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コラム

途上国研究の最先端

第34回 「コネ」による官僚の人事決定とその働きぶりへの影響――大英帝国、植民地総督に学ぶ

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00051509

2019年12月

(2,021字)

今回紹介する研究

Guo Xu, "The Costs of Patronage: Evidence from the British Empire," American Economic Review, vol. 108, no. 11 (November 2018): 3170-3198.

官僚の働きぶりが国家の能力を決める。とすれば、官僚に適切な誘因を与えることは重要だ。しかし、昇格審査、配属決めといった場面で、学閥や縁戚関係などの「コネ」に基づく人事決定が行われることも多い。それ自体は必ずしも悪ではない。近い関係にある上司は部下の能力や勤務状況について正確な情報をもつため、「コネ」が適材適所や適切な労務管理(例、さぼり防止)につながる可能性があるからだ。実際のところ、コネによる人事決定は官僚の働きぶりにどう影響しているのだろうか。この問いに取り組むのが本研究だ。
いざ大英帝国へ(あと国立公文書館へも)

上記の問いに答えるため、著者は大英帝国が世界中に建設した植民地総督の働きぶりを分析する。具体的には、1854年~1966年に実在した70の植民地および456人の総督がその分析対象だ。総督は一般的に、官僚がその経歴最後に務める6年程度の重職であり、担当植民地について裁量的な統治権を有していた。また、本国の国務大臣によって任命・派遣されるため、国務大臣の縁故者が総督となることも多かった。国務大臣は首相の交代や内閣改造によって3年程度で代わるため、同一総督であっても、担当植民地での任期中に国務大臣と縁故関係にある時期とない時期とが存在した。本論文はこの点に着目し、縁故関係にある時期とない時期の総督の働きぶりの(同一担当植民地内での)時系列変化を、国務大臣と一度も縁故関係がなかった総督の同期間の働きぶりの時系列変化と比較する。なお著者は、国務大臣と総督との縁故関係を、近親者、同一貴族階級、エリート校同窓生で定義する。

分析のための著者のデータ収集努力は見事だ。植民地リストから集めた総督の経歴に加え、3905冊に及ぶ公文書をデジタル化し、植民地の財務・人口統計も集める。また、伝記や公開家系図データを用い、国務大臣と総督との血縁関係も特定する。

これだからコネは……

総督の主要業務の一つは、取引税、輸入関税、小屋税などの植民地での徴税だ。そして、分析結果によると、総督が国務大臣の縁故者になることで、この税収が4%ポイント下がる。インフラ投資などの公的支出も下がる。低税収だから低支出なのかもしれないが、公的投資業務をさぼった結果の低税収という解釈も否定できない。そして、縁故関係にある総督(以下、コネ総督とよぶ)ほど輸入関税を免税とする条例をより高い確率で独自に公布していた。さぼりを正当化するために必死だったのかもしれない。著者は、さらに情報を集めコネ総督を追い詰める。分析の結果、コネ総督ほど、担当植民地内での暴動が本国の新聞に掲載される、および担当植民地が悪い意味で本国の国会で話題となる確率が高い。加えて、国王が優れた総督に授与する賞をもらう確率も低かった。

そこまで非難されたら、コネ総督だって反論するかもしれない。「給料が低いのだからしょうがない!」と。しかし、著者の別分析によると、コネ総督ほど、そうでない総督に比べ、より給与の高い植民地へ派遣されていた。その派遣先の生活環境(例、気候やロンドンまでの距離)がコネのない総督の担当植民地と大差ないにもかかわらずだ。

組織の自浄作用
あなたが当時の英国民ならば、そこまで悲観することはない。1930年の制度改革以後、総督は独立性を保った任命機関の監視下で選ばれるようになった。これにより国務大臣と縁故関係にある総督とそうでない総督との間の働きぶりや給与の違いがなくなったことも著者は示す。この自浄作用はなぜ実現にいたったのか。この制度変化の背後にある、本論文では詳しく語られていないドラマにも興味を掻き立てられる。
著者プロフィール

工藤友哉(くどうゆうや) アジア経済研究所開発研究センター研究員。博士(経済学)。専門分野は開発経済学、応用ミクロ計量経済学。著作に"Can Solar Lanterns Improve Youth Academic Performance? Experimental Evidence from Bangladesh" (共著 The World Bank Economic Review, Vol.33, Issue 2, June 2019: 436-460)", "Female Migration for Marriage: Implications from the Land Reform in Rural Tanzania" (World Development,Vol.65, Jan. 2015: 41-61)等。

書籍:Can Solar Lanterns Improve Youth Academic Performance? Experimental Evidence from Bangladesh

書籍:Female Migration for Marriage: Implications from the Land Reform in Rural Tanzania

【特集目次】

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