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コラム
第25回 なぜ経済抗議運動に参加するのか――2010年代アフリカ諸国の分析
PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00051421
2019年7月
(3,086字)
今回紹介する研究
Harris, Adam S., and Erin Hern, "Taking to the Streets: Protest as an Expression of Political Preference in Africa," Comparative Political Studies, 2019, 52(8): 1169-1199.
2010年代前半、アフリカにおける抗議運動の年間発生件数は2000年に比べて5倍に増えた。これら抗議運動の半分以上は経済状況の改善を求める運動で、イデオロギー的抗議運動や体制転換を求める抗議運動とは性格を異にする。本論文は、なぜ人々が経済抗議運動に参加するのかを個人の損得勘定と国家制度の両面から解明する。
これまでの抗議運動の分析は社会運動論に大きく依拠し、抗議運動の指導者が組織と言説を用いて大衆を動員する上から下への力学に焦点を当てていた。これに対し本論文では、大衆の物質的要求に起因する、半ば自然発生的な抗議運動に着目したところに新規性がある。
「政権でなく政策を変えたい」
著者たちは、抗議運動を3つの理念型に分けた1。第1に、経済抗議運動に代表される「共有争点抗議運動」2、第2に、イデオロギー的主張を掲げる抗議運動である「社会運動」、第3に、体制転換を目指す抗議運動である「革命運動」である。最初の共有争点抗議運動の特質は、①抗議の主張に大多数が賛同しやすいこと、②個別限定的な問題への解決しか求めないことにある。これに対し、社会運動では立場の違いにより世論の賛否が分かれるし、革命運動は政権交代を求める。
本研究の問いに対し著者たちは、「人々は、政府が自分の要求に耳を傾けると期待するほど経済抗議運動に参加しやすい」という仮説を提示した。この仮説は、経済抗議運動に参加した人々は政権でなく政策が変わることを求めていたという、著者たち自身のアフリカ諸国での観察から生まれた。経済抗議運動の対象は、食料品値上げ、バス料金値上げ、住宅不足など具体的かつ多岐にわたる。政権は経済問題全般が重要であることをそもそも認識しているが、経済抗議運動の参加者は、経済問題のうちどれがより重要であるかを政権に知らしめたいのだと著者たちは論じる。
この仮説を検証するために用いられたのが、アフリカ28カ国世論調査データセット(Afrobarometer第5回調査:2011-13年実施)と社会紛争分析データセット(SCAD)である3。抗議運動への参加有無については、①過去に参加したか、②将来に参加する意思はあるか、という質問に対し、参加・不参加という二者択一の回答から、①「過去に参加」、②「将来に参加」という従属変数(説明したい事象)が作られている。以下では「参加」が過去か将来かを区別せずに分析結果を説明する。
抗議参加の損得勘定
分析ではまず、「政府は自分の意見を聞く」という意識が高い回答者ほど、抗議に参加することがわかった。政府の反応・対応への期待が強ければ抗議に参加するという傾向は、「損得勘定」とも解釈できる。また、回答者が貧しいほど、民主主義への満足度が低いほど、若いほど、そして抗議参加経験があるほど抗議に参加するという傾向も確認されている。こうした物質的要求からなる抗議運動は、消極的意思表明でなく、政策への不満の積極的表明と解釈できる。このように、著者らは政府が自分の要求に耳を傾けるとの期待が強ければ参加するという「損得勘定効果」を検出した。
また、抗議活動が身の危険を伴うことを前提とすると、要求ないし目的は政策変更という現実的で限定的になることは理解できる。それでもなぜあえて危険を伴う抗議に参加するのか。この疑問に答えるため、著者たちは、通常の異議申し立て手段である選挙があまり役立たない一党優位制の国々において、先に確認された損得勘定効果が強くなることを示した4。これは「抗議運動がもつ選挙代替効果」と解釈できる。
まとめよう。本研究は経済抗議運動における「損得勘定効果」と「抗議運動がもつ選挙代替効果」という2つの効果を示した。特に、本論文の面白さは、経済抗議運動には損得勘定が強く働くことを検出したことにある。つまり、「期待→参加」効果が強いということは、政府が自分の意見を聞くと思えば抗議運動に参加し、そう思わなければ参加しないことを意味する。これに対し、例えば社会運動や革命運動では、人々の「期待→参加」効果が低いので、運動の組織化や言説という道具が必要になるのかもしれない。この例のように、経済抗議運動には損得勘定が強く働くという知見を踏まえ、抗議運動研究を深化させられる可能性もある。
また、著者たちも認めているように、抗議運動が実際には経済抗議運動として始まるも、その後、革命運動に変質する場合もある。アラブの春の先駆けとなったチュニジアの2010年12月の抗議運動は失業への不満が引き金だったし、2019年4月にスーダンで大統領失脚をもたらした抗議運動はパンや燃料の値上げへの抗議に端を発していた。いずれも政権が物質的要求に弾圧で応じたことが、運動の性格を変えたようにも理解できる。経済的抗議運動に参加する人々は、「抗議すれば政府は対応するだろう」という損得勘定が外れると、政策で対応しない政権の退出を求めるのかもしれない。
写真の出典
- Occupy, Lagos, Nigeria, political, rally, Gani Fawehinmi Park, Ojota, 2012, TemiKOGBE @ fatcityafrica.com, via Wikimedia Commons [CC-BY-SA-2.0(https://creativecommons. org/licenses/by-sa/2.0/deed.en)]
著者プロフィール
間寧(はざまやすし) 。アジア経済研究所地域研究センター中東研究グループ長。博士(政治学)。最近の著作に、『トルコ』(シリーズ・中東政治研究の最前線1)(編著)ミネルヴァ書房(2019年)、「外圧の消滅と内圧への反発:トルコにおける民主主義の後退」(川中豪編『後退する民主主義・強化される権威主義――最良の政治制度とは何か』ミネルヴァ書房、2018年)など。
注
- 現実の抗議運動には3つの型が混在しているため、事例分類(国・年ごと)においては、該当抗議運動を最も特徴付ける型をその抗議運動の型とした。
- 著者たちは一貫して共有争点抗議運動という概念を用いていたが、本稿ではわかりやすくするため経済抗議運動と表現している。
- Afrobarometerのみでは、個人が実際に参加した抗議運動が経済抗議運動であるか否かは不明である。しかしSCADのデータから、2011-2014年の全抗議運動の中で経済抗議運動は社会運動や革命運動より多いことが明らかになった。論文ではAfrobarometer 28カ国の個票データが全体標本、そのうち経済抗議運動が他の2つの型の抗議運動より多い16カ国のみのデータを限定標本とした。
- 一党優位制とは、同じ政党が3回の選挙で連続して議会過半数を獲得した政党制を指す。これ以外の国別要因として検証された部族志向選挙や政党制流動性の効果は認められなかった。
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