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(世界はトランプ関税にどう対応したか)第7回 メキシコ――駆け込み輸出とUSMCAの恩恵
/ 橋口 義彦
2025年3月、不法移民や合成麻薬フェンタニルの国内への流入を理由に、米国のトランプ大統領は、米国・メキシコ・カナダ協定(United States-Mexico-Canada Agreement:以下、USMCA)の原産地規則(Rules of origin)を満たさないメキシコからの輸入品に対して25%の追加関税を発動した。メキシコ経済は米国に強く依存している。2023年時点で、全輸出額の約8割を対米輸出が占めており、それはGDPの約30%に相当する。そのため、メキシコは追加関税を是が非でも回避する必要があり、また、関税が発表された当初、IMFや世界銀行もメキシコの輸出が停滞することを予想していた。しかし、7月までのメキシコの対米貿易の推移をみると、輸出の減少は4月のみで、むしろ全体では前年よりも輸出は増加している(図1)。それでは、なぜ追加関税はメキシコの貿易にマイナスの影響をそれほど与えなかったのか。本稿では現在までのトランプ関税の流れとUSMCAを概説し、関税発動前の駆け込み輸出、USMCAの枠組み維持による貿易転換効果、USMCAに基づく特恵関税利用の拡大、の以上3点を追加関税の悪影響を緩和した理由として指摘する。
2026/01/23
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混迷するイランの抗議運動と情報収集の壁――何が情勢把握を困難にしているのか
/ 松下 知史
昨年末にイランで発生した大規模抗議運動は、本記事執筆時点で4週目に入った。この運動は、物価高騰と通貨価値の急落による経済的不満を背景に、首都テヘランのバーザール商人らによるストライキを発端として始まり、短期間のうちに全国規模の抗議の波へと拡大した。国際社会の厳しい経済・金融制裁による国民経済の長期的困窮のなかで、こうした経済改革の訴えはかつての大規模抗議運動(2017年、2019年)の再来を予感させるものであり、幅広い国民の支持を獲得しやすいテーマであった。イランの体制は当初、全国民を対象とする現金給付を含む緊急経済対策を打ち出すなど、一定の融和姿勢を示していた。しかし、運動の拡大と一部での過激化・暴力化、さらには全国的な反体制運動へと変質していく過程で、体制は抗議者を「暴徒」や「テロリスト」「外国勢力の手先」と位置付け、弾圧を強化している。その結果、イランは、抗議者と治安部隊の双方に多数の死傷者を出す、極めて深刻な政治的危機に直面している。
2026/01/21
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(世界はトランプ関税にどう対応したか)第6回 ラオス――出鼻をくじかれる対米輸出
/ ケオラ スックニラン
内陸国ラオスにとって、主要な輸出先は国境を接するタイ、中国とベトナムである。この3 国への輸出総額は、2000年、2010年、2019年、2023年にかけて、約5億、40億、116億、165億ドルと伸び続けている。これに対して、アメリカへの輸出は同じ期間に、約1000万、7000万、1億6000万、3億5000万ドルと伸び悩んだ。アメリカへの輸出が伸びなかった最大の理由は一般特恵関税制度(General Systems of Preferences: GSP)が認められなかったことにある。GSPとは先進国が開発途上国からの輸入品に対して通常より低い関税(多くの場合ゼロ)を一方的に適用する制度である。ラオスは2005年に、ほとんどの国に認められるアメリカの正常貿易関係(Normal Trade Relations: NTR)を享受したが、GSPはおもにラオスがアメリカの要求している労働組合結成の自由を受け入れなかったため、今日に至るまで対象外のままである。1997年にGSPを取得した隣国のカンボジアが10年余りで東南アジアにおけるアメリカ向けの主要な輸出拠点に変貌したのと対照的に、ラオスの世界最大市場へのリーチは低空飛行の状態が続いた。
2025/12/25
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ノーベル平和賞受賞の栄光と米国トランプ政権の軍事圧力に揺れるベネズエラ
/ 坂口 安紀
