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途上国研究の最先端

第68回 男女の賃金格差の要因 その2――セクハラが格差を広げる

Gender Wage Gap Part 2: Sexual Harassment Widens Gender Wage Inequality

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00053621

2023年3月

(2,593字)

今回紹介する研究

Olle Folke and Johanna Rickne. 2022. “Sexual Harassment and Gender Inequality in the Labor Market.” Quarterly Journal of Economics 137 (4): 2163–2212.

日本を除く先進国では、すでに大卒の割合は女性が男性を抜いている。にもかかわらず、なぜ女性の賃金が相対的に低いままなのか。過去のコラム(「第67回 男女の賃金格差の要因 その1――女性は賃金交渉が好きでない」)では、女性の方が男性より賃金を交渉したがらないことを、その要因の一つとして実証した研究を紹介した。今回は、スウェーデンのデータを利用して、職場におけるセクハラを、男女の賃金格差を広げる要因の一つとして実証した研究を紹介する。

セクハラはどういった場合に起こりやすいか

本研究はスウェーデン政府が調査した職場でのセクハラ被害のデータを用いている。政府が集めている点がポイントで、一般的な職場環境に関する120の質問のうち、2問のみがセクハラに関する質問であること、被害者も加害者も匿名であり、職場での調査と違って報復を恐れなくてよいことから、データの信頼性が確保できそうである。セクハラに関する2つの質問では、回答者本人が過去1年に直接受けたセクハラ被害(身体的接触および卑猥な言動)の有無、一般的な性別によるハラスメント(たとえば女性を軽蔑する発言)の有無を聞いている。

スウェーデンは、ジェンダー格差の小さい国として知られている。それでも、いやだからこそかもしれないが、セクハラ被害を訴える女性の割合は、過去1年で13%と決して少なくなかった。これは、多少の差はあっても先進国に同様にみられる傾向である。同データでは、男性の被害も聞いており、4%ほどである。女性よりは少ない頻度だが、長期にわたってセクハラが心身にもたらす被害を考えれば、無視できない数値だろう。

このデータを分析すると、職場でのセクハラ被害の起こりやすさにはパターンがある。被害者が女性(男性)であれば、男性(女性)が多い職場ほど、またいわゆる男性(女性)の仕事であるとされる職種であるほど、セクハラ被害は多い。たとえば、女性の被害者は運転手やエンジニアに多く、男性の被害者は幼稚園の教員に多い。

セクハラが要因でどれだけ賃金が下がるか

まず著者たちは、セクハラ被害を受けることを賃金に換算したらいくらになるか、を簡単な実験を含むオンライン調査のデータをもとに推定している。実験では、被験者が仮想的な仕事Aと仕事Bについて、具体的には図1のような選択画面を目にして、どちらを選ぶかを答えていく。仕事の特徴は月収、仕事内容、職場環境、勤務体系の柔軟性の4つがランダムに変化するように作られている。月収は10%上がる設定の場合もあれば、逆に下がる設定の場合もある。職場環境は、図1のような言葉によるセクハラのほか、職場の男性がこの仕事は女性には向いてないと発言する、といったもう少しマイルドで、セクハラと受け取るかどうかが受け手によって分かれそうな設定や、逆に、職場で女性が男性に触られるといった明らかなセクハラの設定の場合もある。また、加害者と被害者の組み合わせは、男性と女性の場合もあれば女性と男性の場合もある。

図1 Folke and Rickne(2022)における、職業選択オンライン実験の画面イメージ図1 Folke and Rickne(2022)における、職業選択オンライン実験の画面イメージ

(出所)Folke and Rickne(2022)の付表Figure A8(CC BY 4.0)を参考に筆者作成。

この実験によって得られたデータをもとに推定すると、職場でセクハラがあるという環境は、だいたい賃金が10%下がることと同等に評価されることが分かった。とりわけ、同性が被害者になっている職場環境は、賃金が17%下がることと同等であると評価された。これらの評価に男女で統計的な違いはなかった。

次に、上記のスウェーデン政府による職場でのセクハラ被害のデータと行政データを組み合わせることで、セクハラ被害者が離職する確率と、どのような職場に移っているか、を推定した。結果によると、女性が平均的に転職する確率に比べて、セクハラ被害者の女性が転職する確率は、被害から3~4年以内に25%上昇した。また、転職した女性だけで分析すると、セクハラ被害者の女性は、被害者でない女性に比べて、女性が多い職場、および賃金がより低い職場に転職する可能性が、いずれも8%ポイント高かった。セクハラ被害を受けた女性は、賃金を犠牲にしても、セクハラ被害のなさそうな環境を選ぶということである。

両データ、および著者たちの実験によって得られたデータから、実際の職場の男女比率、セクハラのリスク、セクハラがない環境を選ぶとしたらどのくらい賃金が下がってもよいかが分かる。これをもとに推定すると、セクハラは、スウェーデンにおける男女賃金格差の、およそ10%を説明するという。

対策はあるのか?

ところで、本研究で用いたデータも含め、男性が多い職場ほど賃金は高い傾向にあるが、本研究は、そもそもなぜ男性が多い職場ほど賃金が高い傾向にあるかについては答えていない。先行研究では、男性が多い職場ほど賃金が高い理由として、産業や職種による違いが大きいことが指摘されている(Blau and Kahn 2017; Bertrand 2020)。スウェーデンでは、同一職種の男女賃金差が小さいことから、この説明はもっともらしい。本研究は、男性が多い職場ほど賃金が高いことを出発点に、セクハラによってその格差が広がることを示した。

本研究は、セクハラ被害者が、賃金を犠牲にしてもセクハラ被害のなさそうな環境に転職していくことを示したが、将来のセクハラの可能性が、そもそも大学の専攻や職業の選択に影響を与えることも十分考えられる。とすれば、セクハラが男女の賃金格差にもたらす影響はたかだか10%どころではないだろう。

雇う側にとって、多くの従業員の離職は避けたい問題である。また、男女を問わず優秀な人材を登用したほうがいいはずである。にもかかわらず、男性が多い職場では、セクハラ被害によって離職したり応募をためらったりするのは少数派の女性であり、多数派の男性従業員はセクハラ被害の危険が低いため、内部から自浄作用が働きにくい。たとえば、セクハラ被害のあった職場のイメージが大幅に悪化するといったことになれば、雇う側も本気になってセクハラ対策をするだろう。それには、一企業だけでなく社会全体の意識の変革が欠かせない。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
参考文献
著者プロフィール

牧野百恵(まきのももえ) アジア経済研究所開発研究センター研究員。博士(経済学)。専門分野は開発経済学、家族の経済学。著作に“Marriage, Dowry, and Women’s Status in Rural Punjab, Pakistan”(Journal of Population Economics, 2019),“Female Labour Force Participation and Dowries in Pakistan”(Journal of International Development, 2021),“Labor Market Information and Parental Attitudes toward Women Working Outside the Home: Experimental Evidence from Rural Pakistan”(Economic Development and Cultural Change, forthcoming)等。

【特集目次】

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