IDEスクエア
コラム
第19回 デンマーク――酸っぱい思い出
PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00051531
鈴木 早苗
2019年12月
(2,155字)
まず、ニシンの酢漬けである。ご当地料理としてぜひ、お試しあれ!というガイドブックの宣伝文句につられて食す。ニシンの味が分からないくらい酸っぱい。甘みのある米酢に慣れ親しんだ身には、酸味の強いとされるワインビネガーの鼻をつく酸っぱさに顎までキーンとなる。ニシンの酢漬けはスモーブローの具材としても使われるが、このスモーブローで使われるライ麦パンがこれまた酸っぱい。酸っぱさを緩和するどころか、さらにするどい酸味に襲われる。私の好きなスモーブローは、茹でたエビと卵をマヨネーズで味付けしたもので、この組み合わせだとライ麦パンの酸味が多少緩和されるものの、やはり、このパンを使わなくても……とつぶやきたくなる。
ライ麦パンの種類は多く、酸味もまちまちだが、スモーブローに使われたりするものや、レストランで出されるものは、ずっしり重く、かなりの酸味のものが多かった。物知り屋のデンマーク人の友人は、この酸っぱすぎるパンはデンマークのなかでも一部でしか食べられないと(誇らしげに?)説明してくれた。確かに、隣国スウェーデンやノルウェーではあまり見かけなかった。むしろ、この味、学生の時にモスクワで食した黒パンを思い出させた。
ライ麦パンが酸っぱいのは、サワー種という酵母菌のせいである。この酵母菌のおかげで長期保存が可能となっている。レストランではかなり日数を経過したであろうライ麦パンのスライスがうっすら白っぽい斑点(カビ)を纏いながら、運ばれてくる。保存のし過ぎには注意が必要である。
スーパーにもこの酸味の強いライ麦パンがよく並んでいる。デンマークではオーガニックの食材が豊かなので、オーガニックにこだわってパンを探そうとするも、この酸っぱいライ麦パンしか選択肢がないことがしばしばだった。現地の味に馴染もうと、酸味が強くずっしりと重いパンを一斤買うが、二、三枚スライスしたところで挫折し、このパンが大好きなデンマーク人の友人にプレゼントすることになる。友人はたっぷりのバターとともに美味しそうに食べていたので、バターと一緒に食べればいいのか!と再トライしてみるものの、やはり酸っぱさは緩和されなかった。
次の酸っぱいものはビーツの酢漬けである。ビーツは赤カブに似た、ホウレンソウと同じアカザ科の植物で、茹でるとそのゆで汁が赤紫になる。茹でたビーツを酢漬けにしたものは、かなり高い確率でデンマークの料理に登場する。クリスマスの時期に欠かせないというフレスケタイは、豚の塊肉に塩を擦り込んでオーブンでじっくり焼き、茹でたジャガイモを添えた、デンマークの伝統料理である。そのフレスケタイにもビーツの酢漬けが添えられる。本来なら、箸休め的な位置づけなのに、酸っぱすぎて休めない。特に、塩をたっぷり擦り込んだ豚肉はかなり塩辛いが、塩辛さをビーツの酢漬けで緩和できない。仕方がないので、あまり味がついていないジャガイモと一緒に勇気をもって口に放り込む。
写真の出典
- 写真1~3 デンマーク・コペンハーゲンにて筆者撮影。
著者プロフィール
鈴木早苗(すずきさなえ) アジア経済研究所地域研究センター研究員。博士(学術)。専門は東南アジアの国際関係。最近の著作に、鈴木早苗編『ASEAN共同体――政治安全保障・経済・社会文化』(アジア経済研究所、2016年)、『合意形成モデルとしてのASEAN――国際政治における議長国制度――』(東京大学出版会、2014年)。
- 第1回 バングラデシュ――食らわんか河魚
- 第2回 クウェート――国民食マチブースと羊肉のはなし
- 第3回 ラオス――カブトムシは食べ物だった
- 第4回 タイ――うなだれる大衆魚・プラートゥー
- 第5回 トルコ――ラクの〆は臓物スープで
- 第6回 台湾――臭豆腐の香り
- 第7回 カンボジア――こじらせ系女子が食べてきた珍食
- 第8回 インドネシア――1本のサテがくり出す衝撃の味
- 第9回 中国四川省――肉食の醍醐味
- 第10回 ベトナム――「元気ハツラツ」じゃなかったハノイの卵コーヒー
- 第11回 ブラジル――「ツンデレの果実」ペキー
- 第12回 モルディブ――食べても食べてもツナ
- 第13回 フィリピン――最北の島で食す海と人の幸
- 第14回 タンザニア――ウガリを味わう
- 第15回 アメリカ――マンハッタンで繰り広げられる米中ハンバーガー対決
- 第16回 ニュージーランド――マオリの伝統料理「ハンギ」を食す
- 第17回 イギリス――レストランに関する進化論的考察
- 第18回 南アフリカ――「虹の国」の国民食、ブラーイ
- 第19回 デンマーク――酸っぱい思い出
- 第20回 ケニア――臓物を味わう
- 第21回 モンゴル――強烈な酸味あふれる「白い食べ物」は故郷を出ると……
- 第22回 インド――幻想のなかの「満洲」
- 第23回 マグリブ(北アフリカ)――幻の豚肉
- 最終回 中国――失われた食の風景
- 特別編 カザフスタン――感染症には馬乳が効く
世界珍食紀行(『アジ研ワールド・トレンド』2016年10月号~2018年3-4月号連載)
- 第1回「中国――多様かつ深遠なる中国の食文化」
- 第2回「ベトナム――食をめぐる恐怖体験」
- 第3回「気絶するほど旨い?臭い!――韓国『ホンオフェ』」
- 第4回「イラン――美食の国の『幻想的な』味?!」
- 第5回「キューバ――不足の経済の食」
- 第6回「タイ農村の虫料理」
- 第7回「ソ連――懐かしの機内食」
- 第8回「エチオピア――エチオピア人珍食に遭遇する」
- 第9回「多人種多民族が混交する国ブラジルの創造の珍食」
- 第10回「コートジボワール――多彩な『ソース』の魅力」
- 第11回「デーツ――アラブ首長国連邦」
- 第12回「ペルー ――アンデスのモルモット『クイ』」
- 第13回「ミャンマー ――珍食の一夜と長い前置き」
- 第14回「『物価高世界一』の地、アンゴラへ――ポルトガル・ワインの悲願の進出」