IDEスクエア
コラム
スポーツを通して国際政治、比較政治を理解することを目的とするコラム。
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第14回(サッカーW杯特集)セネガル――2002年の対フランス戦後に垣間見えた矜持 / 佐藤 章 アフリカ滞在のたび、サッカー人気の高さを実感する。調査でよく訪れるコートジボワールの最大都市アビジャンでは、定宿の目の前にスタジアムがある。初代大統領の名前を冠したそのウフェ=ボワニ・スタジアムでは、サッカー国内リーグの試合がよく組まれ、週末の午後になると歓声が寄せては返す波のようにホテルの部屋まで届いてくる。最強豪チームのASECミモザにはとりわけ熱心なファンが多く、勝利するとスタジアムからは喜びにあふれたサポーターたちがわらわらとあふれ出し、旗を振ったり、凱歌を歌ったりしながら周辺の路上を埋め尽くしていく。人波は交通を邪魔して大渋滞を引き起こし、ドライバーたちの抗議のクラクションがあちこちから鳴り響く。折から激しいスコールが降り出してもサポーターたちはお構いなしで、濡れるに任せながら、道路を練り歩いていく。サッカーを愛する人々がつくり出すアビジャンの街の熱気がなんとも美しい。 2026/07/03
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第13回(サッカーW杯特集)エジプト――「王」サラーが体現する寛容性と多文化共生 / 水野 祐地 2026年W杯にエジプト代表が、2018年以来8年ぶりに本大会に出場する 。その牽引役は、長らくリヴァプールFCを率いてきた「エジプトの王」モハメド・サラーである。アフリカ予選では9ゴールを挙げて出場権獲得の最大の功労者となった。エジプトはこれまでW杯本大会で一度もグループステージを突破したことがないが、サラーを擁する今回こそ、その悲願が達成できるかが注目されている。そんなサラーが、2025-2026年シーズン限りでリヴァプールを退団する。2017年に加入して以降、サラーはユルゲン・クロップ監督時代のリヴァプールで「ゴールマシーン」としてクラブの躍進を牽引してきた。サラーの多大な貢献のもと、リヴァプールは2019年のUEFAチャンピオンズリーグ、2020年および2025年のプレミアリーグなど、数多くのタイトルに輝いた。サラー自身も合計4度のゴールデンブーツをはじめ、多くの賞を受賞した。 2026/07/02
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第12回(サッカーW杯特集)キュラソー ――なぜW杯本大会出場権を獲得できたのか / 浜端 喬 2025年11月、キュラソー代表チームは、ジャマイカ代表チームと引き分けたことで、初めてのW杯本大会出場権を獲得した。カリブ海に位置する小さな島で暮らす20万人に満たない現地の人々はこの出来事に歓喜し、本大会でのブルー・ウェイブ(キュラソー代表チームの愛称)の活躍に大きな期待を寄せている。海外メディアは、キュラソー代表チームがW杯本大会の切符を勝ち取った背景として、今大会から出場チーム数が従来の32から48へ拡大された点に加え、同代表が所属する北中米カリブ海予選での強豪国のカナダ、米国、メキシコの3ヶ国が開催国枠として自動的に出場権を得たことを指摘している 。確かに、これらの要因はW杯史上最も人口が少ない出場チームとなるキュラソー代表にとって追い風となっただろう。しかし、同予選における強豪国のコスタリカやホンジュラスが本大会出場を逃した事実を踏まえると、キュラソー代表チームの躍進を単なる幸運として理解することは適切ではない。同代表チームは近年着実に力をつけており、そのことは国際サッカー連盟(FIFA)ランキングの推移にも表れている。2011年時点でのキュラソー代表チームは151位に位置していたが、最新値(2026年4月)では82位にまで上昇している 。Jリーグに目を向ければ、クエンテン・マルティノス(2014~2018年:キュラソー代表)が横浜・F・マリノスや浦和レッズなど複数のクラブで活躍したことは記憶に新しい。 2026/06/26
