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論考

支持される権威主義的反動――世論調査から見るフィリピン政治の現在

 

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00051931

2021年1月

(14,172字)

強権的指導者への支持

フィリピンでもコロナウィルスの感染拡大が続き、1月初め時点で48万人を超える感染者数を記録した(死者は9000人超)。東南アジアではインドネシア(感染者79万人、死者2万3000人)に次ぐ規模である。経済的にもそのダメージは深刻で、2020年第2四半期の国内総生産(GDP)実質成長率は、前年同期比でマイナス16.9パーセント、第3四半期ではマイナス11.5パーセントとなっている。それでも、政権発足から高い支持率を享受してきたロドリゴ・ドゥテルテ大統領の人気は揺るがない。2020年9月に実施されたフィリピンの民間世論調査機関Pulse Asiaの世論調査(1200人対象)で、91パーセントの回答者が「支持する」と答えた1 。公正な世論調査として信頼されているPulse Asiaの調査で、このような高い支持率が示されるのには驚くばかりである。

ドゥテルテ大統領は、2016年に政権についてから、その麻薬取締の強権的な手法で国際的にもよく知られる。もうあまり報道もされなくなったが、2020年10月の時点での累計で見ると、殺害された麻薬取引容疑者は少なく見積もっても5800人を超えると報告されている(Gomez 2020)2 。ここ最近では、メディアへの圧力を一層強め、強権的な指導者という評価に疑問の余地はない。

この強権的な指導者が依然として高い支持を受けているのは、少なくともここ数カ月の短期的な状況については、新型コロナウィルスの感染拡大という危機に強権的な手法で対処する指導者が求められているからと説明することは可能である。感染者数の増加状況を見れば必ずしも客観的に成果を上げているとは思われないものの、世論調査の結果ではドゥテルテ政権の感染症対策に対する評価は高い。Pulse Asiaの2020年9月の調査では、回答者の84パーセントが対策を評価すると答えている3 。とはいえ、感染症が拡大する以前から高い支持率を一貫して維持してきたことを考慮すれば、すでに高い支持がさらに強化されたという理解が適切だろう。

もうひとつの説明は、ドゥテルテ大統領はポピュリストであり、これまで社会経済エリートに支配されてきた政治を壊し、経済格差の進行するなかで経済成長から取りこぼされた人々の不満にこたえているから、というものだろう。彼の言葉にポピュリストとしての特徴が散見されることは確かであり、既存の政治エリートへの反発が背景にあることも否定できない。ただ、中間層あるいはそれより所得の高い層からドゥテルテ大統領はかなり強い支持を獲得しており、そうした階層の期待が、ポピュリズムの核となる反エリート主義だと考えるのは自然ではない。ドゥテルテ大統領の基盤は「規律」と「秩序」の確立にある。ポピュリズムによる説明は部分的なものであろう4

ドゥテルテ大統領への支持は、1986年の民主化以来、30年以上を経たフィリピン民主政治に対する長期的に醸成された苛立ちが顕在化したものである。その苛立ちは、かつては、政治的平等の建前が実質を伴わず、エリート支配が不動で、また、経済的な不平等も継続してきたことに向けられていた。しかし、ドゥテルテ大統領をめぐる人々の行動は、こうした論理で十分説明できない。国内で「勝ち組」「負け組」が生まれたことで生じる争いがドゥテルテ大統領への支持の基盤にあるというよりは、むしろ、フィリピンそのものが「負け組」になっているのではないかという認識が強まり、そこから脱出する試みとして強権的な指導者を支持していると理解することができよう。これは民主政治に対する重大な挑戦を含んでいる。いわば民主政治に対する権威主義的な反動と呼ぶべき現象がこのドゥテルテ政権の登場であり、それが広範に国民に受け入れられている。ドゥテルテ大統領への支持の高さはそのように考えられる。

