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コラム

途上国研究の最先端

 
第48回 民主主義の価値と党派的な利益、どっちを選ぶ?
――権力者による民主主義の侵食を支える人々の行動

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00052187

2021年7月

(3,054字)

今回紹介する研究

Milan W. Svolik. 2020. "When Polarization Trumps Civic Virtue: Partisan Conflict and the Subversion of Democracy by Incumbents." Quarterly Journal of Political Science 15 (1):3-31.
doi: 10.1561/100.00018132.

「民主主義は大切だと思いますか」と尋ねれば、おそらく多くの人が「そう思います」と答える。しかし、自分にとって経済的な利益がもたらされるような政策を推進する政治指導者が、敵対する野党の言論を弾圧したり、自らの権力を抑制する司法手続きを無視したりしたとき、この「民主主義は大切と思う」と答えた人たちはどうするだろうか。民主主義的な価値に反する行動をとるこの政治指導者を批判し、自分の経済的な利益が損なわれても、そうした政治指導者への支持を撤回するだろうか。あるいは、とりあえず民主主義は横に置いておいて、自分にとって望ましい政策の実現を重視し、この政治指導者を支持し続けるだろうか。本研究は、権力者による民主主義の侵食が顕著なベネズエラで実施したサーベイ実験で、これを検証した。

実験は、被験者たちが、2人の対抗する仮想の大統領候補者からどちらかを選ぶという形式で実施された。この仮想の候補者たちはそれぞれ5つの属性(各属性の中身はランダムに決定される)で表現されている。その属性には年齢や子どもの性別・数、好きなスポーツといったものに混ぜて、その候補が主張する経済政策(ボリバリアン・ミッションと呼ばれる手厚い社会福祉政策への賛否)と民主主義に関わる政策(党派性の強い選挙管理委員会と最高裁の改革への賛否)の2つが加えられている。なお、被験者それぞれの党派的位置づけを把握するため、左右のイデオロギーの軸のどこに自分を位置づけるのか、所得格差への政府の介入を支持するか否かという2つの質問もされている。

さて、肝心の実験の結果だが、主に2つのことが示された。一つは、被験者がイデオロギー的に極端であればあるほど民主主義の価値よりも経済政策を重視することである。被験者が左派であればあるほど、また、右派であればあるほど、自分の政策選好と合致する経済政策を主張する候補を、その候補が民主主義をないがしろにする態度をとっていても、強く支持する傾向が見られたのである。

もう一つは、被験者のイデオロギー的な立場にかかわらず、被験者全体で見ても、民主主義的な価値を重視する度合いは、経済政策を重視する度合いに比べて統計的に有意な水準で低くなっていることである。本研究の推計では、被験者たちは、経済政策に対する評価の64パーセント程度、すなわち3分の2の重要度でしか民主主義的な価値を評価していない。なお、この被験者たちがそもそも民主主義を重んじていないわけではない。仮想候補者の経済政策に関する立場が与える影響を統計学的に制御したうえで、民主的な候補者を支持する傾向は確認されている。

冒頭の問いに即して言えば、経済的利益の前では民主主義はとりあえず横に置かれる、という答えが得られたということである。もっとも、これだけでは直観に合致していて、それほど意外ではないと思われるかもしれない。しかし、この実験結果が意味するところは、実はなかなか深い。

近年、民主主義が壊れていくパターンとして顕著なのが、権力外の政治勢力や権力者そのものによるあからさまなクーデタではなく、選挙によって合法的に選出された執政府のトップが、徐々にじわじわと市民的自由を抑圧して、野党を抑え込み、司法など権力に制約をかける機関や制度を形骸化させていくというものである。民主主義体制において、どうして市民がそうした民主主義を侵食していく権力者の存在を許すのか、選挙でなぜ交代させないのか、という謎がそこに存在する。言い換えれば、民主主義制度の柱である選挙が民主主義を侵食する権力者に正統性を与えるという矛盾がなぜ起こるのかという疑問である。本研究の実験結果から、それは、単純に市民が民主主義を軽んじているのではなく、民主主義と党派的利益とのトレードオフという状況があることが重要だということがわかった。そしてそのトレードオフが発生した場合、民主主義は分が悪い。

二つ目の重要な点として分極化が影響を与える理由が示されたことである。民主主義の後退と社会の分極化が関係しているだろうことはよく指摘されているが、どのような関係にあるのかはあまり明確に議論されてこなかった。この研究は、なぜ社会の分極化が進めば進むほど民主主義の価値が軽視される態度が深まるのかを説明している。極端な党派的な立場にある人にとって、対抗勢力が権力を握った時に導入される経済政策によるダメージは、中間にいる人たちよりも大きい。民主主義を横に置くインセンティブが高いのである。分極化された社会ではそうした人々が多くなるため、権力者が民主主義を侵害することが可能になる。実験で得られた、極端な党派的立場を取る人は民主主義価値を軽視する度合いが高いという結果はこうした説明を支持している。なお、本研究では、そもそも、分極化によって党派的利益に対し民主主義の価値への評価が低下する理論が数理モデルによって提示されていて、それを検証するようにサーベイ実験が設計されている。

分極化の議論と表裏一体だが、党派的に中立的な人々が、民主主義の価値を相対的に尊重するという結果も興味深い。党派的に中間に位置する人々がいわゆるミドルクラスと合致するのかどうかについては丁寧に検証する必要があるが、ミドルクラスが民主主義を支えるとする近代化論に実証的な基礎が与えられたと見ることも可能である。

最後に、民主主義を支持するかどうかのみを聞く世論調査の落とし穴を指摘している点が興味深い。独立した質問として、民主主義と非民主主義のいずれかを選択する場合には、民主主義が望ましいと答える人々は多いだろう。しかし、比較の設定が変わると人々の反応も変化する。民主主義と比較される対象が、非民主主義ではなく、経済的利益という設定になったとき、それぞれの持つ価値の重みが明らかになるのである。通常の世論調査では、単体の質問として民主主義の価値への態度を尋ねるが、各国それぞれで民主主義の価値がどれだけ浸透しているかを測るのには、それだけでは不十分だということである。

本研究の著者は同様のサーベイ実験をトルコと米国でも実施している。そうした実証の積み重ねが、本研究の主張の頑強性を確かめてくれるだろう。

著者プロフィール

川中豪(かわなかたけし) アジア経済研究所地域研究センター上席主任調査研究員。博士(政治学)。専門分野は比較政治学。著作として『教養の東南アジア現代史』ミネルヴァ書房、2020年(編著)、『後退する民主主義、強化される権威主義――最良の政治制度とは何か』ミネルヴァ書房、2018年(編著)、Political Determinants of Income Inequality in Emerging Democracies, Singapore: Springer, 2016 (with Yasushi Hazama)など。

教養の東南アジア現代史

後退する民主主義、強化される権威主義――最良の政治制度とは何か

Political Determinants of Income Inequality in Emerging Democracies

【連載目次】

途上国研究の最先端