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コラム
第70回 なぜ病院へ行かないのか?──植民地期の組織的医療活動と現代アフリカの医療不信
Willing to go see a doctor? Colonial medical campaigns and contemporary medical mistrust in Africa
PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00053763
2023年7月
(2,245字)
今回紹介する研究
Sara Lowes and Eduardo Montero, “The Legacy of Colonial Medicine in Central Africa,” American Economic Review, Vol. 111, No. 4, April 2021: 1284-1314.
アフリカにおける保健医療サービスの利用率は低い。医療提供体制が十分整っていないため利用したくても利用できないという供給側の問題を除けば、医療行為に対して市民が抱く不信感がその一因であることが多くの事例証拠で示唆されている。では、そのような不信感はどのようにうまれたのか。本論文は、植民地政府が組織的に行った政策医療活動(以下、組織的医療活動と略記)にその起源を求める。
眠り病対策──フランス植民地政府による組織的医療活動
1920~50年代、フランス植民地政府はカメルーンおよびフランス領赤道アフリカ(現在の中央アフリカ共和国、チャド、コンゴ共和国、およびガボン)で眠り病対策のための組織的医療活動を行った。眠り病は、病原体トリパノソーマを媒介するツェツェバエに刺された人間が感染する病気である。惰眠性の髄膜炎を引き起こし、また致死性が高いため、人道支援、労働力の確保、および熱帯医学を進歩させるため、その対策が施された。本論文は、この活動が、現在の市民が近代的な医療行為に対して抱く不信感に与えた影響を分析する。
この活動では、フランス軍医や現地人看護師からなる医療チームが眠り病の予防および治療行為にあたった。例えば、対象地域のすべての現地人は6カ月に一度、注射によりロミジン(ペンタミジン)を予防接種するよう求められた。しかし、注射は痛みを伴い、めまいや低血圧を引き起こした。また、注射後に皮膚組織が壊死する、および接種者が死亡する事故などもおきた。加えて、治療のために用いられた薬物(アトキシル)は感染初期の患者には有効であったが、そうでない患者への投与はその死亡をはやめた。さらに、アトキシルの副作用として、その服用により失明する患者も少なからず発生した。
現代まで続く医療不信
実証分析のため、著者らはまず、フランス軍の公文書を調べ組織的医療活動が当時集中的に行われた地域(以下、介入地域と略記)とそうでない地域(同、非介入地域)とを特定する。次に、因果効果を識別するための適切な計量経済学的処置を行ったうえで、複数の成果変数を分析する。最初の変数は、9つの疾患(例、ポリオ、結核、ジフテリア、破傷風、百日咳、麻疹)に対する5歳以下の児童のワクチン接種率(正確には接種歴に基づき作成した一つの指標)だ。この情報は1994~2014年に上記5カ国で実施された全国標本家計調査(Demographic and Health Survey)で収集された。また、HIVや貧血の蔓延度把握のため、同調査では同意した被調査者から血液も採取された(検査結果は本人に知らされず、調査チームも含め第三者が血液標本から個人を特定することはできない)。この血液採取への同意率も分析対象だ。分析の結果、介入地域のワクチン接種率や血液採取への同意率は、非介入地域よりも有意に低いことがわかった。また、組織的医療活動の影響を強く受けた民族の子孫ほど血液採取を強く拒んだ(この分析はカメルーンのデータのみで実施)。この結果から近代的な医療行為に対する不信感は親から子へと受け継がれていることがうかがえる。
次に著者らは、カメルーンおよびガボンで収集された異なる全国標本家計調査(Afrobarometer Surveys、2013~15年)データを用い、介入地域の住民は非介入地域の住民に比べ、近代的な医療サービス(例、病院や診療所への通院、体調不良時の薬の服用など)を利用しない傾向が強いことを示す。この傾向は、前者と後者の地域間でクリニック数などの医療提供体制に有意な違いが存在しないにもかかわらず確認された。また、医療と関係のない個人(例、隣人、親)や組織(例、地方政府、与党)に対する信頼度についても両地域間で有意な違いはなく、近代的な医療サービスに対する不信感の相違のみが際立つ分析結果であった。
さらに著者らは、1995~2014年に世界銀行が上記5カ国で実施した開発プロジェクトの達成度も分析する(AidData)。達成度は同機関の独立評価グループの採点による(5段階評点)。分析によると、介入地域で実施された公衆衛生プロジェクトの評点は、非介入地域よりも有意に低い傾向があった。なお、公衆衛生に関係しないプロジェクトについてはそのような傾向は見られなかった。
すべての人に健康と福祉を
同種の組織的医療活動は、他のアフリカ諸国でも植民地期に行われていた。そのため、本論文の分析結果から、植民地政府が過去に行った組織的医療活動が、アフリカ市民が近代的な医療行為に対して抱く不信感、ひいては同地域における現在の保健医療サービスの低い利用率の一因となっていることが推測される。「すべての人に健康と福祉を」は持続可能な開発目標の一つである。本目標をアフリカで達成するためには、医療提供体制の整備に加え、近代的な医療サービスへの不信感を取り除く必要がありそうだ。そのためには正しい知識や情報の提供が有効かもしれない。また、現在の医療政策が個人の医療選好(好み)を変え、未来の人類の健康に影響を与える可能性があることを、我々は常に心に留めておくべきであろう。
著者プロフィール
工藤友哉(くどうゆうや) アジア経済研究所開発研究センター主任研究員。博士(経済学)。専門分野は開発経済学、応用ミクロ計量経済学。著作に“Eradicating Female Genital Cutting: Implications from Political Efforts in Burkina Faso” (Oxford Economic Papers, 2023), “Maintaining Law and Order: Welfare Implications from Village Vigilante Groups in Northern Tanzania” (Journal of Economic Behavior and Organization, 2020), “Can Solar Lanterns Improve Youth Academic Performance? Experimental Evidence from Bangladesh” (共著The World Bank Economic Review, 2019) 等。
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