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第11回(サッカーW杯特集)韓国――大会直前に終焉を迎えたサッカー協会と財閥の蜜月関係 / 安倍 誠 2026北中米ワールドカップ開幕まで2週間となった5月29日、韓国のサッカー協会(正式名称は「大韓蹴球協會」、以下特に断らない限り「サッカー協会」)に激震が走った。会長である鄭夢奎(チョン・モンギュ)が大会終了後の辞任を表明したのである。鄭会長は辞任声明で「(ワールドカップ)大会期間中、代表チームに対する惜しみない支持と応援を送って下さることを、切にお願いいたします」「私がサッカー協会を運営しているあいだ、様々な批判があったことはよく承知しています。すべて私の不徳の致すところと考えます」と述べた
2026/06/23 -
第10回(サッカーW杯特集)カボ・ヴェルデ――ディアスポラがもたらしたW杯出場 / 網中 昭世 カボ・ヴェルデのサッカーについて書いてみないか、とスポルティクスのコラムを担当しているI氏に打診された。日本語ではカーボベルデと表記されることが多いが、原語のポルトガル語に忠実に記すとカボ・ヴェルデとなる。そのカボ・ヴェルデ代表は2025年9月のW杯地域予選で強豪カメルーンを破って2026年の本戦への出場権を勝ち取り、最小出場国として注目されているらしい。筆者の研究対象地域がポルトガル語圏アフリカであるとはいえ、サッカー素人になんという無茶振りだ。サッカーに興味があったらアフリカを選ばずに、最初からブラジル研究をしていただろう。そういうわけで一度はお断りしたものの、カボ・ヴェルデの躍進には移民研究の観点から思い当たる節があり、気にかかって仕方ない。そこでW杯におけるカボ・ヴェルデを取り巻く状況について整理してみた。 2026/06/22
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第9回(サッカーW杯特集)メキシコ――W杯3大会開催の背景にあるビジネスグループとメキシコ経済の歴史 / 橋口 義彦 マラドーナの「神の手」はその時代に生まれていない筆者でも知っているサッカー史に残る伝説である。その伝説が生まれた1986年メキシコ大会から40年後の今年6月11日(日本時間12日の明朝4時)、同じスタジアム「エスタディオ・アステカ」で行われるメキシコ対南アフリカの一戦から2026年FIFAワールドカップ北中米大会は開幕する。サッカー少年ではなかった筆者が本格的にサッカーをみるようになったのは2014年ワールドカップ。その大会で最高のパフォーマンスを魅せ、優勝候補だったブラジルからの猛攻をシャットアウトしたメキシコ代表ギジェルモ・オチョアは筆者のメキシコ代表をみるきっかけにもなった。長年メキシコ代表のゴールを守ってきた守護神オチョアは今大会への代表メンバー入りを果たし、史上初の6大会連続のメンバー入りとなった。 2026/06/18
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第8回(サッカーW杯特集)地域研究者が語るサッカーW杯――1994年米国W杯から2026年米加墨共同開催へ / 今井 宏平 IDEスクエアにおいてスポルティクスを立ち上げたのが2017年の秋で、そこから不定期だが、政治とスポーツの関係について論じてきた。筆者はサッカーに関して共著でバルカン半島のサッカーとナショナリズム[今井・加藤 2018]、そしてトルコ移民でドイツ代表のキャプテンを務めたイルカイ・ギュンドアンについて扱ってきた[今井 2026]。しかし、これまでW杯について触れる機会が2度(2018年ロシア大会、2022年カタル大会)ありながらも論ぜずじまいだった。2018年ロシア大会は、筆者の専門とするトルコで、大統領制移行後、初めての大統領選挙・議会選挙が実施された時期と被っており、ロシアW杯について論じる余裕がなかった。2022年カタル大会の際は、在外研究中でトルコのアンカラに滞在しており、現地調査で頭が一杯であった(日本のドイツ戦とスペイン戦はトルコの自宅で絶叫していたが)。 2026/06/12
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第7回 トルコ系移民イルカイ・ギュンドアンはなぜドイツ代表のキャプテンになれたのか――ドイツ代表における移民・海外ルーツのプレーヤーの受容 / 今井 宏平 ユルドゥライ・バシュトゥルク、ハミト・アルティントップ、ハリル・アルティントップ、ヌリ・シャヒン、メスット・エジル、イルカイ・ギュンドアン、ジェンク・トスン、ハカン・チャルハノール。サッカーが好きな読者なら彼らの名前を知っているだろう。エジル、ギュンドアン、チャルハノールなどの名前は有名なので、サッカーをそれほど知らない読者でも聞いたことがあるかもしれない。エジルは2014年にドイツがワールドカップを制した時の主力のひとりで、アーセナル、レアル・マドリードといった超名門クラブでプレーした。ギュンドアンはキャリア初期、ドルトムントの主力として香川真司などと共闘、その後長くマンチェスター・シティでプレーし、名将ジョセッペ・グラディオーラのお気に入りのひとりであった。チャルハノールはイタリアで長くプレーしているミッドフィルダーで、ACミラン、インテル・ミラノというミラノの2大クラブで活躍している。 2026/01/30