以下では、世論調査を含むいくつかの定量的データを踏まえながら、この強権的な指導者への支持の中身を探ってみる。

写真:フィリピン国家警察特殊部隊隊員とロドリゴ・ドゥテルテ大統領(2016年10月10日)。

フィリピン国家警察特殊部隊隊員とロドリゴ・ドゥテルテ大統領(2016年10月10日)。
権威主義の深化と世論

そもそもフィリピンの政治体制をどのように評価すれば良いだろうか。民主政治に対する権威主義的な反動が本当に生まれているのだろうか。

政治体制を評価するデータセットとしてよく知られたものとして、Polity 5、Freedom House、Varieties of Democracyなどがある。いずれも専門家の評価に従って各国の民主主義の度合いや自由度について年毎に指標化したものである。このうち、Polity 5は制度的な側面に注目する評価に基づいているため、ドゥテルテ政権が制度的な枠組みの変更をもたらしていないことを反映して、フィリピンの民主主義の度合いはドゥテルテ政権になっても変わっていない5 。その相対的な度合いは、民主主義として完全なスコアを獲得してはいないものの、民主主義の範疇に入るレベルとなっている。2つめのFreedom Houseのデータセット(Freedom in the World)は、政治的権利と市民的自由の2つの指標から各国の自由の度合いを指標化している。フィリピンの評価は2つ前の政権であるグロリア・マカパガル・アロヨ政権の途中(2004年)に、「自由」のレベルから「部分的に自由」にその評価が下げられたままとなっているが、ドゥテルテ政権下の2019年には2つの指標のうち市民的自由の度合いが低下している6 。この市民的自由とは表現・信条の自由、結社の自由、法の支配、個人の自律性などを含む指標である。これはPolity 5の評価基準に含まれていない(Marshall and Gurr 2020)。

3つめのVarieties of Democracyは民主主義の5つの柱(選挙、自由、政治参加、熟議、平等)をそれぞれ指標化したより包括的なデータを提供している7 。このデータセットではすべての指標でドゥテルテ政権において民主主義の度合いの低下が見られる。図1はそれをグラフに示したものである。

図1 Varieties of Democracy指標に見るフィリピンの民主主義の推移

図1 Varieties of Democracy指標に見るフィリピンの民主主義の推移

(出所)Varieties of Democracy V.10から筆者作成。

5つの指標のなかでも特に自由指標の低下の度合いが大きい。これはFreedom Houseの市民的自由と近い内容で、個人の権利保護の度合いを指標化したものと考えて良い。ドゥテルテ政権において民主主義の制度は変化していないものの、個々の市民の自由が制限される傾向が見られるというのが一般的な評価と考えて間違いないだろう。最高裁長官の解任、政権に批判的な上院議員の逮捕、人権委員会への圧力などによって執政府に対する抑制が低下しており、また、最近では政権に批判的なインターネットメディアの代表の逮捕や、フィリピンの大手メディアに対する免許更新をめぐる圧力が、表現の自由に関連する事件として代表的である8

このような民主主義の水準の低下、特に市民的自由の侵害が進行しているなか、ドゥテルテ大統領への支持は高いままである。比較の視点を持つために、ドゥテルテ大統領を含むフィリピンの歴代大統領に対する支持率の推移を見てみよう。Pulse Asiaと並んで、フィリピンにおいては老舗の世論調査会社であるSocial Weather Stationsは、民主化以降、定期的に大統領に対する「満足度」を調査してきた。図2はそのデータに基づき各大統領の満足度率から不満度率を差し引いた「純満足度」(net satisfactionと呼んでいる)の推移を示したものである。

図2 フィリピン大統領に対する純満足度推移

図2 フィリピン大統領に対する純満足度推移

(出所)Social Weather Stationsのデータから筆者作成。

ドゥテルテ大統領を除き、歴代大統領に共通しているのは、大統領就任直後に最も高い満足度を記録するものの、徐々にそれが落ちていく傾向である。おおまかに見れば、大統領任期6年のちょうど中間にあたる3年目で実施される中間選挙(上院半数、下院全議席、地方選挙職の改選)以降は停滞傾向が顕著になり、任期を終える頃には若干の上昇を見せるにしても、当選直後の勢いはもう見られなくなる。これに対しドゥテルテ大統領は、当選直後の高い水準を維持し続けている。

先述のように新型コロナウィルスの感染拡大が、当選からすでに4年経った現在でも高い満足度を支えている可能性は十分ある。新型コロナウィルスの感染拡大という危機が政府の強権的な対策を求め、それがひいては強権的な指導者への支持につながっているという理解である。危機によって深まる人々の不安は、強い指導者による迅速な解決への期待を高める。あるいは、危機が強権的な統治に正統性を与える。非常事態と強権的政治のごく一般的な相関関係が、コロナ危機に直面したフィリピンにおいても、強権的な統治を進めるドゥテルテ大統領への支持という形で現れているという理解は自然だろう。感染対策として強制的に都市を封鎖するという手法は、強権的な政権であればあるほど徹底的に実施できる。3月にマニラ首都圏が封鎖された際に、約3万人の封鎖違反者を逮捕し、違反者を警官が殺害する事件まで発生した(Presto 2020)。感染症対策と統治の強化は密接に結びつく。

