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コラム
人・動物・環境の健康を統合的にとらえる「ワンヘルス」という観点からアジアが抱えるさまざまな課題について最近刊行されたebookをもとに解説を行っていきます。
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第3回 ラオスのフィールドから考える人・野生動物・開発 / 蒋宏偉 路上でひっきりなしに走っている車、大きな紙コップ入りのコーヒー、オフィスの入口においてある消毒用のエタノールなどの日常よく見かけるこれらのものは、新興感染症の発生に関連しているかもしれない。これは決して大げさな言い方ではない。車のタイヤを作るための天然ゴム、紙コップを作るためのパルプ、エタノールを作るためのキャッサバは、いずれも日本から遠く離れているどこかの森林を「消費」した産物となる。私たちの日常生活を維持するために、天然ゴムやユーカリのプランテーション、キャッサバの畑がつくられ、たくさんの森林は破壊された。これと同時に、地域の生態系も改変され、生物多様性の減少につながることが懸念される。こうした開発の結果によって、森林に頼って生活を営んでいる地域の住民が十分な食物をとれなくなり、森林に生息している野生動物は餌場を失い、人間や動物はともに餓える状態に追い込まれかねない。そして、森林の減少によって、人間と野生動物のインタラクション(さまざまな形での接触や接近)の機会は増えてきている。私たちの日常生活を維持するためのプランテーション開発が作り出したこのようなシナリオは、新興感染症の病原体がスピルオーバーする(動物から人間に乗り移る)温床の形成に寄与するとされている。
2025/04/16 -
第2回 森林保全は人・動物・環境の健康にどのような役割を果たすのか? / 道田 悦代 過去60年を振り返ると、地球上の土地の三分の一が改変された。そして、土地改変は森林破壊によって行われてきた。2000年から2018年の間の森林破壊の90%は、畜産を含む農業に関連するといわれている。森林は温室効果ガスを吸収するためのシンクとして、また天然林や原生林は生物多様性の保全の対象となってきた。とりわけ、途上国における農地拡大や都市化が、森林破壊の重要な要因である。森林破壊のスピードが急激なのがアフリカである。アジアでは過去に比べると森林減少のスピードは減速している。近年の森林破壊の原因は人為的な土地改変だけではない。気候変動による乾燥などの影響もあり、世界各地で森林火災が多発しており、さらなる森林破壊を引き起こしている。 2025/03/24
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第1回 ワンヘルス──人・動物・環境の健康からみるアジア / 大塚 健司 「ワンヘルス」と聞いてわたしたちの健康(ヘルス)とどのような関係にあるのかがピンとくる人は少ないかもしれない。その背景にある「人獣共通感染症」、つまり人が他の動物種を通して同じ病原体に感染する病気については、2020年以降世界的に猛威を振るい、その後下火になったものの、いまだ身の回りで散発的に流行している新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によって知るようになった人もいるだろう。WHOと中国の調査チームの報告書によると、COVID-19の起源についてはいまだ国際的に決着がついていないものの、おそらくコウモリが起源ではないかと言われている。また過去の新興感染症を調べた研究によると新興感染症の7割以上が野生動物に由来する人獣共通感染症であるという 。2000年代以降でみても、2002年に重症急性呼吸器症候群(SARS)、2003年に鳥インフルエンザ(H5N1)、2009年に新型インフルエンザ(H1N1)、2012年に中東呼吸器症候群(MERS)、2014年にエボラウイルス熱、2015年にジカ熱ウイルス熱などさまざまな新興感染症(これらはすべて人獣共通感染症)が国境を越えて続々と流行してきた。
2025/03/19