ベネズエラは、ノーベル平和賞受賞の栄光と軍事攻撃の脅威という相反するふたつの状況下で、激動の2025年末を迎えようとしている。12月10日、オスロでノーベル平和賞が、ベネズエラの民主化闘争を主導するマリア・コリナ・マチャドに授与された。1年以上国内に潜伏して逮捕を逃れ、出国禁止命令を受けている彼女が無事にオスロに到着できるのかが注目されたが、命をかけた脱出劇のすえ、式典には数時間遅れたものの無事オスロにたどり着いた。その一方、米国のトランプ政権がニコラス・マドゥロ独裁政権への軍事圧力を日に日に強めており、なんらかの軍事行動がいつ始まってもおかしくないほど緊張が高まっている。ベネズエラではいったい何が起きているのか、本報告ではこれらの背景についてみていく。
2025/12/23
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(世界はトランプ関税にどう対応したか)第5回 フィリピン――「特別な関係」が根底に
/ 鈴木 有理佳
フィリピンに対するアメリカの相互関税は税率19%に落ち着いた。ただフィリピン政府によれば、2025年11月末時点で交渉はまだ継続しており、最終合意に至っていない。税率19%は4月当初に公表された税率17%より引き上げられた形になったが、そもそも相互関税のフィリピン経済への影響は限定的と見込まれ、それがフィリピン政府の判断を後押ししたと考えられる。加えて、両国は軍事的に同盟関係にあり、安全保障の問題も交渉の議題に上がっていたと推察される。この両国の「特別な関係」は、今回の相互関税においてフィリピンを必ずしも優遇しないものの、フィリピンの防衛力強化とアメリカの継続的な関与を見据えたトランプ流の取引が行われているように見える。
2025/12/23
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2025-2026年ミャンマー総選挙――正当性なき国軍主導の民政移管へ
/ 渡邊 康太
ミャンマーでは、2025年12月28日から2026年1月25日にかけて、総選挙が実施される。現行の2008年憲法の下で行われる4回目の総選挙であるとともに、国軍がアウンサンスーチー氏(以下、スーチー氏)を含めた国民民主連盟(NLD)幹部を不当に拘束し、全権を掌握した2021年クーデター以後初めての総選挙となる。今回の総選挙は、NLDが圧勝した直近2回の総選挙(2020年および2015年)とは大きく異なり、国軍主導の下、NLDが実質排除されたなかで実施される。民主派の並行政府として、クーデター直後から国軍への抵抗運動を率いてきた国民統一政府(NUG)は、国軍主導の総選挙に何ら正当性はないと厳しく批判している。国民の間でも、民主体制を転覆し、5年間にわたって徹底的な弾圧と暴力行為を続けたうえ、生活困窮を招いた国軍に対する拒否感はこの上なく強い。
2025/12/19
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インフレとエルドアン政権――トルコにおける政治と経済の相互作用
/ 間 寧
エルドアン政権が2023年6月に本格的なインフレ抑制政策へ転換してから、まもなく2年半が経つ。しかし、インフレ率が実際に低下し始めたのは、政策開始から約1年後の2024年7月であり(図1)、その後もインフレ低下のペースは鈍いままである。2025年10月時点でもインフレ率は年率33%であり、政府・中央銀行の予測(事実上の目標値)どおり2026年末に年率15%へ半減させることは困難と見る専門家が多い。さらに、インフレ率が下がりにくくなる「粘着化」も指摘されている。本稿では、こうしたインフレがなぜ解消しないのか、その「しぶとさ」の主因を整理する。
2025/12/19
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クルスク派兵によるロシアとの関係強化
/ 中川 雅彦
ロシア軍のクルスク奪還戦闘に対する朝鮮民主主義人民共和国(以下、朝鮮)の軍隊の派遣に関する情報は2024年10月17日にウクライナ政府および韓国国家情報院によって発表された。そして、2025年4月26日にロシア軍のクルスク奪還戦闘が終了すると、28日に朝鮮側もロシア側も、朝鮮のクルスク派兵が事実であることを認めた 。さらに、2025年8月22日にYouTubeに掲載された平壌の朝鮮中央テレビの報道「朝鮮人民軍海外作戦部隊指揮官・戦闘員たちのための祝賀公演」によって、クルスク派兵に関する金正恩の決定は2024年8月28日に下され、10月から派兵が実施されたことなどが明らかにされた。ここでは、この朝鮮のクルスク派兵についてその目的を明らかにしたうえで、派兵された部隊の内容についてこれまでわかったことを示してみよう。
