IDEスクエア

コラム

途上国研究の最先端

第75回 権威主義体制の不意を突く──スーダンの反体制運動における戦術の革新

Catching the authoritarian regime off-guard: Tactical innovations by dissidents in Sudan’s popular protests.

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/0002000094

2023年11月

(3,876字)

今回紹介する研究

Mai Hassan, “Coordinated Dis-Coordination,” American Political Science Review, 2023, 1–15.

SNSの監視を逆手に取った反体制派の戦術

政府に対抗する抗議活動を組織するとき、SNSなどICT技術はいまや必要不可欠なツールである。2010年頃のアラブの春に始まり、香港やミャンマー、タイなど世界各国で盛んに活用され、市民の参加を促してきた。一方、政府側もインターネットを検閲したり、監視に用いたりして、抗議活動を弾圧している。本論文は、2018年から2019年にかけてスーダンで起こった大衆蜂起において、反体制派やそれを支持する市民が、政府のSNS監視を逆手にとった戦術を取り、対抗していたことを明らかにした。

非民主主義的な国家において、反体制派が政府に抗議活動を行うとき、一つの難しい問題に直面する。できるだけたくさんの大衆を抗議活動に動員するためには、いつ、どこで実施するのか、潜在的な参加者に周知しなければならない。しかし、そうした情報を公にして呼びかけてしまうと、政府が治安部隊を使って抑圧しやすくなってしまう。

この問題を回避するため、スーダンで行われていたのは、公に宣伝されていた抗議活動とは別に、日付や時間帯は同じだが、場所だけ異なる抗議活動を秘密裏に計画し、実施するという戦術である。

「調整された不調整」──集合行為への意図的な摩擦

当時、スーダンでは1989年にクーデタで政権を握ったオマル・アル=バシールが、30年にわたって大統領を務めていた。アル=バシール政権下では、自由な政治や市民社会活動は制限され、政府に対抗する反体制派や住民は虐殺されていた。また、残虐な手段をもって国内紛争をさらに悪化させた。この独裁政権が崩壊する引き金となったのが、2018年から2019年にかけて起こった大衆蜂起である。本論文の分析は、スーダンの首都ハルツームでの抗議活動や反体制派の会合に実際に参加するといったフィールドワークと、その参加者や野党、さらには市民社会団体関係者へのインタビューに基づいている。

「調整された不調整(Coordinated Dis-Coordination)」と著者が名付けた上述の反体制派の戦術を率いたのは、「近隣抵抗委員会」である。これは反体制派であると信頼の置ける近隣住民同士で内密に組織された地域集団である。2018~2019年のスーダンの大衆蜂起では、野党や市民社会団体による反体制連合「自由と変革の力(Forces for Freedom and Change:FFC)」が街頭での抗議デモを定期的に計画し、SNSなどを通じてあらかじめ宣伝して市民を動員していた。「近隣抵抗委員会」の人々は、FFCの企画する主要で公式なデモと同時間帯に、秘密裏に他の抗議活動を組織していた。彼らの目的は、抗議活動という集合行為に意図的に摩擦や無秩序を取り入れることであった。本来、すべての参加者が一つのデモに集合すれば、より大規模なデモとなるにもかかわらず、参加者が分散するようにわざわざ調整して、集合行為の不調整を演じていたのである。

「ジッタリング」と「タフフィーフ」

著者の観察によれば、彼らの「調整された不調整」の戦術には、2種類の形態があった。一つは、「ジッタリングJittering」である。これは、FFCが実施する抗議デモと同時に、異なる場所で抗議デモを実施するものである。

FFCが抗議活動のスケジュールを発表すると、近隣抵抗委員会の人々はジッタリングの計画を立て、口頭や1対1、あるいは信頼のおけるメンバーのみに限定したWhatsApp(LINEに似たSNS)のグループを通じて共有する。事前に内密に企画・共有することで、FFCの抗議デモと比べて、彼らの抗議デモに対する治安部隊からの弾圧は弱くなると予想される。さらに、そうした弾圧が弱いデモを行うことができれば、たまたま居合わせた市民や、大規模なデモに参加するほどの危険を冒したくない人々を、抗議活動に呼び込むことができると、彼らは考えていた。

もう一つは、「タフフィーフTakhfif」である。これは、「(デモへの抑圧的な負担を)軽減する」という意味のアラビア語である。こちらは前者とは違い、FFCによる抗議デモなど、強い弾圧を受ける人々から治安部隊を引きはがすことを目的としており、進行中のデモの周辺で、効率的に騒ぎを起こし、自分たちに弾圧を向けさせていた。

