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2024年ウルグアイ大統領選挙──勝者なき選挙結果と決選投票の見通し
/ 中沢 知史
「熱狂も、サプライズもない選挙」──2024年10月27日、奇しくも日本の衆議院議員選挙と同日に南米南部のウルグアイ(人口約344万人、登録有権者数約272万人)で行われた大統領・上下両院議員選挙についての第一印象は、このように要約できる。実際、選挙結果はほぼ事前の下馬評どおりで、いずれの候補も当選に必要な50%超の票を得られず、11月24日(日)に得票上位2名による決選投票が行われることが決まった。後述するように、決選に残ったアルバロ・デルガド(与党)とシャマンドゥ・オルシ(野党)の両名とも、所属する政治勢力の既成路線を踏襲する、やや新鮮味に欠ける候補である。当初から接戦が確実視されていたため、失点しないよう慎重に互いをけん制してきたことも、選挙キャンペーンが盛り上がらなかった原因であろう。
2024/11/20
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第2次トランプ政権が掲げる関税引き上げは世界経済と日本に何をもたらすか
/ 磯野生茂・熊谷聡・早川和伸・後閑利隆・ ケオラ・スックニラン・坪田建明・久保裕也
2024年11月の米大統領選挙において、共和党候補のドナルド・トランプ前大統領が民主党のカマラ・ハリス候補を破り再選を決めた。トランプ次期大統領は、第2次政権では中国製品に対する60%以上の関税と、その他の国々に対する最大20%の関税を導入することを掲げている。これは2018年から2019年にかけて実施された第1次トランプ政権の対中関税政策をさらに強化し、中国以外のすべての国にも新たな関税を課すものである。本稿では、この関税政策が実施された場合の世界経済と日本への影響について、アジア経済研究所の経済地理シミュレーションモデル(IDE-GSM)を用いた分析結果を報告する。
2024/11/18
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専攻医たちはなぜ職場を去ったのか?――医大定員の増員計画にみる韓国医療の問題
/ 渡邉 雄一
韓国では現在、大学医学部の定員増加をめぐって政府と医療界の対立が長期化し、医療現場では混乱が続いている。事の発端は今年2月初めに、政府が医大の定員拡大を含む、必須医療(産婦人科、小児科、救急医療など)と地域医療の強化策を発表したことであった。将来的な医師不足 を理由とする医大定員の増員は、必須医療や地域医療を担う人材の拡充にとって中心的な施策と位置付けられた。
しかし、現在3000人ほどの入学定員を5年間にわたって毎年2000人増員するという大胆な計画であったため、医療界はこれに対して猛反発した。とりわけ、専攻医(日本の研修医に相当する)らが集団で辞表を提出して一斉に職場を離脱したほか、医大生の多くも授業をボイコットしたり、休学届を提出したりして抗議の意を表明した。
2024/10/17
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モザンビーク2024年総選挙にみる有権者からのシグナル
/ 網中 昭世
モザンビークでは、ポルトガルからの独立解放闘争を率いたモザンビーク解放戦線(FRELIMO)が、1975年の独立以降、今日に至るまで政権与党の座にある。現在の野党第一党は、独立後まもなく反政府組織として結成され、FRELIMO政府との内戦(1977~1992年)の当事者であったモザンビーク民族抵抗(RENAMO)である。RENAMOの政党化と複数政党制の導入は和平合意の条件であり、1994年の総選挙以来、競争的選挙を実施してきた。しかし、独立からほぼ半世紀、内戦終結後の民主化から30年を経て、解放政党というFRELIMOの正統性は薄れ、同党の一党優位に挑戦するというRENAMOの正当性もまた過去のものとなりつつある。今や、同国の二大政党は既得権益層と見られ、FRELIMOとRENAMOの党名を文字って「FRENAMO」と揶揄されている。
2024/10/08
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(2024年インド総選挙)第5回 第3期モディ政権下のインド経済の課題
/ 佐藤 創・辻田 祐子
モディ首相率いるインド人民党(BJP)は、今回の選挙公約のなかで、政権を担当した2014年からの10年間でインドを世界第11位から第5位の経済に成長させた実績を強調し、2047年までに先進国とするための基礎を次の5年間で築くと訴えた 。選挙公約として掲げられた24項目からなる「モディの約束」には、貧困層や若年層などの社会階層に関する項目、中小企業や製造業などの産業に関する項目、ガバナンスや教育、技術などの社会全体に関わる項目など多様な内容が含まれている。
しかし、BJPは周知のとおり今回の選挙で大幅に議席を減らしており、この選挙結果に関する分析をみると、物価高騰と雇用・失業問題に対する対応への不満がそのおもな原因として指摘されている 。国内総生産を含む国民経済計算の集計や推計についての疑義が論じられるなど基本的な諸統計に依拠することに留保が必要ななかで 、経済という観点からの課題を論じることには難しさが伴うところがある。そのような制約に留意しつつ、現在のインド経済が抱えている課題について整理したい。
2024/09/06
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「司法介入」によるタイの首相交代――誰が何を目指し動いたのか?