しかし、従来のパターンから考えれば、中間選挙の実施された2019年ごろから満足度の低下傾向が見られてもおかしくはない。感染拡大は中間選挙からほぼ1年を過ぎてからであり、その前の満足度は感染症とは関係がない。にもかかわらず、中間選挙前後からむしろ支持は増加している。コロナ危機がドゥテルテ政権に対する支持を一層押し上げているとしても、そこにだけフィリピンでの強権的な指導者への支持の原因を求めることは難しい。

ポピュリズムなのか

ドゥテルテ大統領への高い支持の継続を説明するもうひとつの可能性は冒頭で触れたポピュリズムの強さである。フィリピンの民主化は結局のところ、フェルディナンド・マルコス大統領による権威主義体制が成立する1973年以前の政治の在り方、すなわち社会経済エリートによる支配を復活させただけであり、そうしたエリート支配の民主主義に対する反発がドゥテルテ政権支持につながっているという説明である。

エリート支配の民主主義に対する反発がフィリピン社会に存在していることは紛れもない事実である。所得格差は依然として大きい。そうした状況のなかで、これまで大統領候補となった人々はほぼすべてが低所得者向けの社会政策に重点を置くことを強調する。なかでも顕著にその特徴を持ったのが、1998年に政権を握ったジョセフ・エストラーダ大統領だった。彼をフィリピンにおけるポピュリストの代表として比較の参照対象とすると、ドゥテルテ大統領への支持の中身について重要な情報を得ることができる。

エストラーダ大統領は、大学中退で俳優業出身という経歴を看板に、既存のエリートとは違って大衆に近い存在であることをアピールした。「貧困層のためのエラップ(エストラーダ大統領の愛称)」をうたい文句に、反エリート主義を前面に押し出して選挙で大勝した。彼は、民主化しても生活向上が実感できない低所得者層にターゲットを絞り、エリートに蹂躙された政治を取り戻すことを主張した文字どおりのポピュリストであった。

フィリピンでは、所得格差の大きさを反映して社会階層が主要な社会の亀裂となっている。にもかかわらず、低所得者層を代表する政党が存在せず、社会経済エリートが私的財を低所得者層に配ることで票を買い、選挙に当選して権力を掌握する、いわゆるクライエンテリズムと呼ばれる垂直的な関係性が政治動員の柱となってきた。こうした垂直的な関係のもとでは、同じ社会階層に属する市民が水平的に団結することが難しくなる。これに対し、直接、低所得者層に語りかけたエストラーダ大統領は、垂直的なクライエンテリズムの関係を超えて、人々からの支持を調達することができた。クライエンテリズムによる集票が、少なくとも全国レベルでの直接投票によって決定される大統領選挙で効かず、エストラーダ大統領は政権を掌握したのである。

エストラーダ大統領の反エリート主義のメッセージは、相対的に所得が低い層が多い農村での支持を拡大し、また、社会階層ごとで見れば、低所得者層、最貧層での支持を多く取り付けた。図3のデータはこうした傾向を顕著に表している。

図3 エストラーダ大統領とドゥテルテ大統領の属性別純満足度

図3 エストラーダ大統領とドゥテルテ大統領の属性別純満足度

(出所)Social Weather Stationsのデータから筆者作成。

図3は回答者の属性別にエストラーダ大統領(1999年6月時点)とドゥテルテ大統領(2019年12月時点)の純満足度をグラフに示したものである。全体で見ると、エストラーダ大統領に対する純満足度の方がやや低いが、それでも65ポイントというのはかなり高い水準と言える。二人とも高い支持を獲得した大統領であることは間違いない。しかし、その内訳は両者の間で異なる。

反エリート主義を掲げるポピュリストを、農村や所得の低い層が支持するのを説明するのはそれほど難しくないだろう。農村は概ね経済開発から取り残され、都市に居住する「勝ち組」への反発を強く持つ。社会階層別に見れば、高中所得者層はポピュリストが生み出す既存の秩序の破壊を恐れる一方で、低所得層、最貧層は、自分たちの階層を固定化させるまさにその既存の秩序を破壊してほしいと願う。

