ、コロンビア、コスタリカ、キューバ、チェコスロバキア、エクアドル、エルサルバドル、フィンランド、フランス、グアテマラ、ハイチ、ホンジュラス、オランダ、ニカラグア、スウェーデン、スイス、イギリス。
【連載目次】

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