IDEスクエア
コラム
第24回 信頼できる国はどこですか?
PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00051412
2019年7月
(4,095字)
今回紹介する研究
Efrat, Asif and Abraham L. Newman. 2018. "Divulging data: Domestic determinants of international information sharing", The Review of International Organizations, 13(3): 395-419.
従来の国際関係論研究
従来の国際関係論は国内要因を無視するか、国内要因のうち一つの側面、つまり国内政治体制、特に民主主義にのみ極めて強い関心を示してきた。例えば「民主主義国家どうしは戦争をしない」というデモクラティック・ピース理論(Maoz and Russett 1993)や、「アメリカが構築する国際秩序はリベラルなものになる」という理論(Ruggie 1982)が人気を得てきた。
これら国内政治体制を扱うものとは異なって、本研究は国内法制度という新たな切り口から国際協力の国内要因に光を当てようとする。また、法学と国際関係論を融合させるような、極めて興味深い試みでもある1。具体的には、「英米法」、「大陸法」といった観点から国内法制度を分類し、国際協力の存在を説明しようとする。
国内政治制度と国内法制度のどちらが重要か
本研究の関心事項は国家間のセンシティブな情報のやり取りで、被説明変数は刑事共助条約2の締結状況だ。例えば、どのような国の間で自由貿易協定(以下、FTA)を締結するのかという問題については、経済規模や二国間の距離がFTAを有意に説明することが知られているが(Baier and Bergstrand 2004)、刑事共助条約についても同じ変数で説明できるのであろうか。あるいは、非経済的な変数が説明力をもつのか。また、従来の政治学者・国際関係論学者の主張どおり、民主主義国家どうしで機密情報が交換されるのであろうか。
著者たちはまず、情報のやり取りに関する理論的考察を行う。第一に、司法制度の独立性に着目する。司法制度の独立性は、条約により課せられる国際的義務に対する裁判官の行動に直接影響を与えうるからだ。ここで問題となるのは独立性の程度の「類似性」であり、司法独立度合いの「高い国どうし」のみならず「低い国どうし」も協力すると想定される。第二に、国内法制度である。法制度は、英米法、大陸法、イスラム法に分類される。国家は国内法制度と整合的な国際協定を締結したがるという想定である。つまり、英米法国家は英米法的な国際協定を好むと想定する。
定量分析により、いくつかの興味深い事実が判明した。第一に、4つの異なるデータを用いても3、司法独立性の程度が似通っている国々の間で刑事共助条約が締結される傾向がある。ただし司法独立性の高い国がより多くの刑事共助条約を締結しやすいわけではない。第二に、同じ法制度に属する国々の間(例えば英米法国家どうし)で刑事共助条約が締結される傾向がある。第三に、距離が近い国々の間で刑事共助条約が締結される傾向にある。最後に、極めて興味深いことに、民主化のレベルは刑事共助条約の締結にはほとんど影響を及ぼさないことが確認された。
同じ法制度を採用している国々の中には、例えばイギリスとシンガポールのように宗主国―植民地関係にあったケースもあろう。イギリスとシンガポールが協力するのは、両国が英米法を採用しているからではなく、植民地関係にあったからかもしれない。この問題に対応するため、著者たちは法制度に加え、植民地関係も説明変数に加えて検証したが、法制度の説明力は依然頑健であった。
残された課題と今後の理論研究への含意
従来の研究では民主主義に多大な関心が払われてきたが、この観点から国際関係論を理論面から発展させる余地は大きくなかろう。第一に、戦争するかしないかの傾向以上のことをいうことは難しく、せいぜい「民主主義どうしはFTAを締結する」(Mansfield et al. 2002)等の類似理論が構築される程度である。第二に、アメリカが樹立する国際制度が本当にリベラルなのか疑問の余地があるが、その点をさらに理論的に議論してもアメリカ学会では受け入れられないであろう。また、本研究が示す通り、様々な国内要因を説明変数として考慮すれば、民主主義の説明力はそれほど高くないのかもしれない。
一方、本研究のような国内法制度の研究は国際関係論の理論構築に大きな影響を与える可能性があるものの、本研究では手つかずの課題を二点指摘したい。第一に、本研究では英米法国家どうし、大陸法国家どうしが協力する可能性が高いことを示したに留まる。それでは、英米法国家の間で創設される国際制度と大陸法国家の間で創設される国際制度の間には、そもそも「質的」な違いがあるのだろうか。最近の研究では、英米法国家は拘束的な条約よりもソフトな国際宣言を選好する(Efrat 2016)、大陸法国家は国際司法制度の(強制)管轄権に同意しやすい(Chapman and Chaudoin 2013)等が指摘されている。今後、それぞれの法体系を有する国家が選好する国際協力の形態について、演繹的な形で定性的かつ理論的に検討する研究が求められよう。
第二に、「英米法国家と大陸法国家が協力したらどのようになるのか」という、極めて面白く、重要な問いにも本研究は全く光を当てておらず、英米法国家と大陸法国家は協力する可能性が低いと主張するに留まる。可能性は低くても、実際にそのような協力は存在する。Duina (2016)は、英米法と大陸法の間の協力は可能だが、中間的などっちつかずの制度ができると推測している。
本研究を契機に、国内外の(法)制度の関係性という観点から、国際制度やグローバル・ガバナンスについての研究が一層盛んになるだろう。
参考文献
- Baier, Scott L., and Jeffrey H. Bergstrand (2004) "Economic determinants of free trade agreements." Journal of International Economics 64.1: 29-63.