エストラーダ大統領については、都市よりも農村で高い満足度を獲得しているとともに、高中所得層での低い満足度と低所得層、最貧層での高い満足度が明確に現れている。これに対し、ドゥテルテ大統領は、全体としては万遍なく支持を取り付けていて、階層などの属性による違いはそれほど明確ではない。しかし、よく見てみると、エストラーダ大統領に対する満足の在り方とは反対の傾向を読み取ることができる。つまり、農村よりも都市で満足度が高く、低所得層や最貧層よりも高中所得層での満足が高いということである。ポピュリズムの定義やその多様性についての議論は尽きないが、ドゥテルテ大統領が少なくともこれまでのフィリピンのポピュリスト的な支持のパターンから逸脱していることが分かる9 。実際の政策を見ても、政治経済エリートへの対応、農業政策における低所得層対策、税制や公共投資などの点で、反エリート主義とは逆の政策が行われているという指摘もある(Mendoza and Jaminola 2020)。

ポピュリズムを左派ポピュリズムと右派ポピュリズムに分類する立場からすれば、右派ポピュリズムは新自由主義的な政策と親和性が高いと議論するものもあり、その流れで言えば、ドゥテルテ大統領を右派ポピュリズムと理解することは可能だろう(Putzel 2020)。ただし、多くの国では、右派ポピュリズムは移民への強硬な反発など排外的な傾向を持つが、ドゥテルテ大統領にそれは見られない。反エリート的な言説が認められることからドゥテルテ政権をポピュリズムのなかに収めることは可能だが、それだけで現在のフィリピンの政治を説明すると、重要な部分がこぼれ落ちることが懸念される。その重要な部分とは、反エリート主義の論理とは別の統治強化の問題である。

統治強化への期待
従来のフィリピンのポピュリズムのパターンと異なるドゥテルテ大統領への支持は、どのように説明できるだろう。市民の政治指導者に対する期待の内容を見るとそれが何であるかを知る手がかりが得られよう。図4は主観的な自分の社会階層属性別に見た指導者と民主主義制度の関係についての選好を示したものである。質問は、統治のタイプについて「議会や選挙を排して強い指導者が物事を決定すべきだ」という考えに同意するかどうかを尋ねたものである。結果は自らを最も高い地位を持つ社会階層と認識する人たちの間で、そのような考えに同意する人たちが半分に上っており、その顕著さが際立っている。調査されたのは2014年なので、ドゥテルテ政権が誕生する2年前になるが、それでもドゥテルテ大統領に対しどのような期待があったかを見ることができる。強い指導者による問題の迅速な解決を望む選好がこの階層で強いことが見られる。

図4 議会や選挙を排して強い指導者が決定することへの同意・不同意

図4 議会や選挙を排して強い指導者が決定することへの同意・不同意

(出所)Asian Barometer Wave 4のデータから筆者作成。2014年の調査に基づく。
それではドゥテルテ大統領の統治の下で、民主主義に対する見方は何らかの変化を見せただろうか。Social Weather Stationsがこれまで実施してきた民主主義に対する満足度の調査結果を見てみよう。図5は自国での民主主義の運営のされ方に対する満足度の推移を表したものである。合わせて、先述のVarieties of Democracyの指標のうち、ドゥテルテ政権の影響が最も大きい自由民主主義の指標の推移を同じグラフに書き込んである。なお、民主主義への満足に関するデータは1991年以降のみ入手可能なので、それ以降の傾向を示してある。

図5 フィリピンにおける自由民主主義の度合いと民主主義への満足度の推移

図5 フィリピンにおける自由民主主義の度合いと民主主義への満足度の推移

(出所)Varieties of DemocracyとSocial Weather Stationsのデータから筆者作成。
自由民主主義指標は左軸、民主主義への満足は右軸。

専門家たちの評価では自由の度合いがドゥテルテ政権成立の2016年から一気に下降傾向を見せているが、人々の民主主義に対する満足度は高い。フィリピンの市民が、専門家たちとは異なり、ドゥテルテ大統領の統治を民主主義の枠組みのなかで評価しているのが興味深い。これは東南アジアでは、民主主義をその定義から理解するのではなく、汚職取締りなどの統治の質や経済パフォーマンスで評価する傾向が見られるという既存研究の主張に合致している(Pietsch 2015)。先述のAsian Barometerの調査結果(2014年)で見ると、フィリピン、インドネシア、タイ、マレーシア、シンガポールのなかで、自国の民主主義のレベルが高いと考える人が最も多いのも、また、自国の民主主義の運営のされ方に満足している人が最も多いのもシンガポールであるということと、これは同列に理解することができる10 。言うまでもなく、シンガポールの政治体制を民主主義と分類することは比較政治学のなかでは合意を得られない。シンガポールで民主主義への満足度を支えているのは、その政府の統治の強さである。犯罪が少なく、秩序が維持されている状況を民主主義がうまく機能していると認識している。

