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コラム

途上国研究の最先端

 
第59回 いるはずの女性がいない――中国の土地改革の影響

Missing Women: Impact of Land Reform in China

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00053028

2022年5月

(2,809字)

今回紹介する研究

Douglas Almond, Hongbin Li, and Shuang Zhang. 2019. “Land Reform and Sex Selection in China.” Journal of Political Economy 127 (2): 560–585.

アマルティア・セン(Sen 1990)が「ミッシングウーマン」現象を指摘して以来、いくつかの国における極端な性比が注目を集めるようになった。性比とは男性と女性の人口比のことで、女性に対する男性人口の割合を指すことが多い。男女産み分けや性選択的中絶がなければ、男の子が生まれる確率は女の子が生まれる確率より少々高いため、出生時における自然な性比はだいたい1.05である。また、出生時でなく、人口全体でみると、乳幼児死亡率は男の子の方が高く、女性の方が長生きするために、自然な状態での性比はおよそ0.95である。図1は、出生時性比が国によって大きく違う不自然な現象を表している。

図1 出生時、女児に対する男児の割合(2019年)

図1 出生時、女児に対する男児の割合(2019年)

紹介する研究は、この性比が極端に高い、つまり女性の人口が不自然に少ない中国のデータを使う。中国では、1979年から2015年まで実施された一人っ子政策が、不自然な性比の元凶と考えられてきた。男児を好む文化から、一人しかもてないならば、性選択的中絶によって男児をもつカップルが増えたのではないかといわれる。本研究は、一人っ子政策ではなく、中国の農村における土地改革が、不自然に高い性比の原因であることを実証し、従来の議論に一石を投じる。

中国の農村で1980年代前半に性比が上昇

インドにおいては、「ミッシングウーマン」現象は、母親一人あたりが産む子どもの数が減ったことで、悪化したといわれている。少ない数の子どもしか産まなければ、男の子を好む文化においては、最低これだけは欲しいと思う男の子の数を確保しようというインセンティブが働くため、性選択的中絶などによって性比が極端に高くなることは直感的にも理解できるだろう。ところが、本研究で対象とする1978年から1984年ごろの中国農村では、二人まで産んでよい、さらに三人でもそれほど厳しい罰則がなかったようで、その結果、産まれた子どもの数は二人から三人の間でほとんど変わらなかった。にもかかわらず、性比の上昇がみられたのである。

中国の農村における土地改革は、1978年に始まった。共産党支配下の中国では土地の所有権は国家にあるが、78年からは農民に土地の使用権を認めるようになった。これによって、農作物の余剰があれば自由に販売してよいことになり、農民たちに生産向上への意欲がわき、生産性が著しく高まった。

本研究は、出生率が変わっていない、さらに、性選択的中絶を行うための超音波技術がそれほど普及しておらず、中絶の金銭的・物理的・心理的コストが高い1980年代前半の中国農村で、性比の上昇がみられた原因が、農民を豊かにした土地改革にあることを実証した。

識別戦略と実証結果

土地改革が始まった時期は、一人っ子政策が始まった時期と重なるため、性比の上昇は、土地改革が原因なのか、一人っ子政策が原因なのか分かりにくい。これを識別するため、本研究は、データの特性をうまく利用している。

1978年に始まった土地改革であったが、一斉にスタートしたわけではなく、始まりは郡によってばらつきがあるという。本研究では、各郡の官報を利用し、914郡について、いつから土地改革が始まったのか、丁寧にデータを作成した。一人っ子政策についても、1979年からよーいドンで始まったわけではなく、始まった時期は郡によってばらつきがあるため、郡の官報と先行研究を利用して同様にデータを作成した。郡によって、土地改革が始まった年と、一人っ子政策が始まった年が微妙に前後するため、その微妙な違いを利用して、効果の識別を行った。たとえば、土地改革が1978年に始まり、一人っ子政策が1980年に始まった郡において、性比の上昇が1979年からみられたとすれば、それは土地改革の効果であって一人っ子政策の効果ではない、という具合である。

アウトカム変数には、1978年から1986年までに産まれた第二子の性比を用いた。1990年のセンサス時点で、4~16歳の第二子の子どもたちの性比であり、出生時性比ではない。第二子の性比を用いたのは、第一子の性比は自然な1.05あたりであることがデータから確認できるからである。ちなみに、人口学では、男の子を好む文化においても、複数の子をもってよいならば、一般に第一子の性比は自然比であることが知られている。

実証の結果によれば、土地改革が始まった郡では、第一子が女の子であると、第二子の性比が有意に上昇した。このような効果は、一人っ子政策の前後ではみられない。土地改革による出生率への影響はみられなかった。性比の上昇のうち、半分ほどは土地改革の効果といえるという。また、母親の教育水準が高いほど子どもの性比が高くなることも分かった。

土地改革がなぜ性比の上昇につながったのか、断言はできないが、いくつかの可能性を検証している。その結果、もっともらしいメカニズムは、農家の所得の向上だという。この時代、超音波技術の普及が農村では遅れており、中絶コストは決して低くなかったため、男の子のみを選択して産みたいとしてもそのすべがなかった。ところが、所得の向上によって、比較的余裕がでてきた家計は、わざわざコストを負担して都市に出向き、男の子を選別して産むことが可能となった、というわけである。土地改革によって、男性の労働力がより重宝されるようになったなど、直感的にもありえそうな他の理由は、検証の結果ことごとく否定されている。

ジェンダー格差と性比

「ミッシングウーマン」現象は、女性の生存権を奪っており、ある意味究極の女性差別である。このような格差は、未開発の国や地域の方が深刻で、国や人々が豊かになれば、格差も減少し、性比も自然になるだろうとイメージする人も多いかもしれない。しかし実際には、図1でみるとおり、最も貧しいサブサハラアフリカ諸国ではこのような問題はない。性比の極端に高いインド国内においては、貧困層ではなく教育水準が高い母親ほど、子どもの性比は不自然に高い(Gupta 1987)。母親の教育水準が高いほど、子どもの性比が高いことを示した本研究と整合的である。また、女性のエンパワメントと社会経済開発指標とのあいだの複雑な関係を示した、筆者の過去のコラム(「第37回 一夫多妻制――ライバル関係が出生率を上げる」)とも共通している。

ジェンダー格差は、経済が成長し、人々が豊かになれば、自然と解消するような単純なものではない。土地改革や、女性の教育水準向上など、それ自体は望ましいことだろう。しかし、開発政策や成果の思ってもみなかった副反応を無視してはならない。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
参考文献
  • Gupta, Monica Das. 1987. “Selective Discrimination against Female Children in Rural Punjab, India.” Population and Development Review 13 (1): 77–100. 
  • Sen, Amartya. 1990. “More than 100 Million Women Are Missing.” New York Review of Books 37 (20): 61–66.
著者プロフィール

牧野百恵(まきのももえ) アジア経済研究所開発研究センター研究員。博士(経済学)。専門分野は開発経済学、家族の経済学。著作に ‟Dowry in the Absence of the Legal Protection of Women’s Inheritance Rights” (Review of Economics of the Household, 2019) ‟Marriage, Dowry, and Women’s Status in Rural Punjab, Pakistan” (Journal of Population Economics, 2019) ‟Female Labour Force Participation and Dowries in Pakistan” (Journal of International Development, 2021) など。

【連載目次】

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