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コラム

途上国研究の最先端

第3回 子供支援で希望を育む

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050129

會田 剛史

2018年1月

今回紹介する研究

Paul Glewwe, Phillip H. Ross, and Bruce Wydick "Developing Hope Among Impoverished Children: Using Child Self-Portraits to Measure Poverty Program Impacts," Journal of Human Resource, forthcoming.

2017年のノーベル経済学賞は行動経済学への貢献に対して、シカゴ大学のリチャード・セイラー教授に授与された。心理学の知見に基づいて、伝統的経済学が前提とする人間観(ホモ・エコノミクス)の見直しを迫る行動経済学は、経済学のほぼ全ての領域に影響を与えているといっても過言ではない。開発経済学についてはこの影響が特に顕著であり、近年では貧困状態から抜け出すための希望・願望といった心理的要因の重要性についての研究が進んでいる。

本研究は、貧しい子供への支援プログラムが心理的指標をどれほど改善したのかを定量的に検証するものである。対象はCompassion InternationalというNPOがジャカルタで実施しているプログラムである。同プログラムでは、一般的なヘルスケア・食事・学費等への支援に加えて、「子供達を精神的・経済的・社会的・物理的貧困から解放する」という目標を掲げ、ボランティアの協力の下で勉強やグループ活動に週8時間以上、約10年に渡って取り組ませるという支援を行なっている。

分析のアプローチ

本研究が対象とするのは同NPOがジャカルタの4地域で実施したプログラムで、2つが2003年2月に、残り2つが2007年2月に開始されている。それぞれの地域では、実際に支援を受けた子供と、資金の制約のために参加の順番待ちをしている子供のリストが存在する。この2つのグループの間には、観測される属性については統計的に有意な違いはないものの、より支援の必要性の高い子供を優先的に支援するという方針のために、観測されない属性に違いが生じている可能性がある。よって、両者を単純に比較するだけではプログラムの効果を厳密に計測することができない。

そのために、(1)家計固定効果と(2)プログラム参加資格による操作変数法の2つの計量経済学的手法を用いる。(1)については、データ収集の際に、それぞれの子供たちに自分の兄弟姉妹を1人連れてきてもらう。こうすることで、1家計につき2人分の観測値が得られ、固定効果モデルにより家計に固有の観測できない異質性の影響を除去できる。(2)については、プログラムの参加は9歳以下の子供に限られるというルールが存在する。そこで、プログラム導入時の年齢をそれぞれダミー変数としたものを操作変数として用いる。

しかし、本研究で最も注目すべきは、子供の自画像を用いて心理状態に関する情報を集めている点である。データ収集のために集められた子供たちは、「雨の中にいる自分自身の絵」を描くように指示される。これは、逆境に対する子供たちの反応を示していると解釈することができる。精神的健康状態という計測し難い情報を得るためにこのようなアプローチが有効であることは、心理学では古くから知られている。

本研究では、分析前から設定しておいた20の基準に基づいて子供の自画像を分類し、それぞれのダミー変数を作っている。例えば、「人物が大きく(15cm以上)描かれている(積極性・自尊心を反映)」、「鼻や口がない(不安・抑うつ傾向を反映)」、「傘を持っている・雨宿りの場所がある(自己効力感を反映)」などの基準である。これらに加え、自尊心と希望に関する5つの質問への回答を含めた合計25の変数に対して因子分析を行い、「幸福度」・「楽観性・自己効力感」・「希望」という3つの指標を構築した。

この他にも、Kling et al.(2007)とAnderson(2008)の手法を用いて構成した指標も分析に用いられる。両者はいずれも、各20の基準が3つのいずれの指標に対応するものかを事前に分類し、それぞれについて正規化した変数の平均値を取るというものである。ただし、Kling指標は単純平均を取るのに対し、Anderson指標は変数間の共分散の逆数に基づいたウェイトによる加重平均を取るという違いがある。

分析結果と今後の課題

最も信頼性が高いと考えられる家計固定効果と操作変数法による推定値では、プログラムへの参加で因子分析に基づく幸福度と希望の指標がそれぞれ標準偏差にして0.55と0.85ポイント高まることがわかった。ただし、楽観性・自己効力感の指標については、統計的に有意な結果は確認できなかった。Kling指標については幸福度と楽観性・自己効力感にそれぞれ0.46ポイント、0.93ポイントの有意なプラスの効果を確認しているものの、希望については有意な結果は得られなかった。Anderson指標については、楽観性・自己効力感のみに0.92ポイントの有意なプラスの効果が得られ、幸福度と希望については有意な結果が得られなかった。このような分析結果の違いは、指標の作り方の違いに起因するものだと考えられる。

本研究の最大の貢献は、子供の心理状態という定量的に捉えにくい情報を、自画像を用いて可視化し、子供支援プログラムの効果を厳密に計測したという点にある。ただし、そのインパクトの大きさをどのように解釈すればよいかという課題は残っている。同プログラムが幸福度・自己効力感・希望という抽象的な指標に与えたプラスの効果は、現実に子供の将来の社会経済行動にどれほどの影響を与えるのだろうか。この点についてはさらなる研究が求められているといえよう。

著者プロフィール

會田剛史(あいだたけし)。ジェトロ・アジア経済研究所開発研究センター研究員。博士(経済学)。専門分野は開発経済学。最近の論文に、 "Neighbourhood Effects in Pesticide Use: Evidence from the Rural Philippines," Journal of Agricultural Economics, forthcomingや、"Is Farmer-to-Farmer Extension Effective? The Impact of Training on Technology Adoption and Rice Farming Productivity in Tanzania," World Development, forthcoming(共著)など。

書籍:Journal of Agricultural Economics

書籍:World Development

参考文献

  • Anderson, M. L. (2008) "Multiple Inference and Gender Differences in the Effects of Early Intervention: A Reevaluation of the Abecedarian, Perry Preschool, and Early Training Projects," Journal of the American Statistical Association 103, 1481-1495.
  • Kling, J., J. Liebman, and L. Katz (2007)"Experimental Analysis of Neighborhood Effects," Econometrica 75, 83-119.
【特集目次】

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