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コラム

途上国研究の最先端

第81回 バングラデシュのラナ・プラザ崩壊のその後(2)――事故に見舞われた工場に発注をかけていたアパレル小売企業は、事故とどう向き合ったのか?

Another case from the Rana Plaza collapse in Bangladesh: Responses of the then-contractors

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/0002000902

2024年3月

(4,531字)

今回紹介する研究

Pamina Koenig & Sandra Poncet, 2022. “The effects of the Rana Plaza collapse on the sourcing choices of French importers,” Journal of International Economics, 137, 103576.

前回紹介した研究は、バングラデシュの首都ダッカ近郊にあった、多数の縫製工場が入居していたビル「ラナ・プラザ」が崩壊するという大惨事ののち、国際的な監視圧力によって、同国の既製服縫製産業の労働者の賃金や労働環境が劇的に改善したことを示していた。しかし、この研究で示されていたのはバングラデシュの労働市場における変化であり、既製服を輸入していた先進国企業の経済活動にどのような変化があったかは定かではない。この疑問に答えるべく、フランスの税関記録を用いた事例研究が行われた。その結果が非常に興味深いので、ぜひ紹介したい。

コンテクスト

2013年4月23日、ダッカ近郊の商業ビルが崩壊し、1000人以上が死亡、2500人以上が負傷した。縫製業などの工業生産に耐えうる構造ではなく、もともと建築許可が下りていた5つのフロアに違法に3フロアを増築するなど、安全対策が不十分だったとされる。各種組合やNGOなどは、ラナ・プラザに入居していた工場がそのような環境で生産活動を行っていたのは、彼らと契約していた先進国の小売企業が厳しい条件を押し付けたためだとして、厳しく糾弾した。研究対象となったフランスでも、ラナ・プラザの入居工場に既製服を発注していたことが明らかになった小売企業は、名指しでたびたび取り上げられたという。こうして、一つの事故で終わっていたかもしれない出来事は、一大スキャンダルに発展した。

フランスの小売企業の対応──3つの仮説

このような大惨事を受けて、バングラデシュ国内では労働環境の改善が進み、安全基準が設けられたり、最低賃金率が引き上げられたりしたことは、前回紹介した研究が示すとおりだ。一方、既製服の縫製を発注する先進国側ではどのような対応が起きたのだろうか。著者たちは、3つの仮説の検証を試みた。

バングラデシュ仮説──どの小売企業が扱うかにかかわらず、あるいはラナ・プラザとの関連にかかわらず、バングラデシュ製の既製服の取引が減ったという仮説。このような状況は、消費者が生産地を選別して購買行動を決定しているような需要要因や、バングラデシュにおける生産工程が一斉に影響を受けるような供給要因(ストライキや、追加的な監査によるコスト増など)によって起きる可能性があるとしている。

ラナ仮説──どの国で生産されたかにかかわらず、ラナ・プラザに入居していた工場に製品を発注していた企業(以下、ラナ発注企業)の商品の取引が減ったという仮説。このような状況は、需要要因が重要だと著者たちは論じている。特に、食わせ者だと分かったラナ発注企業の製品は、別の国でも信用ならない生産方法がとられているのではないかと考える消費者が、選択的にボイコットするような状況が考えられるとしている。

ラナ=バングラデシュ仮説──ラナ発注企業の製品のうち、特にバングラデシュ製の既製服だけ取引が減ったという仮説。著者たちは、ラナ仮説の場合よりももっと選択的な消費者のボイコットによるという需要要因もあるとしながらも、もう少し現実に即した供給要因も2つ考えられるとしている。1つは、崩壊したラナ・プラザとそのサプライチェーンの生産能力が失われたため、その分だけバングラデシュからフランスへの輸出が減ったという可能性、もう1つは、ラナ発注企業がバングラデシュからほかの国に発注先を変えた結果、バングラデシュからの既製服輸入が減少した(しかし非ラナ発注企業はバングラデシュからの輸入を止めなかった)という可能性である。

フランスの税関データによる検証方法

3つの仮説を峻別するために著者たちが使うデータは、2010年1月から2015年12月までのフランスの税関記録である。月ごと、企業ごとに、どの品目の商品をどれだけの量、どの国からいくらで輸入したのかがわかるという。ラナ・プラザの崩壊事故は2013年4月23日であるから、事故前後の十分な期間について、詳細な記録があるわけだ。著者たちは、このデータから、既製服に該当するカテゴリの輸入記録がある企業を抜き出した。さらに、2013年にバングラデシュからの輸入があった企業や、崩壊事故当時にラナ・プラザ入居工場に発注があった企業を特定できたという。

このデータから、興味深い事実が浮き彫りになる。崩壊事故があった2013年、フランスの既製服は30%超が中国から輸入されており、バングラデシュ製品は若干の差でイタリア(8.4%)に次ぐ3番目(8.1%)であった。また、2010年から2015年間までの期間全体を通じて、バングラデシュ製の既製服輸入は堅調な増加を続けていたこともわかった。ところが、2013年にバングラデシュからの輸入があった企業を、ラナ発注企業とそれ以外の企業にわけると、様相が一変する。ラナ発注企業は2013年4月の崩壊事故後、2014年初頭までの短期間に、バングラデシュからの既製服輸入の割合を急減(約15%→10%以下)させ、2015年いっぱいをかけてようやく事故以前の水準に戻した一方、非ラナ発注企業にはそのような傾向は全くみられないのである。

著者たちは、差の差法(difference-in-differences)や三重差分法(triple differences)といった因果推論手法を用いて、こうした記述的な発見を厳密に検証した。具体的には、バングラデシュからの輸入か否か、さらにラナ発注企業群による輸入か否か、によって最大4つの輸入品目カテゴリを作り、崩壊事故以前と以後の既製服輸入がどのように推移したのかを比較するというものである。著者たちはこのフレームワークに基づき、各仮説がデータで支持されるかどうかを確認した。