強権的な統治を民主主義として評価していることからすれば、はからずも、戒厳令を布告し、フィリピンに権威主義体制をもたらしたフェルディナンド・マルコス大統領の子どもたちが政治的にも復権し、ドゥテルテ大統領と近い関係を作っているのが偶然ではないということがわかるだろう。マルコス権威主義体制に関して、「規律のあった時代」という印象が作られ、そうした新しい認識が強権的な政治家への支持へとつながっている (Whaley 2016)。マルコス大統領の息子マルコスJr.(通称ボンボン)が2016年の大統領選挙と同時に行われた副大統領選挙において僅差で次点だったことがそれを如実に物語っている11 。民主化から30年を経て、負の記憶が忘れさられ、国民のなかに権威主義体制を経験していない新しい世代が登場したことも、権威主義的反動に大きく寄与している。若い世代からのドゥテルテ支持は、特に2016年の大統領選挙において顕著である。TV5-SWSの出口調査によると世代別で最もドゥテルテ支持が多かったのが18歳から24歳の世代だった(Magahas 2016)12

情報通信技術と権威主義的反動

欧米を対象とした研究では、ポピュリズム支持の傾向が強いのは情報通信技術の進展から取り残されたかつての産業化時代に拡大した中間層(技術職や一般事務職)と見られている(Boix 2019, Iversen and Soskice 2019, Norris and Inglehart 2019)。しかし、産業化を十分経験していないフィリピンにおいて、こうした中間層は国内的には勝ち組であっても、取り残された存在ではない。また、むしろ労働者送り出し国であるフィリピンで、欧米のように移民労働者への排斥感情が高まっているわけでもない。一方、社会階層間の対立が深まり、低所得者層によるエリートへの反発が表出してドゥテルテ大統領への支持につながっているのとも異なる。

アキノ前政権期からコロナウィルスが拡大する直前まで、世論調査に示された今後の生活の質に対する人々の期待はかなり楽観的なものに変化してきていた。ベニグノ・アキノ3世の当選が決まった2010年5月直後に実施されたSocial Weather Stationsの調査で、今後12カ月の生活の質に対する見込みを楽観的に見る人の割合が急速に増えたが(41パーセント)、ドゥテルテ政権成立後も一貫して楽観的な見方が増加し、悲観的な見方が減少していった。2019年の12月には楽観的な見方が48パーセント、悲観的な見方が4パーセントとなっている13 。経済成長、生活の質の向上への期待は、それを維持するために国家の統治能力の強化を一層求める。

強面の統治姿勢によって統治能力を強化しているという印象が民主主義の機能向上と解釈され、高い支持を受ける。やっかいなのは、汚職取締りなど本質的な統治能力強化はそれほど進んでいないにもかかわらず、印象だけでそうした状況が生まれていることである。図6は世界銀行のWorldwide Governance Indicatorsというデータセットから汚職の統制度合いについての評価をグラフにしたものである。2010年のアキノ前政権誕生で大きく汚職の統制が進んだが、政権後半から汚職が再び盛り返し、ドゥテルテ政権発足後もその汚職の拡大傾向は止まらない。これを見ると統治能力の強化が実際にどの程度進んでいるかは、その政権に対する満足度と関係がないように思える。フェイクニュースの例を出すまでもなく、SNSなど情報技術の発展は、事実とは異なる認識を多くの人たちに広める効果を持っている。

図6 フィリピンにおける汚職の統制度合いの推移(推定値)

図6 フィリピンにおける汚職の統制度合いの推移(推定値)