2025/12/10
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香港立法会選挙――「愛国者」たちの「中国式」競争――
/ 倉田 徹
12月7日、香港では4年に一度の立法会(議会)選挙が行われる。立候補受付は11月6日に締め切られ、90議席を争う選挙戦が展開されている。 2020年の香港国家安全維持法(国安法)制定により、抗議活動や反政府的な言論は姿を消した。すでに前回2021年の選挙から、政権が事実上自由に候補者を排除できる制度が導入されており、もはや民主派が政権に挑戦する姿はない。すべて政府公認の「愛国者」候補のみで行われるこの選挙が、世界的ニュースとして大きく注目されることはないであろう。しかし、そのような「中国式」選挙だからこそ、そのアレンジには、政権の意図が直接反映されている。選挙過程の観察を通じ、我々は北京の香港に対する見方、香港の政治・社会の現状、そして「中国式」政治体制の本質を垣間見ることができる。
2025/12/04
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ホンジュラス大統領選挙――三党鼎立の闘い
/ 浜端 喬
11月30日、中米ホンジュラスで総選挙(大統領選挙、国会議員選挙、中米議会議員選挙、市長選挙、市議会議員選挙)が実施される。1982年の民政移管以降、ホンジュラスの大統領職は自由党と国民党によって独占されてきた。しかし、前回2021年選挙ではリブレ党所属のシオマラ・カストロ現大統領が当選し、これまでの二大政党制に初めて風穴を開ける形となった。今回の選挙で、ホンジュラス国民はリブレ党による政権運営の継続を支持するのか、あるいは従来の二大政党制への回帰を選択するのか。本稿では大統領選挙に焦点を当て、主要三政党の候補者を概観したのち、争点を整理し、選挙後の展望を検討する。
2025/11/25
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(世界はトランプ関税にどう対応したか)第2回 トランプ2.0が世界の対米輸出に与えた影響――相互関税導入前まで
/ 早川 和伸
2025年1月、米国に第2次トランプ政権が発足し、世界中に関税の嵐が吹き荒れている。トランプ2.0における追加関税は、トランプ1.0時に比べ、ほとんどすべての国に対して、そしてほとんどすべての製品に対して課せられる、という点で大きな違いがある。また、近い将来、さらに追加関税率が上がるかもしれないという「見込み」も対米輸出に影響を及ぼしている。とくに、4月9日から導入予定であった相互関税率の実施が90日間延期されたことは、3カ月後により大きな追加関税が課されるという「見込み」を形成した。そこで本稿では、実際にこの相互関税率が課され始める8月より前となる、7月までの対米輸出について、その事後評価結果を紹介する。
2025/10/31
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2025年アルゼンチン中間選挙における「3分の1」の意味
/ 菊池 啓一
アルゼンチンでは、2025年10月26日に定員257名の下院の半数と定員72名の上院の3分の1を改選する国会議員選挙が行われる。同選挙は2023年に誕生したハビエル・ミレイ政権が初めて経験する中間選挙であり、上院においても下院においても議席数の少ない与党の「自由前進」にとって極めて重要な選挙である。
2025/10/23
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(世界はトランプ関税にどう対応したか)第1回 総論――第2次トランプ政権の関税政策の衝撃と世界経済
/ 磯野 生茂
2025年に発足した第2次トランプ政権は、通商政策において第1次政権時以上に急進的かつ制度外的な手法を採用し、国際経済秩序に深刻な揺らぎをもたらしている。強硬な数値目標は大統領選挙戦の段階から前面に出ていた。トランプ氏は選挙中、再選後に全輸入に10〜20%の包括関税を課し、対中輸入には60%の追加関税を上乗せする構想を繰り返し示唆していた。当時は「トランプ氏がどの程度本気かはわからず、実際に高い関税を課すのは中国中心で、他国向けの包括関税は通商交渉のカードにとどまるのではないか」という見立ても有力であった(Bade 2024)。
2025/10/21