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コラム

途上国研究の最先端

第37回 一夫多妻制――ライバル関係が出生率を上げる

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00051535

2020年1月

(2,959字)

今回紹介する研究

Pauline Rossi. 2019. "Strategic Choices in Polygamous Households: Theory and Evidence from Senegal," Review of Economic Studies 86 (3): 1332–1370.

サブサハラアフリカ(以下アフリカ)諸国ではなぜ出生率が下がらないのか。経済成長するにしたがって出生率が低下する現象(人口転換)は多くの途上国でみられるが、例外的にアフリカ諸国では出生率が高いままである。最新の世銀開発指標によると、アフリカ女性の合計特殊出生率は5人である。この問いに答えるべく、本研究はセネガルのデータを用いて、一夫多妻制における妻の競争関係が出生率上昇につながり得ることを、初めて定量的に示した。
一夫多妻制下の妻たちは互いにライバル
以前から一夫多妻制と出生率との関係は、人類学者や人口学者たちの関心を集めてきた。人類学者は、妻たちはライバル関係にあるため、競争の結果出生率は上昇するだろうことを指摘してきた。一方で、人口学者のあいだでは、夫が子どもの数に関して決定権をもっており、一夫多妻制下では女性一人が出産する子どもの数は少なくなるため、出生率は低下するという見方が優勢であった。本研究は前者の見解に依拠し、一夫多妻制下において、妻がライバル関係にある他の妻に対して、とりわけ相続に関して優位に立てるかどうかは、出産した子どもの数によるため、妻の合理的な選択の結果として多産になるだろうことを仮説としてたてた(①競争効果)。対立仮説として、夫が子どもの数を決定する結果、妻たちの出産は代替関係にあり、少子化につながるという後者の見解(②代替効果)、また、妻一人についてみれば夫との性交渉の頻度が自然と少なくなり少子化となること(③自然効果)を立てた。本研究の意義は、これらの対立仮説を初めて定量的に実証したことである。
実証戦略

本研究における重要な仮定は、第二夫人をめとるかどうかは第一夫人の出産歴によらない、および一夫多妻に移行する前の第一夫人の出産は第二夫人をめとる期待可能性によらない、という2点である。この強い仮定については、女性の出産ライフサイクルが一夫多妻に移行する前の女性と一夫一婦のままの女性とで違いがないこと、一夫多妻に移行する前の女性の出産ライフサイクルが第二夫人をめとるタイミングや妊孕性(妊娠する力)に影響をうけないこと、を示すことで正当化している。ここで出産ライフサイクルとは、出産年齢が同じ女性を比べると、子どもの生まれ順が後になるほど出産間隔が開くこと、出産した子どもの生まれ順が同じ女性を比べると、若いうちは出産年齢が上がるほど出産間隔が短くなるが、さらに上がると出産間隔が長くなっていくこと、を指す。実際の推定では、個人固定効果をコントロールしたうえで、第二夫人をめとった後の第一夫人の出産間隔、および第二夫人の妊孕性によってその間隔がどのような影響を受けるか、という点が、上記の①から③までの仮説のいずれと整合的であるかを示すという実証戦略をとっている。理論モデルの帰結は、もし①競争効果が強く働けば、第二夫人の年齢が低い(妊孕性が高い)ほど第一夫人の出産間隔は短くなるだろうし、②代替効果もしくは③自然効果が強く働くのであれば、その逆となる。推定結果によると、第二夫人の年齢が低いほど、第一夫人の出産間隔は短くなった。またこの効果は、第一夫人の教育水準が高いほど大きい。

以上が柱となる推定であるが、第二夫人をめとるかどうか、および一夫多妻に移行する前の第一夫人の出産の内生性に関して、上記の強い仮定に依拠していることから、丁寧に対立仮説の検証を行うほか、さまざまに頑健性を確認している。例えば、死別や離婚などによって一夫多妻が一夫一婦になった場合に真逆の関係がみられる、ライバル妻が出産した子供の性別によって出産間隔が変わる、といったことである。第二夫人をめとるかどうか、および一夫多妻に移行する前の第一夫人の出産に関する意思決定は、通常外生ではないと思われるが、本研究のような丁寧な検証を行うことで、解決し得る可能性を示した点でも研究の参考になろう。

一夫多妻制と出生率との関係は一律でない

本研究はセネガルのデータを使用した実証研究であるが、アフリカ諸国のうち一夫多妻制が目立ってみられる11カ国の1986年から2013年のDHS(Demographic and Health Surveys)データを用いて、一夫一婦および一夫多妻関係にある女性が出産する子どもの数(完結出生児数)を時系列で比較している。それによると、初期は一夫多妻制下の女性の方が完結出生児数が少ないが、30年ほどのあいだに9カ国においてその関係が逆転し、現在では一夫多妻制下の女性の方が出生児数が多くなっている。一夫多妻制と出生率の関係において、上記の①から③までの仮説のうち、時期や地域によって優勢な仮説が変わってくることが示唆されるが、本研究はそれに加えて、女性のエンパワメントに関して非常に興味深い指摘をしている。一般的に、性と生殖に関する健康や権利に関する知識、避妊や子どもの数に関して意思決定権を得るなど、途上国女性のエンパワメントは、出生率の低下につながるとされてきた。本研究はそのような議論に一石を投じるものである。すなわち、一夫多妻制下においては、妻どうしが競争関係にあるため、女性の教育水準が高く妊娠と出産に関し夫に比して意思決定権が強いほど、出生率が上昇し得るということである。これは、早くにDas Gupta(1987)が、インドの男児選好の文脈で、教育水準が高い女性ほど子どもの性比(女児に対する男児の割合)が不自然に高いことを示したことと共通している。本研究は、女性のエンパワメントと社会経済開発指標との複雑な関係を改めて考えさせるものといえよう。

写真:筆者派遣先のPopulation Council

筆者派遣先のPopulation Council(途上国の人口問題や女性の妊娠、出産、避妊などに関する研究が盛ん)の前で。
参考文献

Das Guputa, Monica. 1987. "Selective Discrimination against Female Children in Rural Punjab." Population and Development Review 13(1):77–100.

著者プロフィール

牧野百恵(まきのももえ) アジア経済研究所海外研究員(ニューヨーク)。博士(経済学)。専門分野は家族経済学、人口経済学。著作に"Dowry in the Absence of the Legal Protection of Women’s Inheritance Rights"(Review of Economics of the Household, 17(1), 2019: 287-321) "Marriage, Dowry, and Women’s Status in Rural Punjab, Pakistan"(Journal of Population Economics, 32(3), 2019: 769-797)等。

書籍:Dowry in the Absence of the Legal Protection of Women’s Inheritance Rights

書籍:Marriage, Dowry, and Women’s Status in Rural Punjab, Pakistan

【特集目次】

途上国研究の最先端