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(世界はトランプ関税にどう対応したか)第11回 台湾 関税か投資か――半導体サプライチェーンをめぐる米台関税交渉
/ 青木 美璃
2026年1月15日の総括会議により、10カ月に及んだ米台関税交渉が妥結した。台湾は、日韓と同水準の相互関税率15%に加え、「米国通商拡大第232条関税(以下、232条関税)」での最恵国待遇も獲得した。しかし、この合意に至るまでの道のりは容易ではなかった。多くの国が相互関税率の引き下げのみを交渉課題とした一方、台湾は主力輸出品である半導体を含む232条関税の高関税率回避という、もうひとつの課題を背負わされていた。トランプ大統領が半導体への高関税導入を示唆するなか、台湾は相互関税率引き下げと米232条関税での優遇措置獲得の断念か、対米投資を通じた半導体サプライチェーンの米国内構築かという難しい選択を迫られたのである。いずれの道を選んだとしても台湾半導体産業に打撃となり得る状況において、台湾はいかに対応したのか。本稿は台湾側の視点から、交渉の背景と経緯を整理し、今後を展望する。
2026/03/11
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レコ・ディク金・銅山開発――パキスタン経済を立て直す最後の切り札?
/ 松田 和憲
パキスタンは、世界第5位の2億4000万の人口を有し、2050年までには世界第3位の人口規模に達すると言われている。人口ボーナスによるポテンシャルが高い一方、政治的混乱や地政学的リスクを抱えている。さらに、2022年の大規模な洪水被害、外貨準備不足による輸入制限、通貨下落、高インフレ、利上げ、IMFプログラム再開遅れ等も相まってデフォルト(債務不履行)危機に陥り、経済的にも苦境に立たされていた。しかし、IMFによる24回目の融資や、友好国であるサウジアラビア、UAE、中国による支援もあり、2023年1月には輸入の3週間分しかなかった外貨準備高は、現在は2~3カ月分まで回復している。
2026/03/06
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(世界はトランプ関税にどう対応したか)第10回 カンボジア――関税交渉の変遷と雇用不安
/ 田中 清泰
2025年に入り、トランプ政権の関税政策は世界に大きな衝撃を与え、特に米国市場への依存度が高い開発途上国に深刻な影響を及ぼした。カンボジアにとって米国市場は輸出産業を支える最重要の柱であり、同国がどのように対応し、どのような影響を受けたのかを把握することは極めて重要である。本稿では、カンボジアと米国の間における関税および貿易関係を整理し、相互関税がカンボジア経済にどのような影響をもたらしたのかを検討する。
2026/03/03
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ティモール・レステのASEAN加盟とその意義
/ 福武 慎太郎
2025年10月、マレーシア・クアラルンプールで開催されたASEAN首脳会合において、ティモール・レステ民主共和国は11番目の加盟国として正式に承認された。2011年の加盟申請から14年を経ての実現である。この過程の長期化は、同国の経済水準の低さや行政能力、人材・インフラ不足への懸念によって説明されることが多い。しかし、ティモール・レステの加盟は、単に「後発開発途上国のASEAN加盟」という文脈でのみ理解するべきではない。本稿は、ティモール・レステのASEAN加盟を、域内の経済的格差の拡大や行政能力、人材の不足の問題としてのみ捉えるのではなく、むしろASEANが、どのような価値や規範を内包する地域協力機構であるべきかを問いなおす契機として位置づける。とりわけ、東南アジアでもっとも高い水準の民主主義と政治的自由を維持するティモール・レステの加盟が、ASEANの政治的性格にいかなる変化をもたらしうるのかを検討する。
2026/02/25
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金正恩政権の「新時代の農村革命綱領」――農村開発・農業改革のゆくえ
/ 郡 昌宏
金正恩総書記が近年推進している地方開発政策は、彼の地方経済の現状に対する強い危機感を背景にしていると考えられる。その経済政策の軸となっているのが「地方発展20×10政策」(筆者の別稿を参照)と「新時代の農村革命綱領」(以下、「農村革命綱領」)である。朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)において「農村革命綱領」は農村開発を通じた地域間格差解消と農業改革を通じた食糧問題の解決を目指す重要な経済政策として位置づけられている。「農村革命綱領」は全文が公開されておらず全体像が明らかではないが、これまでの報道から分かることに基づいてその内容や位置づけを理解することが必要であろう。以上のことを踏まえ、本稿では、金正恩政権が進めている「農村革命綱領」による農村開発・農業改革の内容や進捗状況、経済的背景と政治的位置づけについて論じる。