また、そうした情報通信技術は容易に人々を政治動員することを可能にし、旧来のクライエンテリズム的な政治動員がますます効果を持たなくなる(Franco and Calamba 2019, Ong, Tapsell and Curato 2019)。そこでは、もっぱら政治家個人の印象が人々の政治行動に大きく影響し、特定の問題のみをセンセーショナルに取り上げる政治家に非常に有利に働く(川中 2019)。例えば、2019年9月のSocial Weather Stationsの調査でアメリカと中国とどちらとの関係がフィリピンにとって重要かという質問に対し、78パーセントの回答者が「アメリカ」と答え、「中国」という答えは12パーセント、「双方とも重要」という答えは5パーセントにとどまっている14 。これはドゥテルテ大統領の親中国、反アメリカの外交姿勢に真っ向から反する。しかし、人々は、もっぱら犯罪取締に関心を寄せ(ここ数カ月は感染症対策)、その問題のみで政権への態度が決定されている。

行動が制約される権威主義よりも自由が保障される民主主義を市民は好む、という前提は、支持される権威主義的反動の登場によって挑戦を受ける。なぜ人々は権威主義的反動を支持するのか。それは、ドゥテルテ政権を理解するための重要な問いであり、国際的にも注目されている民主主義の後退を理解することにつながる。

本研究はJSPS科研費JP20K01466、JP19H00582の助成を受けたものです。

写真の出典
参考文献
著者プロフィール

川中豪(かわなかたけし) アジア経済研究所地域研究センター上席主任調査研究員。博士(政治学)。専門分野は比較政治学。著作として『教養の東南アジア現代史』ミネルヴァ書房、2020年(編著)、『後退する民主主義、強化される権威主義――最良の政治制度とは何か』ミネルヴァ書房、2018年(編著)、Political Determinants of Income Inequality in Emerging Democracies, Singapore: Springer, 2016 (with Yasushi Hazama)など。

書籍:教養の東南アジア現代史

書籍:後退する民主主義、強化される権威主義

書籍:Political Determinants of Income Inequality in Emerging Democracies


  1. September 2020 Nationwide Survey on the Performance and Trust Ratings of the Top Philippine Government Officials and the Performance Ratings of Key Government Institutions – Pulse Asia Research Inc.
  2. Ratcliffe (2020)は公式には少なくとも8663名が殺害されたとされているが、実数は3倍に上る可能性があると報告している。
  3. September 2020 Nationwide Survey on the National Administration and the President’s Handling of the COVID-19 Pandemic.
  4. ポピュリズムの定義に合意を見ることはなかなか難しいが、ここではMüller (2016)やMudde and Kaltwasser (2017)がその中核に据える反エリート主義を基準とする。
  5. INSCR Data Page, Center for Systemic Peace.
  6. Freedom in the World, Freedom House.
  7. Varieties of Democracy.
  8. こうした事象は「法の支配」の侵食である。これを整理したものとして、Dressel and Bonoan (2019)。
  9. ただし、異なる属性(例えば所得や教育、居住地、世代など)の効果を統制するとそれぞれの効果が異なることは注意が必要である。ここではあくまで大まかな傾向を示しているのみである。また、ドゥテルテ大統領に対する高中所得者層の満足度と比べ低いものの、それでも低所得者層、最貧層もかなり高い満足度を示していることをどう説明するかは、興味深い問題と言える。この点については日下(2018)を参照。
  10. シンガポールで自国が完全な民主主義、あるいはやや問題はあるものの民主主義と考える人の割合は82.6パーセント。自国の民主主義の運営の仕方に満足している人の割合は82.9パーセントだった。
  11. フィリピンの正副大統領選挙は同日に実施されるものの、アメリカのようにペアで行うのではなく、それぞれ独立して投票の対象となっている。
  12. 対抗候補のマヌエル・ロハスII世上院議員との得票率の差は、18〜24歳で33ポイント、25〜34歳で26ポイント、35〜44歳で14ポイント、45〜54歳で10ポイント、55歳以上で4ポイントと、世代が若ければ若いほど大きかった。ただし、その後、すべての世代でドゥテルテ大統領に対する満足度が向上している。2019年7月のSocial Weather Stationsの調査では、最も純満足度の低い45〜54歳でも64ポイントとなり、最も高い純満足度を示したのは35~44歳の78ポイントだった。Fourth Quarter 2019 Social Weather Survey: Pres. Duterte's Net Satisfaction at new record "Excellent" +72. 
  13. SWS July 3-6, 2020 National Mobile Phone Survey – Report No. 17: 36% of adult Filipinos expect their quality-of-life to worsen in the next 12 months. 
  14. Third Quarter 2019 Social Weather Survey: 52% say the Philippines can have good relations with both China and the US; 78% say PH’s relationship with the US is more important than with China.
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