/ 青木(岡部)まき
2024年8月、タイの政局は2件の司法判決により大きく動いた。7日に憲法裁判所は革新派野党・前進党(Move Forward Party)の解党を命じ、党首以下幹部11人の公民権を10年間停止した。さらに14日、憲法裁判所は4月に行われた内閣改造人事が憲法の定める倫理規定に違反したと判断し、セーター首相に対し解職の判決を下した 。セーター失職を受けた連立与党は15日、その筆頭であるタイ貢献党(Pheu Thai Party)の党首でタクシン元首相の次女ペートーンターン・チンナワットを新たな首相候補とすることで合意した。ペートーンターンは翌16日の国会下院特別会議で下院議員319人(総数500人)の支持を得て第31代首相に選出された。
今回の首相交代劇は、一見すると政局が大きく転換したかのような印象を受けるが、革新派対保守派の政治対立や司法機関の政治介入という構造そのものに変化はない。以下では首相交代の背景について論じたうえで、今後も保守派による「司法介入」のリスクが続く可能性を指摘する。
2024/09/05
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ハシナ政権の崩壊──バングラデシュの政治・経済はどこに向かうのか
/ 松浦(神成)正典
バングラデシュで大規模な反政府運動が発生した。これを受け、2024年8月5日にシェイク・ハシナ首相はバングラデシュを脱出し、ハシナ首相率いる現政権は崩壊した。ハシナ首相は、アワミ連盟(AL)の党首として2009年から政権の座に就いていたが、今回の反政府運動によって、約15年間続いた政権に幕が下りたことになる。本稿ではハシナ政権崩壊の背景と経緯を解説し、そして今後バングラデシュの政治経済はどのように変わっていくのか考察したい。
2024/08/27
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(2024年インド総選挙)第4回 第3期モディ政権の外交課題と展望
/ 伊藤 融
2024年総選挙の結果、モディ政権は3期目に入った。これまでと異なり、モディ首相のインド人民党(BJP)単独では連邦下院の過半数に達しない勢力図のなかでは、連立を組む地域政党の発言権が大きくなるのは当然である。与党連合の国民民主連合(NDA)でカギを握るアーンドラ・プラデシュ(AP)州のテルグー・デーサム(TDP)やビハール州のジャナター・ダル統一派(JDU)は早速、自州を税財政上優遇する特別カテゴリーの州に指定するか、多額の財政支援を行うよう求めた。またモディ政権が導入した軍の任期制採用制度「アグニパト」や、BJPがヒンドゥー国家建設の道として掲げる統一民法典制定にも懐疑的な立場を示している。現政権を維持するつもりならば、これらの要求に耳を傾けざるをえない。実際、7月23日に発表された連邦予算案は、両州への「利益誘導」が露骨であった 。
2024/08/26
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(2024年インド総選挙)第3回 モディ政権3期目の課題──分断を乗り越え、民主主義を取り戻せるか?
/ 中溝 和弥
2014年の政権掌握以来、モディ政権はあらゆる方法を用いてインド民主主義を切り崩してきた。民主主義体制が権威主義体制に移行する過程を検証した『民主主義の死に方』で知られるレビツキーとジブラットは、独裁者を見極めるための行動パターンとして、次の四つをあげる。第一に、ゲームの民主主義的ルールを言葉や行動で拒否しようとする。第二に、対立相手の正当性を否定する。第三に暴力を許容・促進する。第四に、対立相手(メディアを含む)の市民的自由を率先して奪おうとする。これらの特徴は、モディ政権の2期10年でいずれも見出すことができる。
2024/08/21
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ベネズエラ2024年大統領選挙――2つの相反する「選挙結果」
/ 坂口 安紀
2024年7月28日、ベネズエラで大統領選挙が実施された。その結果をめぐり、現職と対立候補の間で激しい争いが生じている。選挙管理委員会(以下「選管」)は翌日未明に、2013年以来政権を支配するニコラス・マドゥロが51.2%、反政府派連合の統一候補エドムンド・ゴンサレスが44.2%の得票率で、マドゥロが再選を決めたと発表した。しかしその直後、反政府派連合を率いる元国会議員マリア・コリナ・マチャドが会見を開き、40%の集計時点でゴンサレスが70%を得票しており、次期大統領候補に選出されたのはゴンサレスであると主張し、その証拠を公表すると発表したのである(Tagliafico 2024)。
2024/08/09
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(2024年インドネシアの選挙)第7回 プラボウォ政権への移行期政治
/ 本名 純