推定結果はラナ=バングラデシュ仮説と整合的

まず、バングラデシュ仮説とラナ仮説を検証する推定式に基づいた回帰分析では、いずれの仮説も支持されない結果となった。バングラデシュ仮説が正しいとするなら、ラナ・プラザ崩壊後、バングラデシュからフランスへの輸出が総じて減少する傾向がみられるはずだ。しかし、前節の記述的な発見と整合的な形で、推定結果は堅調な増加を示しており、バングラデシュ仮説は支持されない、と著者たちは結論した。

また、ラナ仮説が正しいとするなら、どの国に由来するかにかかわらず、ラナ発注企業の取引量が崩壊事故後に減少する傾向がみられるはずだ。しかし、非ラナ発注企業と比べて特段の変化を認めることはできなかった。

続いて、ラナ=バングラデシュ仮説の検証である。バングラデシュとそれ以外の国からの既製服輸入を、ラナ発注企業と非ラナ発注企業に分けて、崩壊事故の前後で比較する三重差分法による回帰分析の結果、ラナ発注企業のバングラデシュからの既製服輸入だけがはっきりと減少していることが判明した。特に注目すべきなのは、ラナ発注企業のバングラデシュ以外からの輸入量や、非ラナ発注企業のバングラデシュからの輸入量は、崩壊事故後も順調に増加していたことである(そしてこれらはバングラデシュ仮説やラナ仮説が支持されないこととも整合的である)。つまり、バングラデシュ製の既製服、あるいはラナ発注企業の既製服、という大まかなカテゴリでは、大勢に影響がないにもかかわらず、ラナ発注企業のバングラデシュ製の既製服だけが減少するという、非常に選択的な変化があったというのだ。

さて、ラナ=バングラデシュ仮説が支持される場合、1つの需要要因と2つの供給要因が働いた可能性があると、著者たちは論じていた。そのうち、需要要因として挙げていた非常に選択的な消費者のボイコットは、可能性はゼロでないにしても低いと論じている。例えば、バングラデシュの既製服縫製産業の劣悪な労働環境を糾弾した社会運動は、バングラデシュからの関連企業の撤退や、バングラデシュ製既製服の不買運動に強く反対していた。そうだとすれば、残るのは2つの供給要因が働いた可能性だ。

ラナ・プラザ崩壊によって、入居していた工場の生産能力は失われた。すると、ラナ・プラザ入居工場からの出荷はなくなり、発注していた納品分だけは少なくともフランスへの輸出が減るはずだ。これによって、ラナ発注企業のバングラデシュからの既製服輸入の減少を説明できないだろうか? 著者たちは、複数の統計データを用いて簡単な試算を行ったが、到底説明できないと結論している。ラナ・プラザ崩壊が大惨事であったとはいえ、その生産量はバングラデシュの既製服縫製産業全体からすればとても少なかったと考えられるのである。

ではなぜ、ラナ発注企業のバングラデシュからの既製服輸入だけ減少したのか? 著者たちは重要な事実を発見する。バングラデシュをはじめ、周辺のアジア各国から遠く、フランスに近い他の国(具体的には、トルコ、モロッコ、ポルトガル、そしてポーランド)からの既製服輸入が増加しており、その規模はバングラデシュからの減少分と同程度だったというものだ。さらに、この傾向は分析期間全体を通じて継続していたこともわかった。これらの結果から、ラナ=バングラデシュ仮説は供給要因、それも単純な生産能力の低下による輸入減少ではなく、ラナ発注企業の輸入先が他国に変更されたことに起因する可能性が高い、ということになる。いずれの輸入先の代替国も、バングラデシュより生産費が高いため、ラナ発注企業は継続的なコスト増を承知のうえで取引先を変更したことになる。税関記録だけではすべてはわからないものの、少しでもバングラデシュや周辺のアジアの生産国との関係を減らすことで、失われたレピュテーションを回復したり、将来のレピュテーションリスクを回避しようとしたりする意図があるのではないか、と著者たちは推論している。

この研究から何がわかるのか

今回紹介した研究は、企業が社会運動をどのように受け止め、また対応するのか、有力な事例研究となっている。特に、本研究が扱うアパレル産業では、ブランド価値にレピュテーションが重要な役割を果たしていると考えられる。そのような環境で、企業がリスクの現実化を前にどのような行動をとるのかを明らかにした点は、非常に興味深い。税関記録からは、ラナ発注企業のみが、震源地となったバングラデシュだけでなく、周辺のアジア諸国からも離れて、より地理的に近接した他の国に取引先を切り替えたこと、さらにそのためのコスト増を厭わなかったことが示唆される。レピュテーションリスクはアパレルブランドにとってはそれほどまでに重要、ということかもしれない。消費者のエシカル意識や業界事情の変化、輸出入国それぞれの背景などによって、こうした反応に違いが出てくるのか、より多くの事例研究が積み重ねられ、知見を統合する取り組みが待たれる。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
著者プロフィール

永島優(ながしままさる) アジア経済研究所 開発研究センター、ミクロ経済分析グループ研究員。博士(開発経済学)。専門は開発経済学、応用ミクロ計量経済学、人的資本投資。主な著作に“Female Education and Brideprice: Evidence from Primary Education Reform in Uganda.”(山内慎子氏と共著、The World Bank Economic Review, 37(4), 2023)、“Pregnant in Haste? The Impact of Foetus Loss on Birth Spacing and the Role of Subjective Probabilistic Beliefs.”(山内慎子氏と共著、Review of Economics of the Household, 21, 2023)など。

【特集目次】

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