2026/02/17
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日本の輸入は経済的威圧にどれだけ弱いのか――脆弱性を計測する新たな指標
/ 早川 和伸・椋 寛・山ノ内 健太
地政学的リスクが高まるなか、各国は効率性に基づいた国際分業を進めるだけでなく、政治的に非友好的な国からの経済的威圧等によって貿易関係が途絶するリスクにも備えた貿易体制を構築することが急務となっている。そのためには、各国の現状の貿易パターンが地政学的リスクに対してどの程度脆弱であるかを定量的に把握する必要がある。そこで本稿では、品目別に非友好国からの輸入途絶や経済的威圧に対する「脆弱度」を測り、さらにそれを国レベルで集計した新たな指標を構築したい(詳しい計算方法は補論を参照)。
2026/02/13
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2055年に向けた体制の立て直し――ラオス人民革命党第12回大会
/ 山田 紀彦
2026年1月6~8日にかけて、ラオス人民革命党第12回全国代表者大会(党大会)が、全国の党員約42万人を代表する834名(女性123名)が参加して開催された。5年に一度開かれる党大会では、今後5年間の党路線や国家建設方針を定めた「政治報告」が提示され、その実施を担う新執行部が選出される。したがって党大会はラオスでもっとも重要な政治イベントである。第12回党大会のポイントは大きく3つに整理できる。第1は、党支配や国家建設にとって重要な節目で開催されたことである。今大会は党にとってどのような位置づけにあったのか。第2は、1972年の第2回党大会以来54年ぶりに「政治綱領」が策定され、党創立100周年にあたる2055年までのビジョンが掲げられたことである。なぜいま党は「政治綱領」を国民に示す必要があったのか。またそれはどのような内容なのか。第3は、執行部人事である。国民の最大の関心は80歳と高齢のトーンルン党書記長の再任の有無と、執行部の世代交代にあった。今回の人事からはどのような特徴がみえるのか。以下、第12回党大会の概説を通じてそれぞれの問いに答えていく。
2026/02/10
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過渡期のバングラデシュ――7月政変から第13回総選挙に向かって
/ 松浦 正典
バングラデシュでは、2024年7月から8月にかけて発生した政変(以下、7月政変)以降初の第13回国民議会総選挙が2026年2月12日に実施される予定である 。7月政変以降、ムハンマド・ユヌス(以下ユヌス)首席顧問を中心に成立した暫定政権はシェイク・ハシナ(以下ハシナ)前政権の政治体制から大きな転換を図り、政策金利引き上げなどの経済政策を実施してきた。本稿では暫定政権による政治・経済改革と外交状況をまとめ、総選挙に向けた各党の動きと総選挙の要点を検討する。
2026/02/06
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(世界はトランプ関税にどう対応したか)第8回 タイ――経済と安全保障のリンケージ
/ 塚田 和也
2025年に発足した第2次トランプ政権は、米国の巨額な貿易赤字を「国家安全保障に対する脅威」と位置づけ、世界各国に対して「相互関税」(Reciprocal Tariff)を軸とする強硬な通商圧力を展開した。タイも当然のようにその標的となり、また相互関税をめぐる交渉の過程ではタイとカンボジアの国境紛争がとりあげられ、経済と安全保障に関する複雑なリンケージが顕在化した。本論では、タイの対米貿易黒字、交渉の経緯と枠組み合意に対する国内評価、米国が関税交渉と地域の国境紛争を結び付けた背景などを論じることで、タイの置かれている状況を整理したい。
2026/02/03
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(世界はトランプ関税にどう対応したか)第7回 メキシコ――駆け込み輸出とUSMCAの恩恵
/ 橋口 義彦
2025年3月、不法移民や合成麻薬フェンタニルの国内への流入を理由に、米国のトランプ大統領は、米国・メキシコ・カナダ協定(United States-Mexico-Canada Agreement:以下、USMCA)の原産地規則(Rules of origin)を満たさないメキシコからの輸入品に対して25%の追加関税を発動した。メキシコ経済は米国に強く依存している。2023年時点で、全輸出額の約8割を対米輸出が占めており、それはGDPの約30%に相当する。そのため、メキシコは追加関税を是が非でも回避する必要があり、また、関税が発表された当初、IMFや世界銀行もメキシコの輸出が停滞することを予想していた。しかし、7月までのメキシコの対米貿易の推移をみると、輸出の減少は4月のみで、むしろ全体では前年よりも輸出は増加している(図1)。それでは、なぜ追加関税はメキシコの貿易にマイナスの影響をそれほど与えなかったのか。本稿では現在までのトランプ関税の流れとUSMCAを概説し、関税発動前の駆け込み輸出、USMCAの枠組み維持による貿易転換効果、USMCAに基づく特恵関税利用の拡大、の以上3点を追加関税の悪影響を緩和した理由として指摘する。
