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コラム
第45回 失われた都市を求めて――青銅器時代の商人と交易の記録から
PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00051809
2020年8月
(2,751字)
今回紹介する研究
Gojko Barjamovic, Thomas Chaney, Kerem Coşar, and Ali Hortaçsu, "Trade, Merchants, and the Lost Cities of the Bronze Age," Quarterly Journal of Economics, Vol. 134 Issue 3 (August 2019): 1455-1503.
紀元前19世紀ごろ、現在のイラク北部からトルコ中部の一帯にはアッシリア商人による広範な交易ネットワークが存在した。彼らの交易の記録には、アナトリアにかつて存在した多くの都市の名前が登場する。しかし、そのうちのいくつかは、正確な位置を後世に伝えることなく、失われた都市となってしまった。この論文は、青銅器時代の交易の記録と現代の貿易理論を組み合わせることで、失われた都市がどこに存在したのかを特定しようとする壮大な試みである。さらに、復元された4000年前の都市の配置や規模を現在のそれと比較することで、超長期の歴史経路依存についても議論を行っている。
粘土板と貿易理論
論文が依拠するデータは、アッシリア商人が粘土板に楔(くさび)形文字で記した交易の記録である。アッシリア商人はアナトリアの各都市に商業植民市(カールム)を置き、都市間の交易や本拠市アッシュールとの遠距離交易に携わっていた。彼らが商業文書を残した理由は、取引の多くが各地の有力者や投資家からの委託であり、正確な記録が必要だったためだと考えられる。論文は、トルコのキュルテペ遺跡(当時の都市名ではカネシュ)で発掘された粘土板のうち、二つ以上の都市名が記された粘土板を解析し、積み荷の輸送元または輸送先として登場するアナトリアの25都市を見出した。そのうち10都市は、現在、正確な位置がわかっていない。
古代の粘土板は、ある都市と別の都市がどの程度の頻度で交易を行っていたのかという貴重な情報をもたらしてくれる。現代の文脈に置き換えると、ある国の輸出や輸入に占める各国のシェアがわかるということになる。そうであれば、標準的なリカード型の貿易理論が適用できる。ある商品が欲しい都市は、その商品をもっとも安く供給してくれる都市(自分自身を含む)から購入するだろう。どのぐらい安く供給できるかは、商品を生産する都市の生産性と資源費用(労働賃金など)、そして商品を消費地の都市まで運ぶための輸送費用で決まる。生産性は取引ごとに確率的なショックを受けるため、常に同じ都市のペアが交易を行うわけではない。しかし、傾向として、平均的な生産性が高く、資源が安価で、相手都市との距離が近ければ、その都市に商品を販売する相対的な頻度は高くなるはずである。こうした理論の予想が、失われた都市を地図上に復元するカギとなる。
失われた都市の発見
分析は三つのステップから構成される。まず、位置が判明している15の都市とそれらの組み合わせだけを用いて、都市間の距離が長くなると、交易がどのぐらいマイナスの影響を受けるかを推計する。弾力性の推計結果として、距離が1パーセント伸びると、交易の相対的な頻度は1.9パーセント減少することが示された。次に、距離の影響を考慮しながら、すべての都市の交易パターンがもっともよく再現されるように、失われた都市の位置(緯度と経度)を推計する。上記のステップでは、生産性や資源費用に関連する都市ごとの固有パラメータも求める。最後に、交易では輸出と輸入がバランスするという関係を利用して、それぞれの都市の相対的な経済規模を導くことになる。
こうして地図上に古代の都市が蘇った。特筆すべき点は、論文が定量的なデータ(交易の相対的な頻度)だけを用いて、失われた都市の位置を復元したことである。一方、歴史家は定性的な情報を吟味することで、それぞれの都市の候補地を議論してきた。もちろん完全な合意が得られているわけではないが、有力な候補地と論文の推計結果を比較すると、多くのケースで両者はかなり近い位置を指定していることがわかった。もっとも近いケースでは差が13キロメートルであり、半数の都市については70キロメートル以内の差に収まっている。しかも、歴史家の間で大きく意見が分かれているとき、論文の推計結果がその一方を支持するような結果を示すこともあった。定量的な分析によって、従来の議論に新たな証拠が追加されたといえる。
4000年前の都市と現代の都市
論文は、古代都市の位置だけでなく規模も推計している。それによると、n番目に大きい都市は、おおむねトップの1/nの規模であることがわかった。つまり、現代のジップの法則が青銅器時代にも成り立っていたことになる。さらに、都市の規模は交通の要所であることと関係していることもわかった。任意の二地点を最短で移動しようとすると、アナトリアの起伏に富んだ地形から、人々の通りやすい道を見つけることができる。こうして自然に形成される道をシミュレーションで解析し、都市との位置関係を比較したところ、規模の大きい都市ほど多くの道の交わる場所に立地していることが判明した。論文では失われた都市の位置を推計する際、こうした地形の情報を全く利用していない。それにもかかわらず、都市と交通の要所に地理的な一致が確認されたことは、推計結果の信頼性を示す一つの材料になると考えられる。
最後に、論文は、規模の大きな古代都市が存在した場所ほど、現在の人口密度が高く経済活動も活発であることを示した。古代都市が青銅器時代の要衝だったとはいえ、4000年の時を経て技術や政治体制が変化してもなお、都市の配置と規模分布に類似性が確認されることは驚きである。一つの解釈としては、何らかの理由でひとたび都市の集積が開始すると、たとえ直接的な理由がなくなっても、その場所で生じる集積のメリットはずっと継続するというメカニズムが考えられる。集積の経済や都市の配置は開発経済学でも重要な論点であり、都市の歴史経路依存に関する研究は、今後もますます魅力的なテーマになっていくだろう。いずれにせよ、経済学、考古学、地理学をまたにかけ、現存する最古の資料を用いて都市と交易の歴史を分析したこの論文は、途方もなくスケールの大きな研究だといえる。
著者プロフィール
塚田和也(つかだかずなり) アジア経済研究所開発研究センター研究員。専門分野は開発経済学、農業経済学、東南アジア経済。近年の研究テーマは、発展途上国における産業構造の変化と経済成長、農業部門の機械投資と大規模化、農村要素市場の効率性と分配に関する比較研究、など。
- 第1回 途上国ではなぜ加齢に伴う賃金上昇が小さいのか?
- 第2回 男児選好はインドの子供たちの発育阻害を説明できるか
- 第3回 子供支援で希望を育む
- 第4回 後退する民主主義
- 第5回 しつけは誰が?――自然実験としての王国建設とその帰結
- 第6回 途上国の労働市場で紹介が頻繁に利用されるのはなぜか
- 第7回 絶対的貧困線を真面目に測り直す――1日1.9ドルではない
- 第8回 労働移動の障壁がなくなれば一国の生産性はどの程度向上するのか
- 第9回 科学の世界の「えこひいき」――社会的紐帯とエリート研究者の選出
- 第10回 妻の財産権の保障がHIV感染率を引き下げるのか
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- 第14回 貧困者向け雇用政策を問い直す
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