- Chapman, Terrence L., and Stephen Chaudoin (2013) "Ratification patterns and the international criminal court." International Studies Quarterly 57.2: 400-409.
- Duina, Francesco (2016) "Making sense of the legal and judicial architectures of regional trade agreements worldwide." Regulation & Governance 10.4: 368-383.
- Efrat, Asif (2016) "Legal traditions and nonbinding commitments: evidence from the United Nations' model commercial legislation." International Studies Quarterly 60.4: 624- 635.
- Linzer, Drew A., and Jeffrey K. Staton (2015) “A global measure of judicial independence, 1948-2012.” Journal of Law and Courts 3.2: 223-256.
- Mansfield, Edward D., Helen V. Milner, and B. Peter Rosendorff (2002) "Why democracies cooperate more: electoral control and international trade agreements." International Organization 56.3: 477-513.
- Maoz, Zeev, and Bruce Russett (1993) "Normative and structural causes of democratic peace, 1946–1986." American Political Science Review 87.3: 624-638.
- Ruggie, John Gerard (1982) "International regimes, transactions, and change: embedded liberalism in the postwar economic order." International organization 36.2: 379-415.
- 牧野百恵(2018)「妻の財産権の保障がHIV感染率を引き下げるのか」(「途上国研究の最先端 第10回」IDEスクエア)
著者プロフィール
浜中慎太郎(はまなかしんたろう)。アジア経済研究所海外研究員(在ワシントンDC)。専門は国際関係論、国際政治経済学、グローバル・ガバナンス。最近の論文に "Understanding the ASEAN way of regional qualification governance: The case of mutual recognition agreements in the professional service sector", Regulation & Governance, 2018, 12(4)や "Insights to Great Powers' Desire to Establish Institutions: Comparison of ADB, AMF, AMRO and AIIB", Global Policy, 2016, 7(2) など。
注
- 法学部の中に国際関係論研究が存在することが多い日本でこそ、異分野と思われることの多い法学と国際関係論を接続させる研究がもっと行われてきてもよかったようにも思われる。ちなみに、経済学においては、法制度の経済効果についての研究がここ20年で蓄積されてきたが(牧野2018)、国際関係論研究の最先端もその動きを追っている。
- 刑事法を執行するために情報を収集・交換する目的で、国家間で合意された条約。
- Linzer and Staton (2015) 中のjudicial-independence measurement、CIRI Human Rights Dataset、International Country Risk Guide (Law and Order variable)、World Bank Rule of Law indicatorの4つ。
- 第1回 途上国ではなぜ加齢に伴う賃金上昇が小さいのか?
- 第2回 男児選好はインドの子供たちの発育阻害を説明できるか
- 第3回 子供支援で希望を育む
- 第4回 後退する民主主義
- 第5回 しつけは誰が?――自然実験としての王国建設とその帰結
- 第6回 途上国の労働市場で紹介が頻繁に利用されるのはなぜか
- 第7回 絶対的貧困線を真面目に測り直す――1日1.9ドルではない
- 第8回 労働移動の障壁がなくなれば一国の生産性はどの程度向上するのか
- 第9回 科学の世界の「えこひいき」――社会的紐帯とエリート研究者の選出
- 第10回 妻の財産権の保障がHIV感染率を引き下げるのか
- 第11回 飲酒による早期児童発達障害と格差の継続――やってはいけない実験を探す
- 第12回 長期志向の起源は農業にあり
- 第13回 その選択、最適ですか?――通勤・通学路とロンドン地下鉄ストライキが示す習慣の合理性
- 第14回 貧困者向け雇用政策を問い直す
- 第15回 妻(夫)がどれだけお金を使っているか、ついでに二人の「愛」も測ります
- 第16回 先読みして行動していますか?――米連邦議会上院議員の投票行動とその戦略性
- 第17回 保険加入率を高めるための発想の転換
- 第18回 いつ、どこで「国家」は生まれるか?――コンゴ戦争と定住武装集団による「建国」
- 第19回 婚資の慣習は女子教育を引き上げるか
- 第20回 産まれる前からの格差――胎内ショックの影響
- 第21回 貧困層が貯蓄を増やすには?――社会的紐帯と評判
- 第22回 農業技術普及のキーパーソンは「普通の人」
- 第23回 勤務地の希望を叶えて公務員のやる気を引き出す
- 第24回 信頼できる国はどこですか?
- 第25回 なぜ経済抗議運動に参加するのか――2010年代アフリカ諸国の分析
- 第26回 景気と経済成長が出生率に与える影響
- 第27回 消費者すべてが税務調査官だったら――ブラジル、サンパウロ州の脱税防止策
- 第28回 最低賃金引き上げの影響(その1) アメリカでは雇用が減らないらしい
- 第29回 禁酒にコミットしますか?
- 第30回 通信の高速化が雇用創出を促す―― アフリカ大陸への海底ケーブル敷設の事例
- 第31回 最低賃金引き上げの影響(その2)ハンガリーでは労働費用増の4分の3を消費者が負担したらしい
- 第32回 友達だけに「こっそり」やさしくしますか? 国際制度の本質
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- 第35回 カップルの同意を前提に少子化を考える
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