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コラム
第33回 モラルに訴える――インドネシア、延滞債権回収実験とその効果
PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00051502
2019年11月
(2,352字)
今回紹介する研究
Leonardo Bursztyn, Stefano Fiorin, Daniel Gottlieb, and Martin Kanz, "Moral Incentives in Credit Card Debt Repayment: Evidence from a Field Experiment," Journal of Political Economy, Vol. 127 No. 4 (August 2019): 1641-1683.
高齢者等へ座席を譲るよう「優先席」の表示が設置された公共の場所も多い。このようなモラル(道徳観)に訴えるメッセージには効果があるのだろうか。効果があれば、それを戦略的に利用できる政策の場は多くありそうだ。なぜならば、そもそも訴えるだけで、第三者が行動を監視する必要もないため、そうした政策にかかる金銭的な負担は少ないからだ。優先席表示とは異なるが、本論文はモラルに訴える社会実験を行い、その効果を測る。そのモラルとは「借りたお金は必ず返す」だ。
クレジットカード顧客への督促
本研究の協力者は、インドネシアの主要なイスラム銀行だ。イスラム銀行といっても、その実態は一般的な商業銀行と大差なく、その顧客もイスラム教徒に限定されない。著者らは、同銀行が発行するクレジットカード保有者のうち、毎月の支払予定日を過ぎてもその月の必要最低額が未払いである顧客に対し、携帯電話のテキストメッセージを使った督促の実験を行った。
2015年2月~2016年4月に行われた実験では、1万2000人を超える該当顧客は複数の集団に無作為に分類された。まず、全集団が支払予定日の翌日に、10日間の猶予期間中に支払いをすますよう共通の督促メッセージ(以下、共通督促とよぶ)を受け取る。著者らは、この共通督促のみを一度だけ受け取る集団を対照群とよぶ。次に、対照群以外の集団は、当初の支払予定日の8日後(つまり、最終支払期限の2日前)に、それぞれ異なる内容の督促メッセージを追加で受け取った。分析では、これら集団の返済率が対照群の返済率と比較される。なお、共通督促は銀行により以前から行われていたため、顧客にとってテキストメッセージを使った督促自体に目新しさはない。
モラルに訴え返済を促す
著者らの一番の関心はモラルに訴える督促の効果だ。具体的には、「預言者(ムハンマド)曰く、返せる負債を返さないことは『罪』である」(執筆者訳)というイスラム教の教典にある文言を引用して督促する。『罪』は宗教的含みをもつ表現だ。分析結果によると、この督促を(共通督促に加え)受け取った集団の最終支払期限までの返済率は対照群の返済率(約34%)よりも4.4%ポイント高くなった(以下、モラル効果とよぶ)。なお、最終支払期限の2日前に共通督促と同じ内容の(2度目の)メッセージを受けとった集団の返済率は対照群の返済率と相違がなかったため、繰り返しの督促自体が返済率を引き上げたわけではない。また、テキストメッセージの受け取りとその後の返済行動を、顧客の周囲の人間(例えば友人)が観察することはできないため、社会的圧力や顧客の社会的承認要求がモラル効果につながったわけでもない。
このモラル効果は大きいのだろうか。この理解のため、著者らは「猶予期間中に必要最低額を支払った顧客に対し、その額の50%相当額を翌月のカード利用額から割り引く」あるいは「猶予期間をすぎても未払いの顧客は、その名前が信用情報機関に報告される」(結果、将来の金融サービス利用に悪影響が出る)というメッセージを一部の集団に送る。これら集団間の返済率の比較により、モラル効果には、顧客の月収中央値の約6%相当額を支払免除する督促と同等の効果があることがわかった。
本当にモラルなのか?
モラル効果は、世俗的なモラルではなく信仰心に訴えた結果なのではないか。著者らはこれを否定する。まず、同じ教典から負債と関係のない文言を引用して督促した集団の返済率は対照群の返済率と相違がなかった。次に「預言者曰く」を削除し、「返せる負債を返さないことは『罪』である」あるいは「返せる負債を返さないことは(『』なしの)罪である」という宗教色を薄めたメッセージを送る集団も作る。これらのメッセージの効果はモラル効果と同程度であり、宗教色の多寡が返済率の違いをうむことはなかった。さらに電話調査によれば、「返せる負債を返さないことは『罪』である」というメッセージが預言者の言葉であることを知る顧客も少なかった。
モラルへの訴えには経済効果があった。その費用対効果も高そうだ。一方で本研究は、モラルはあっても改めて訴えられないと、モラルに反して行動する人が一定程度いることも示唆する。モラルに訴える効果は持続するのだろうか。さらなる研究を期待する。
著者プロフィール
工藤友哉(くどうゆうや) アジア経済研究所開発研究センター研究員。博士(経済学)。専門分野は開発経済学、応用ミクロ計量経済学。著作に"Can Solar Lanterns Improve Youth Academic Performance? Experimental Evidence from Bangladesh" (共著The World Bank Economic Review, Vol.33, Issue 2, June 2019: 436-460), "Female Migration for Marriage: Implications from the Land Reform in Rural Tanzania" (World Development, Vol.65, Jan. 2015: 41-61)等。
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