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コラム
第3回 ラオス――カブトムシは食べ物だった
PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050428
2018年7月
小学生の頃、毎年夏になると近所の雑木林によくカブトムシを捕りに行った。そして何匹もカブトムシを捕まえては虫かごに入れ、家に持って帰った。それから何十年が経ち、今では息子が同じように夏になるとカブトムシを捕まえている。カブトムシは夏に捕まえ、飼育する昆虫であり、まさか自分が大人になりカブトムシを食べるとは夢にも思わなかった。大人になってからも、ラオスに来るまではカブトムシが食べ物だという認識はなかった。そう、カブトムシは食べ物だったのである。
現在の赴任先であるラオスでは、お昼ご飯のお弁当、村での食事、飲み屋などで、昆虫食が当たり前のように出てくる。初めてラオスに赴任した2003年当時、最初に食べた昆虫はコオロギだった。その時は嫌々食べた記憶がある。しかし今ではコブミカンの葉、レモングラス、ニンニクとともに揚げたコオロギはビールに最適なおつまみと思うようになった(写真1)。日本の居酒屋にある川エビのから揚げに似ている。今ではバッタ、芋虫、幼虫、タケムシ、カメムシ、アリ、タガメなどが食べられるようになった(写真2)。というよりも、テーブルに並んでいると自然と手が出るまでにレベルアップした。昆虫以外にも、リス、ネズミ、トカゲ、ヘビ、赤アリとその卵なども食べる(写真3)。チャンパーサック県で食べた赤アリとヘビのスープは忘れることができないほど絶品だった。市場で生きているヘビを購入し、直接炭火であぶりウロコを取り、ぶつ切りにして酸味が出る赤アリと塩などで煮るだけのシンプルなスープだが、本当においしかった。
このようにラオスに来てからさまざまな昆虫や動物を食べたが、もっとも不味かったのがカブトムシの成虫である(写真4)。首都ヴィエンチャン郊外には野生動物や昆虫を豊富に取り揃えるドンマカーイ市場がある。そこで友人がカブトムシの雄の成虫を購入し職場に持ってきた。カブトムシの羽はむしられ油で素揚げされており、塩コショウをつけて胴体部分のみを食べるという。さすがにカブトムシの成虫が出されたときには躊躇した。子供の頃に捕まえていたカブトムシを食べ物とは思っていなかったからである。ラオスでもカブトムシが一般的に食べられているわけではないが、出されたものはとりあえず口に入れるという考えの私は、角をつまみ、胴体部分を恐る恐る食べてみた。カブトムシの角は食べるときにつまむためのものではないかと思えるほど良くできている。そして口に含み噛んでみると、胴体部分からジュワーと油のような液が出てきた。とりあえず何回か噛み飲み込んでみるとえらく不味い。一応食感はあるが古い油を吸い取った何かの塊を食べているようである。これ以降カブトムシは食べていない。というよりも、もう食べなくてよい。
しかし今では夏にカブトムシをみると、昆虫採集の対象とともに食べ物として見るようになった。そして息子は友達に、「俺のお父さんカブトムシ食べるんだぜ!」と言わなくてよいことを自慢げに言うようになってしまった。ただし子供たちはカブトムシが食べられるわけはないと思っており、おじさんがカブトムシを食べたことを信じていない。
著者プロフィール
山田紀彦(やまだのりひこ)。ジェトロ・アジア経済研究所在ヴィエンチャン海外研究員。主な著作は『独裁体制における議会と正当性――中国、ラオス、ベトナム、カンボジア』(編著)ジェトロ・アジア経済研究所(2015年)等。
- 第1回 バングラデシュ――食らわんか河魚
- 第2回 クウェート――国民食マチブースと羊肉のはなし
- 第3回 ラオス――カブトムシは食べ物だった
- 第4回 タイ――うなだれる大衆魚・プラートゥー
- 第5回 トルコ――ラクの〆は臓物スープで
- 第6回 台湾――臭豆腐の香り
- 第7回 カンボジア――こじらせ系女子が食べてきた珍食
- 第8回 インドネシア――1本のサテがくり出す衝撃の味
- 第9回 中国四川省――肉食の醍醐味
- 第10回 ベトナム――「元気ハツラツ」じゃなかったハノイの卵コーヒー
- 第11回 ブラジル――「ツンデレの果実」ペキー
- 第12回 モルディブ――食べても食べてもツナ
- 第13回 フィリピン――最北の島で食す海と人の幸
- 第14回 タンザニア――ウガリを味わう
- 第15回 アメリカ――マンハッタンで繰り広げられる米中ハンバーガー対決
- 第16回 ニュージーランド――マオリの伝統料理「ハンギ」を食す
- 第17回 イギリス――レストランに関する進化論的考察
- 第18回 南アフリカ――「虹の国」の国民食、ブラーイ
- 第19回 デンマーク――酸っぱい思い出
- 第20回 ケニア――臓物を味わう
- 第21回 モンゴル――強烈な酸味あふれる「白い食べ物」は故郷を出ると……
- 第22回 インド――幻想のなかの「満洲」
- 第23回 マグリブ(北アフリカ)――幻の豚肉
- 最終回 中国――失われた食の風景
- 特別編 カザフスタン――感染症には馬乳が効く
世界珍食紀行(『アジ研ワールド・トレンド』2016年10月号~2018年3-4月号連載)
- 第1回「中国――多様かつ深遠なる中国の食文化」
- 第2回「ベトナム――食をめぐる恐怖体験」
- 第3回「気絶するほど旨い?臭い!――韓国『ホンオフェ』」
- 第4回「イラン――美食の国の『幻想的な』味?!」
- 第5回「キューバ――不足の経済の食」
- 第6回「タイ農村の虫料理」
- 第7回「ソ連――懐かしの機内食」
- 第8回「エチオピア――エチオピア人珍食に遭遇する」
- 第9回「多人種多民族が混交する国ブラジルの創造の珍食」
- 第10回「コートジボワール――多彩な『ソース』の魅力」
- 第11回「デーツ――アラブ首長国連邦」
- 第12回「ペルー ――アンデスのモルモット『クイ』」
- 第13回「ミャンマー ――珍食の一夜と長い前置き」
- 第14回「『物価高世界一』の地、アンゴラへ――ポルトガル・ワインの悲願の進出」