2026/01/23
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混迷するイランの抗議運動と情報収集の壁――何が情勢把握を困難にしているのか
/ 松下 知史
昨年末にイランで発生した大規模抗議運動は、本記事執筆時点で4週目に入った。この運動は、物価高騰と通貨価値の急落による経済的不満を背景に、首都テヘランのバーザール商人らによるストライキを発端として始まり、短期間のうちに全国規模の抗議の波へと拡大した。国際社会の厳しい経済・金融制裁による国民経済の長期的困窮のなかで、こうした経済改革の訴えはかつての大規模抗議運動(2017年、2019年)の再来を予感させるものであり、幅広い国民の支持を獲得しやすいテーマであった。イランの体制は当初、全国民を対象とする現金給付を含む緊急経済対策を打ち出すなど、一定の融和姿勢を示していた。しかし、運動の拡大と一部での過激化・暴力化、さらには全国的な反体制運動へと変質していく過程で、体制は抗議者を「暴徒」や「テロリスト」「外国勢力の手先」と位置付け、弾圧を強化している。その結果、イランは、抗議者と治安部隊の双方に多数の死傷者を出す、極めて深刻な政治的危機に直面している。
2026/01/21
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(世界はトランプ関税にどう対応したか)第6回 ラオス――出鼻をくじかれる対米輸出
/ ケオラ スックニラン
内陸国ラオスにとって、主要な輸出先は国境を接するタイ、中国とベトナムである。この3 国への輸出総額は、2000年、2010年、2019年、2023年にかけて、約5億、40億、116億、165億ドルと伸び続けている。これに対して、アメリカへの輸出は同じ期間に、約1000万、7000万、1億6000万、3億5000万ドルと伸び悩んだ。アメリカへの輸出が伸びなかった最大の理由は一般特恵関税制度(General Systems of Preferences: GSP)が認められなかったことにある。GSPとは先進国が開発途上国からの輸入品に対して通常より低い関税(多くの場合ゼロ)を一方的に適用する制度である。ラオスは2005年に、ほとんどの国に認められるアメリカの正常貿易関係(Normal Trade Relations: NTR)を享受したが、GSPはおもにラオスがアメリカの要求している労働組合結成の自由を受け入れなかったため、今日に至るまで対象外のままである。1997年にGSPを取得した隣国のカンボジアが10年余りで東南アジアにおけるアメリカ向けの主要な輸出拠点に変貌したのと対照的に、ラオスの世界最大市場へのリーチは低空飛行の状態が続いた。
2025/12/25
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ノーベル平和賞受賞の栄光と米国トランプ政権の軍事圧力に揺れるベネズエラ
/ 坂口 安紀
ベネズエラは、ノーベル平和賞受賞の栄光と軍事攻撃の脅威という相反するふたつの状況下で、激動の2025年末を迎えようとしている。12月10日、オスロでノーベル平和賞が、ベネズエラの民主化闘争を主導するマリア・コリナ・マチャドに授与された。1年以上国内に潜伏して逮捕を逃れ、出国禁止命令を受けている彼女が無事にオスロに到着できるのかが注目されたが、命をかけた脱出劇のすえ、式典には数時間遅れたものの無事オスロにたどり着いた。その一方、米国のトランプ政権がニコラス・マドゥロ独裁政権への軍事圧力を日に日に強めており、なんらかの軍事行動がいつ始まってもおかしくないほど緊張が高まっている。ベネズエラではいったい何が起きているのか、本報告ではこれらの背景についてみていく。
2025/12/23
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(世界はトランプ関税にどう対応したか)第5回 フィリピン――「特別な関係」が根底に
/ 鈴木 有理佳
フィリピンに対するアメリカの相互関税は税率19%に落ち着いた。ただフィリピン政府によれば、2025年11月末時点で交渉はまだ継続しており、最終合意に至っていない。税率19%は4月当初に公表された税率17%より引き上げられた形になったが、そもそも相互関税のフィリピン経済への影響は限定的と見込まれ、それがフィリピン政府の判断を後押ししたと考えられる。加えて、両国は軍事的に同盟関係にあり、安全保障の問題も交渉の議題に上がっていたと推察される。この両国の「特別な関係」は、今回の相互関税においてフィリピンを必ずしも優遇しないものの、フィリピンの防衛力強化とアメリカの継続的な関与を見据えたトランプ流の取引が行われているように見える。
2025/12/23