FFCによる抗議デモが行われている最中、近隣抵抗委員会の一部のメンバーが家で待機し、現場にいるメンバーやFacebookなどから、弾圧を強く受けている場所がないか、助けを求める声が投稿されていないか、情報を収集する。そして、弾圧が強いと情報を得た場所の近隣にいるメンバーに指示を出す。指示されたメンバーは、人通りの多い交差点などを狙って、タイヤを燃やすなど小規模で短時間の混乱行為を起こすのである。それにより、警官隊の一部は弾圧を行っているデモの現場から、近くの「タフフィーフ」が行われている場所に駆けつけなければならなくなり、弾圧が弱くなる。その間に、弾圧を受けていたデモの参加者たちは逃げることが可能になる。

また、Facebookを使って、「○○の地域に警察が来る」と情報共有をしつつ、「△△の地域の人々よ、我々への弾圧を和らげるために外に出よ!」(実際に△△の地域に行っても、デモは行われていない)と警察を混乱させるための情報を流す陽動も行っていた。

こうした活動は、2019年初頭から約3カ月の間に行われており、数百人程度の抗議活動が日々起きるという状況であった。その後、4月に抗議活動は数万~数十万人規模に拡大した。そして、軍内部からの離反者がクーデタを起こし、アル=バシール政権は崩壊した。

この戦術が機能する前提条件

著者は、こうした「調整された不調整」の戦略が権威主義体制への抵抗において効果を持つには、前提条件があることも指摘している。まず、治安部隊が弱いことである。同時発生的な抗議デモへ対応するには、治安部隊の人員が足りず、都市全体を鎮圧する能力がないことが、この戦術の前提である。したがって、人員も資源も豊富で、強靭な治安能力を備えた国家では、この戦術は効果を持たないと想定される。

当時のスーダン政府は、同時発生的なデモに対応して弾圧の手法を変化させ、退役警官の動員などによって常時配備する人員を増やしたり、デモを予測し先回りして配備したりしたという。しかし、著者のインタビューによれば、そうした政府側の適応は、同時発生的なデモが阻まれていると反体制派側が感じるほどではなかった。

さらに、抗議活動の「連鎖」が起こっている場合、この戦略は不要になる。大規模な抗議活動が連鎖的に起こる状況になると、治安部隊が市民への弾圧に正当性を見いだせなくなり、結果的に抑圧が軽減すると先行研究で論じられている。治安部隊の離反が起こっていないときにこそ、同時発生的な抗議活動から反体制派はベネフィットを得られる。

とはいえ、こうした戦術はさほど目新しいとは言えず、スーダンの反体制派によって史上初めて用いられたものではないであろうことも、著者は承知している。アラブの春のときのエジプトでも類似の証言はあったという。しかし、秘密裏に行われる動員のプロセスを観察することは難しいため、過去の研究で指摘されてこなかったと考えられる。

本研究の意義

抗議活動に関する研究では、抗議デモへの参加にSNSやICT技術が利用されてきたことが多くの国の事例から指摘され、実際の効果の検証や、そこからさらに、いかに政府がSNSなどを駆使して、そうした反体制派の行動に対応し、効果的に抑圧を行っているか、といった点に注目が集まってきた。本論文は、反体制派が、それでもなお、一方的に監視、弾圧されるばかりではなく、さらに戦術を革新させていることを詳らかにした点で、これまでの先行研究の先を開拓する、新しい視点を提供したといえる。

さらに、本論文の興味深い点は、その主張や分析に質的手法の意義が存分に活かされており、かつ政治学の先端的な研究と接続する問題設定を行えたことであろう。SNS上に載らない隠れた動員プロセスを明らかにするという主張は、現地で調査を行わなければ得られないアイデアであり、その分析はフィールドワークやインタビューでなければ難しいと思われる。フィールドワークでの気づきをどのように論文化し、「おもしろエピソード」の紹介に留まらず、研究分野の大きな文脈に位置づけられるか。そのお手本のような研究である。最先端の先行研究を把握し、意識しながら、フィールドワークを行うことが必要であろう。

当初、冒頭部分を読むだけでは、反体制派の革新的な戦術を明らかにしてしまって、研究倫理に抵触しないのかと疑問を覚えたが、最後には全く問題がないことを納得させられた。本論文の重要な示唆は、反体制派の動員がSNSに依存していようとも、それがいかに活用されているかは、必ずしも外部から観察可能でなく、政府もその行動を捕捉できるわけではないということである。さらに、反体制派は政府の弾圧に対抗して、常に戦術を革新する。つまり、本論文は秘密裏に行われた戦術の一例を示したに過ぎず、現在進行形で活動する反体制派の具体的な戦術が分かるわけでも、それに対応できるわけでもないのである。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
著者プロフィール

谷口友季子(たにぐちゆきこ) アジア経済研究所地域研究センター東南アジアⅠ研究グループ研究員。博士(政治学)。専門は比較政治学、マレーシア現代政治。

【特集目次】

途上国研究の最先端