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コラム
第82回 児童婚撲滅プログラムの効果
Impacts of Interventions to End Child Marriage
PDF版ダウンロードページ:https://hdl.handle.net/2344/0002001026
2024年6月
(3,233字)
正誤表 (153KB)
今回紹介する研究
Nina Buchmann, Erica Field, Rachel Glennerster, Shahana Nazneen, and Xiao Yu Wang, 2023. “A Signal to End Child Marriage: Theory and Experimental Evidence from Bangladesh,” American Economic Review 113 (10): 2645–2688.
児童婚は18歳未満の結婚と定義され、ユニセフによると世界中の5分の1の女性がその対象となっている。本研究の舞台、バングラデシュをはじめ多くの国では児童婚は違法だが、あまり実効性がないこともよく知られている。児童婚は男女を問わず対象となりうるが、圧倒的に女子がその被害者になりやすく、ジェンダー平等を謳ったSDGsのターゲット5.3で撲滅が目指されている。脱法行為が蔓延していることに鑑み、国際機関やNGOが児童婚撲滅のためのプログラムを実施し、ランダム化比較試験(RCT)による厳格なインパクト評価が試みられてきたが、どのようなプログラムがより効果的かは未だにコンセンサスがない。
このようなプログラムは主に2つに分けることができる。(1)条件付き現金(物)給付、(2)女子を対象にしたエンパワーメントプログラム、である。本研究は、(1)と(2)それぞれのインパクト評価をしたうえで、実証結果を整合的に説明する理論モデルを提案している。
児童婚撲滅プログラムの効果
本研究が実施したプログラムは、(1)15~17歳女子を対象にした未婚を条件とする現物給付、(2)10~19歳女子を対象にしたエンパワーメントプログラムの2つだ。バングラデシュ中南部の460村を、3つの処置村と1つの対照村にランダムに分けた。3つの処置村では、(1)のみ、(2)のみ、(1)と(2)の両方、のいずれかが実施され、対照村では何も実施されなかった。処置村と対照村は平均すれば同じような村の集合なので、仮にプログラム終了後に両者のあいだで、女子の児童婚率や結婚年齢に違いがでたならば、プログラムの効果だと推論するという考えだ。
まず(1)の大要だ。15~17歳の女子が未婚のままでいるかどうかを4カ月ごとに確認し、未婚であれば現物、具体的には料理油が給付された。年に換算して約16USドルの価値をもつ。女子が18歳の誕生日を迎えるまで受給資格があり、29カ月続けられた。次に(2)の大要だ。実施された村に住む10~19歳の女子であれば誰でもエンパワーメントプログラムへの参加資格が与えられた。こういったエンパワーメントプログラムは、「ガールズクラブ」、もしくは「セーフスペース」を提供するもので、20人ぐらいの女子が集まって交流し、女性の権利や一般的・金融・リプロダクティブヘルスに関する知識を得るといった途上国によくあるものだ。プログラムは毎回1~2時間のものが週に5~6日実施され、33カ月続けられた。参加は自由だが、本プログラムでは93%の対象女子が少なくとも一度は参加したそうだ。
プログラム終了1年後と、4年半後に実施されたフォローアップ調査によって、両プログラムの効果が推定された。実証結果によると、(1)は児童婚を17%減らす効果のほか、10代の妊娠を7%減らす効果や、プログラム前に15歳だった女子の22歳時点での就学率を18%引き上げる効果が見られた。(2)の効果は見られなかったか、サンプルによっては逆に児童婚を増やす方向に働いた。ちなみに、(1)と(2)の両方が実施された場合の相乗効果は見られなかった。
実証結果を説明する理論
上記の実証結果をもって、本研究はそれを整合的に説明する理論モデルの構築を試みた。ところで、伝統的に経済学の実証研究では、まず理論モデルを構築し、理論から導き出される反証可能な仮説について、データを使って実証、もしくは反証する、という流れで論文が構成される。実際には実証結果が先にあって、それに合うように理論モデルを構築することもあるだろうが、それを堂々と公表することは稀であった。しかし最近では、トップジャーナルに掲載される開発経済学の研究でも、本研究のように実証結果を受けて理論モデルを構築、という構成をとるものが出てきており、今後はこういった研究も増えてくるかもしれない。
本研究に話を戻そう。本研究で提示された理論モデルは、Wahhaj(2018)のシグナリングモデルに近い。南アジアでは、妻のタイプとして、夫に従順であるといった家父長制に基づく伝統的な社会規範に従うことが好まれる。もちろん教育水準もある程度は重要な性質だろうが、夫に従順であることよりは評価されないことをモデルの仮定においている。縁談があった時点では、妻が従順であるかどうかは分からない。が、(2)エンパワーメントプログラムは夫に従順でない女子をおそらく増やすため、伝統的な社会規範に従う好まれるタイプの女子たちがそのことをアピールするために婚期を早める傾向になるというモデルの理論的帰結と、上の実証結果は整合的であるとしている。
均衡としての児童婚?