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第6回 トフィック・ムサエフ――戦場の総合格闘家 / 加藤 丈資 2021年6月13日、アゼルバイジャン出身のトフィック・ムサエフが日本のリングに帰ってきた。日本を代表する総合格闘技(MMA)団体であるRIZINのファンにとっては待ちに待った瞬間であった。 2021/08/12
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第5回 ロマーリオとベベットの政界におけるパフォーマンス / 菊池 啓一 筆者はサッカー観戦を趣味にしているが、それには丁度中高生時代にあたる1993~1994年の出来事が大きく影響している。1993年のJリーグ開幕はプロ選手のプレーをスタジアムで生観戦する機会を与えてくれ、1994年の三浦知良のイタリア・セリエAへの挑戦は筆者の目が「ラテン」世界に向くきっかけとなった。さらに、1994年にアメリカで開催されたFIFAワールドカップは、世界のハイレベルな代表チーム同士の対戦がいかに面白いのかを教えてくれた。 2019/10/11
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第4回 選手とコーチはずっと知っていた――打てば入るホットハンドは信じていい / 伊藤 成朗 われわれは純粋にランダムな現象にもパタンや規則性を見出し、意味づけをしてしまいがちである。飛行機のオーバーブッキングで座席がアップグレードされ、チェックインした先のホテルの部屋もアップグレードされると、夕食では無料のデザートがサービスで来ると考えてしまうかもしれない。 2019/08/13
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第3回 ナショナリズムの象徴かそれとも犠牲者か――サッカーと旧ユーゴをめぐる紛争 / 今井 宏平・加藤 丈資 世界にはさまざまなスポーツがあるが、最も多くの国でプレーされているスポーツはやはりサッカーだろう。ボール1つあれば1人でも練習できるし、2人いれば試合ができる。元々はイギリスの労働者階級のスポーツだったこともあり、庶民スポーツの代名詞である。一方で、その庶民の熱狂が時に悲劇を生むことがある。 2018/10/03
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第2回 デニス・テン選手を悼んで――フィギュアスケーターの死がカザフスタン社会に問いかけたもの / 岡 奈津子 2018年7月19日、フィギュアスケートのソチ冬季オリンピック銅メダリスト、デニス・テン(Denis Ten)が暴漢に刺殺された。テン選手を襲った悲劇については日本のマスメディアも大きく取り上げたので、ご存知の読者も多いだろう。ただし、その内容がやや一面的なのは否めない。報道は、日本や海外のフィギュアスケート選手が送った追悼メッセージや、彼らとテン選手との交流に関するエピソードが中心だったからだ。 2018/08/03
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第1回 スティーブ・カー(Steve Kerr) 一家に根付く寛容と共生のマインドを胸に / 今井 宏平 シカゴ・ブルズの2度目の3連覇の際に、スリーポイントシューターとしていぶし銀の働きを見せたのがスティーブ・カーであった。カーはその後、NBAにおける名将、グレッグ・ポポビッチ率いるサンアントニオ・スパーズに移籍し、そこでも2個のチャンピオン・リングを獲得している。さらにポポビッチから帝王学を学んだカーは、現在、NBA屈指の強豪となったゴールデンステイト・ウォリアーズのコーチを務めており、3シーズンで2度のチャンピオンに輝いた。 2017/10/30
