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コラム
第61回 貿易自由化ショックとキャリア再建の男女格差――仕事か出産か
Same qualifications, same trade shocks, and different outcomes between men and women: Unemployment spells and wages
PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00053065
2022年6月
(3,709字)
今回紹介する研究
Wolfgang Keller and Hale Utar (2022) “Globalization, Gender, and the Family.” Review of Economic Studies, Forthcoming.
貿易自由化は労働者の男女格差を拡大させるのだろうか。自由化により輸入制限が緩和されると、それまで保護されてきた国内企業は輸入品との競争にさらされ、そこではたらく労働者の収入や雇用機会が奪われることがある。このような貿易自由化ショックが労働者に与える影響を分析した研究はすでに多数存在している。今回紹介する論文は、その影響が男女の間で異なり、労働市場における男女格差の拡大に寄与していることを明らかにし、さらに、その格差拡大のメカニズムについても実証的に追究したものである。
デンマークの労働者に対する中国ショックが分析対象
2001年12月に中国がWTOに加盟すると、中国に対するMFA(Multi Fiber Arrangement)割当が撤廃され、中国からの繊維および衣服製品に課せられていた輸入制限が緩和された。これにより、デンマークを含むEU地域に中国からの繊維・衣服製品が急増した(この記事では、これを「中国ショック」と呼ぶことにする)。著者らはこの中国ショックを外生的なイベントと捉え、このショックに曝露したデンマーク国内労働者の状態変化を疑似自然実験のアプローチで分析している。具体的には、処置群(中国ショックに曝露した労働者)を「1999年時点でMFA割当の対象製品を生産していた企業で雇用されていた労働者」と定義し、これに該当しない労働者(制御群)と比較することで、中国ショックの影響を分析している1。
使用したデータは1999年時点で繊維・衣服産業の民間企業に勤めていた18~56歳の労働者の情報であり、1994年から2009年までの16年分を利用している。後半の8年間(2002~2009年)は中国からの輸入が急増した期間であり、中国ショックに曝露した期間と考える2。労働者レベルのデータには、個人の年齢、雇用先企業、労働収入、労働時間、職種、失業期間などの労働データだけでなく、学歴、婚姻、出産経験、子どもの数など家庭に関するデータもある。これらを結果変数として利用し、中国ショックとの因果関係を分析する。
長期的に見れば、中国ショックの負の影響は男性よりも女性の方が大きかった
まず、中国ショックが労働者の労働収入、労働時間、雇用確率、失業期間および個人収入に与える影響を分析したところ、中国ショックに曝露した期間(2002~2009年)において、処置群男性よりも処置群女性の方が労働収入と労働時間が統計的有意に減少していた。雇用確率と失業期間についても、統計的な有意性は乏しいものの、やはり女性の方が雇用確率の減少幅が大きく、失業期間が長くなる傾向が見られた。長期(2002~2009年)で見れば、中国ショックは労働市場において男女格差の拡大に寄与したといえる3。
しかし、短期的には、中国ショックの影響に男女差はなかった
このような男女差が生じる要因として、なんらかの理由で中国ショックが女性労働者に対してより強くはたらいていた可能性がある。この点を確認するために、著者らは「1999年時点で雇用されていた企業」での労働収入や労働時間などに限定した分析を行った。これは、ショックにさらされたときにはたらいていた企業での状態変化に着目したものであり、著者らは短期的なショックの影響と定義している。分析の結果、中国ショックに曝露したとき、短期的には労働収入、雇用率および労働時間の減少幅について男女の差はなかった。また、離職後の失業期間についても男女差はなかった。短期的に見て、中国ショックが女性に対してより強くはたらいていたとはいえそうにない。
ショックを受けたとき、男性よりも女性の方が結婚・子どもを持つこと・育休を取得することを選択する傾向があった