シグナリング仮説とは異なり、児童婚はそれが蔓延している社会、とりわけ親が結婚を決める社会では、結婚市場の均衡だという有力な仮説がある。たとえば、「魅力的」な縁談──「魅力的」とはバングラデシュ農村ではほぼ公務員男性との縁談を指す──が14歳の娘Aに来たとする。Aの理解ある両親が縁談を断ったとしても、結局は同じコミュニティの似たような娘Bの親がそれに応諾するだけである。Bの親もたいていは児童婚が娘にとって良くないことは知っているが、置かれた状況下、つまり娘が経済的に自立することが考えにくい社会では、この児童婚の縁談を受けることが娘の将来にとって最善であると判断し縁談に応じる。逆にAの親が断ったことによって、将来Aがより過酷な状況に置かれるかもしれない。これは「囚人のジレンマ」である。AもBもまた同じ結婚市場に参加するすべての娘とその両親が協力して縁談を断らない限り、断った娘とその両親がもっとも損な役回りとなってしまう、結局誰も断らない、という状況にある。
本研究は、この均衡仮説と実証結果が整合的でないと判断する。その理由として、もし均衡で説明できるとしたら、結婚市場を同じくする対照村の女子にも波及効果があるはずだということを挙げる。花婿の数は限定的でないだろうということも指摘する。しかし、本コラムの筆者はこれらの理由に懐疑的だ。女子の親が「魅力的」な縁談と判断するのは限られた花婿のみである。また、結婚市場において均衡点が変わるほど、つまり多くの女子とその親がこれまで「魅力的」と判断していた縁談を断ることができるくらいでないと、対照村の女子にまで波及効果を観察することは難しいと考える。本研究で使われた現物給付はちょっとしたものであり、均衡点を動かすほどではないだろう。また、本研究では、エンパワーメントプログラムに効果がなかった(もしくは逆に児童婚を増やす傾向にあった)ことがシグナリング仮説と整合的とするが、エンパワーメントプログラムについては同じバングラデシュ南部の農村でRCTを使ってインパクト評価をし、児童婚を減らす効果を実証した研究もある(Amin, Saha, and Ahmed 2018)。さらに、女子が夫に従順なタイプかどうか完全には観察不能である理由について、両親のタイプとも必ずしも一致しないことから予測が難しいということを挙げている。しかし、バングラデシュでは親が結婚を決め、娘が結婚市場で自分のタイプをアピール=シグナルすることも、娘の希望にしたがって親が代わりにアピールすることも考えにくい。と、課題点はいくつかあるが、いずれにしても、筆者を含めた多くの研究者の関心を惹きつけて止まない研究だと思う。
参考文献
- Amin, Sajeda, J. S. Saha, and J. A. Ahmed, 2018. “Skills-Building Programs to Reduce Child Marriage in Bangladesh: A Randomized Controlled Trial,” Journal of Adolescent Health 63 (3), September: 293–300.
- Wahhaj, Zaki, 2018. “An Economic Model of Early Marriage,” Journal of Economic Behavior and Organization 152, August: 147–176.
著者プロフィール
牧野百恵(まきのももえ) アジア経済研究所開発研究センター主任研究員。博士(経済学)。専門分野は開発経済学、家族の経済学。著書に『ジェンダー格差──実証経済学は何を語るか』(中公新書, 2023年)、主要論文に“Marriage, Dowry, and Women’s Status in Rural Punjab, Pakistan” (Journal of Population Economics, 2019), “Labor Market Information and Parental Attitudes toward Women Working Outside the Home: Experimental Evidence from Rural Pakistan”(Economic Development and Cultural Change, 2024)等。
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