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コラム

途上国研究の最先端

第6回 途上国の労働市場で紹介が頻繁に利用されるのはなぜか

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050594

2018年10月

今回紹介する研究

Rachel Heath. 2018. "Why Do Firms Hire Using Referrals? Evidence from Bangladeshi Garment Factories," Journal of Political Economy, 126(4): 1691–1746.

バングラデシュの縫製工場では、他の労働者の紹介によって雇用される労働者が35%を占めており、そのうちの65%は親戚、しかもその70%は拡大家族(住居をともにする叔父叔母やイトコといった近い親戚)間の紹介である。途上国一般において、労働者を雇う際にこのような紹介が頻繁に利用されている。縁故採用と同様、紹介される労働者の能力は平均して低いとの指摘があるにもかかわらず、雇用者がこのようなインフォーマルな紹介制度を利用するのはなぜか。途上国では、ハローワークのような公的な就労支援制度やウェブサイトや掲示板で公表される求人情報に応じるかたちでのフォーマルな就職活動は主流ではない。本研究は、他の労働者からの紹介があることで、紹介された労働者のモラルハザード問題を軽減できるという契約理論モデルを構築し、それにより導かれる仮説――紹介者と被紹介者の賃金に正の相関があり、両者の賃金が低い場合ほど相関が強い、被紹介者は紹介がない労働者より賃金上昇率が高いなど――をバングラデシュのデータを用いて実証している。本研究の強みは、紹介者と被紹介者の月ごとの賃金、勤務先、職種などを回顧パネルデータとして独自に収集・作成したことによって、同一工場内の紹介の存在、その影響を直接に把握できる点にある。
社会的ネットワークのなかで紹介が果たす役割

ここでいうモラルハザード問題とは、労働者の勤務態度や努力を雇用者が完全に観察し把握するには費用が非常に高くつくため、労働者は賃金に見合った努力をせずにさぼりがちになる、ということである。労働者の努力を観察できないなかで、雇用者が労働者に努力を促す方法として、その努力が成果に現れた際、それに応じて賃金を引き上げていく、という契約が考えられる。これが十分に機能しかつ労働コストを抑えるためには、雇い始め初期は賃金を低めておき、成果が認められた場合には引き上げる、という賃金体系にしなければならない。

ところが、初期の賃金は最低賃金より引き下げることができないため、労働者の努力を促すためには、雇用者は事後の賃金を労働生産性以上に引き上げる必要が出てくる。しかし、このような賃金スケジュールは労働コストを増大させる。仮に雇用期間が比較的長ければ将来の賃金を様々に設定することで、労働者に努力を促すことが可能になるかもしれないが、転職も頻繁にあり雇用期間が比較的短い途上国の多くの労働市場では、成果に応じて賃金に段階的に差異を設けて労働者の努力を促す、ということが難しい。

ここで、インフォーマルな紹介を含む社会的なネットワークが役割を果たす。社会的ネットワークの強制力をもってすれば、被紹介者である新しい入職者が努力を怠り成果が得られなかった場合には、紹介者がいったん金銭的なペナルティを負い、その分の補償を最終的には被紹介者に負担させることが可能になる。雇用者は、補償を控除した初期の手取り賃金を最低賃金より低く設定することが可能となり、賃金に見合った努力を被紹介者に促すことができる。

本研究は、独自データを用いて、紹介にはモラルハザード問題を軽減するメカニズムがあることを丁寧に実証し、同時に、紹介に関する他のメカニズム――セレクション、パトロネージュ(便宜供与)、サーチ&マッチング――を反証している。最近の研究では、途上国経済における社会的ネットワークの重要性が示されてきているが、大きくは本研究もその枠組みに位置づけることができるだろう。

著者プロフィール

牧野百恵(まきのももえ)。アジア経済研究所地域研究センター研究員。博士(経済学)。専門分野は家族経済学、人口経済学。著作に"Marriage, Dowry, and Women's Status in Rural Punjab, Pakistan" (Journal of Population Economics, 2018), "Dowry in the Absence of the Legal Protection of Women's Inheritance Rights" (Review of Economics of the Household, 2017)等。

書籍:Review of Economics of the Household

書籍:Journal of Population Economics

【特集目次】

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