上記の分析によれば、短期的な影響に男女差はないが、長期的(8年程度)には男性の労働収入や労働時間などは回復する一方で、女性のそれは回復せず、男女格差の拡大が起きていた。離職後の求職期間(失業期間)に男女差がないことから、女性の方が職を見つけにくいともいえない。男女格差拡大の要因を探るため、著者らは離職後のキャリアパスに着目した。具体的には、中国ショックが労働者の家族活動(family activities:結婚、出産、育児など)の選択に与える影響について分析を行った。その結果、処置群の女性は、処置群男性よりも、子どもを持つことを選択し、育休をより長く取得する傾向が見られた4。結婚についても、処置群女性の結婚率は2004年以降上昇し、処置群男性よりも統計的有意に高くなっている。一方、処置群男性の結婚率に変化はほとんど見られなかった。中国ショックによって離職した後、女性は男性よりも家族活動を選択する傾向が強く、それが女性の労働時間や労働収入の減少につながっていると考えられる。
出産可能年齢が女性のキャリアパスに影響を与えていた
離職後、なぜ女性の方が家族活動を選択する傾向にあるのか。この点について、著者らは出産可能年齢(female biological clock)に着目した。生物学上、生殖が可能な期間は男性よりも女性の方が圧倒的に短い。離職したとき、男性は子どもを持つことに対して年齢的な制約が弱いため、キャリア再建のために時間とお金を投資して労働市場への復帰を目指しやすい。一方、出産可能な年齢の女性はそうはいかない。仮に子どもを持つことに対する選好が男女間で等しいとしても、女性は出産のタイミングを計りながら、離職後のキャリア再建を行わなければならない。著者らは、この生物学的な時間制約の男女差が労働市場における男女格差をもたらしている可能性があると考え、検証を試みた。
著者らの分析結果によれば、18~39歳の比較的若い労働者のサンプルに限定したとき、ショックに曝露した男性は長期的(2002~2009年の8年間)に見て一人当たり労働収入が回復傾向にあったのに対し、同様のショックを受けた女性の一人当たり労働収入は回復が見られず、男女格差が拡大していた。しかし、40歳以上の労働者にサンプルを限定したときにはそのような男女差は見られなかった。また、ショックに曝露したときの年齢が40歳に近づくにつれて、労働収入の男女格差が拡大し、41歳以降はその格差は減少していく傾向が見られた。すなわち、出産可能年齢の上限に近い女性ほど、中国ショックに曝露した後、労働収入が減少し、8年間で回復することなく男女格差が拡大している。一方で、出産が難しくなる41歳以上になると、そのような男女差は見られなくなる。この実証結果は、出産可能年齢の制約が離職後の女性のキャリアパスに影響し、労働収入の男女格差拡大に寄与していることを示唆している。
出産と育児の経験が社会的に評価される仕組みが必要
生物学的に、子どもを産み育てることに対する時間制約は男女平等ではない。今回紹介した論文は、その不変的ともいえる時間制約の男女差が原因で、出産可能年齢の女性は同年代の男性よりも離職後に家族活動を選択する傾向にあり、その結果、労働収入に男女格差が生じていることを実証している。失業したときに、年齢・経験・能力さらには子どもを持つことに対する選好は同じであったとしても、男女の違いだけでその後のキャリアパスに違いが生まれることがある。これは仕方のないこととしてあきらめるしかないのだろうか。はたらくことと子どもを産み育てることは、どちらも社会を支える必要不可欠な活動である。人生の一定期間を出産と育児に投資した女性のキャリアが労働市場においても評価され、勤労意欲のある女性の再就職を支援する仕組みが必要である。
著者プロフィール
橋口 善浩(はしぐちよしひろ) アジア経済研究所開発研究センター研究員。博士(経済学)。専門分野は応用計量経済学。最近の論文に “How thick is your armour? Measuring economic resilience to shocks in global production networks.” (with Norihiko Yamano and Colin Webb), Economic Systems Research, Forthcoming.
注
- 2001年ではなく、1999年時点の情報を使って処置群と制御群を定義する理由は、中国のWTO加盟を予想した企業による事前の雇用調整や生産調整の可能性を排除するためである。
- 論文では、全産業のデータを使用した分析も行っている。分析アプローチは若干異なるが、繊維・衣服産業での分析と同様の結果が得られているため、ここでは説明を割愛する。また、56歳までに限定しているのは、分析期間中に定年退職する労働者を除くためである。
- 個人収入は労働収入に社会保障移転収入を加えたもの。中国ショックの個人収入への影響は男女に差は見られなかった。論文の付録で著者らは、中国ショックによって女性への社会保障移転が増加していたことをデータで示している。デンマークの社会保障制度がショックに対して機能していたことが示唆される。
- 出産(Childbirth)の変数は新生児の父親または母親になったかどうかの二値変数。結婚変数も二値変数であり、育休変数は育児休暇の累積取得日数である。結婚変数を結果変数として使用するとき、1999年時点で未婚の労働者にサンプルを限定している。
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