2月の大統領選挙と議会選挙を経て、プラボウォ・スビアント新政権の誕生を10月に控えるなか、インドネシアの政治は約8カ月の長い政権移行期の最中にある。10年前のユドヨノ政権からジョコ・ウィドド(通称ジョコウィ)政権への移行は、7月に大統領選挙を行ったため、3カ月という短い期間であった。今回の移行期間は異例の長さであり、新たな政治力学を生む契機となっている。その展開は、プラボウォ政権の展望を大きく左右する。本稿は、今の移行期政治を特徴づける3つの政治的駆け引きを考察したい。第一に、ジョコウィの退任後の政治力の温存をめぐる駆け引き。第二に、プラボウォ政権の連立与党形成に向けた駆け引き。第三に、統一地方首長選挙を睨んだ駆け引きである。
2024/07/25
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(2024年インド総選挙)第2回 選挙結果の分析──インド人民党の大幅な後退
/ 近藤 則夫
インドの第18次連邦下院議員選挙が6月4日に一斉開票された。結果は事前の予想と大きく異なり、ナレンドラ・モディ首相率いるインド人民党(BJP)は 前回2019年の303議席から今回は過半数にみたない240議席へと大きく後退した。BJPが率いる国民民主連合(NDA)は前回の352議席から293議席となった。一方、インド国民会議派(以下、「会議派」)を中心とする選挙連合は2019年の統一進歩連合(UPA)としては91議席であったが、2023年7月に結成されたINDIA 連合(Indian National Developmental Inclusive Alliance,インド国民発展包括連合)は232議席を確保した。会議派は前回の52議席から今回の99議席へ勢力を回復した。
2024/07/18
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(2024年インドネシアの選挙)第6回 政治YouTuberの台頭とインドネシアの民主主義
/ 見市 建
ジョコ・ウィドド(ジョコウィ)大統領の2期10年が任期満了を迎えようとしている。2014年に「初の庶民出身」として大統領に就任したジョコウィは、経済開発の成果や頻繁な現場視察などによる国民へのアピールによって、高い支持率を維持し続けた。他方で、情報および電子取引法(ITE法)の濫用によって、ソーシャルメディア上で政府や大統領を批判した人物が逮捕されるケースが頻発するなど、自由な言論空間たる市民社会の活動が制限された。とくに大統領の側近であるルフット・パンジャイタン海事・投資担当調整大臣の資源ビジネスへの関与を批判した2人のNGO活動家が、2021年にITE法違反で刑事告訴された事件は象徴的だった(2024年1月8日に無罪判決)。アムネスティ・インターナショナルによれば、この事件を含め、2021年1月から12月の間に人権活動家に対する367件の起訴や逮捕、暴力、脅迫があり、そのうち100人以上がITE法違反で告訴されたという。こうしたことから、ジョコウィ政権の2期目には多くの研究者がインドネシアの民主主義は後退しているとみなすようになった。
2024/07/16
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(2024年インドネシアの選挙)第5回 ティックトックの政治化は民主主義を空洞化するのか?
/ 岡本 正明・八木 暢昭・久納 源太
インドネシアの2024年大統領選挙においては、3組の正副大統領候補(アニス・バスウェダン=ムハイミン・イスカンダル、プラボウォ・スビアント=ギブラン・ラカブミン・ラカ、ガンジャル・プラノウォ=マフッド・MD)が出馬し、プラボウォ=ギブラン組が6割近い得票率で勝利した。プラボウォ=ギブランが、8割近い支持率を有する現職大統領ジョコ・ウィドド(以下、ジョコウィ)の後継者とみなされたことが勝利の一番の要因である。そもそも、副大統領となるギブランは、ジョコウィの長男である。法的には40歳以上しか正副大統領候補になれないにもかかわらず、ジョコウィの義弟が長官を務める憲法裁判所が地方首長経験者であれば例外を認めるという判決を下すことで、36歳でソロ市長をしていたギブランが副大統領候補になることができた。選挙キャンペーンでは、大統領活動資金のバラマキが行われ、国家機構にはプラボウォ=ギブランを支持する動きもあった。こうした司法・行政・国家財政の動員は、民主的に選ばれた大統領が民主主義の価値を掘り崩す動きとみなされ、一部の学生や知識人からは強い批判が行われた。しかし、こうした民主主義の衰退への懸念の高まりは、プラボウォ=ギブランのペアへの支持率を下げるほどではなかった。ギブランがプラボウォの副大統領候補となったことで、プラボウォの支持率が上がりさえした。
2024/07/01
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(2024年インドネシアの選挙)第4回 ナフダトゥル・ウラマー新議長の「政治的中立」
/ 茅根 由佳
2024年2月に実施されたインドネシアでの大統領選挙は、大方の予想どおり、ジョコ・ウィドド(以下、ジョコウィ)大統領の支持を得たプラボウォ・スビアントの勝利に終わった。選挙戦も比較的平穏であった。宗教的アイデンティティが前面に出され、インドネシア社会の分極化が危惧された2019年選挙とは対照的な展開であった。
2024/06/21