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コラム
第5回 トルコ――ラクの〆は臓物スープで
PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050612
2018年10月
トルコに珍食はあるのか
今回紹介する臓物スープは珍食というにはインパクトは弱い。臓物は煮込んであり、見た目のグロテスクさはない。グロテスクさでいけば、トルコ料理でも羊の脳みそのサラダの方がインパクトは強い。しかも豚骨ラーメンなどに慣れ親しんでいる日本人の多くは臓物スープにほとんど抵抗感がない。しかし、トルコ人にトルコの珍食を尋ねると、多くの場合、臓物スープもしくはココレッチという答えが返ってくる。ココレッチとは、羊の腸を棒に巻いて炭火焼にして、それを細かく刻んで香辛料とともにパンにはさんだものである。ココレッチに関しても、多くの日本人は抵抗なく食べることができるし、普通に美味しい。
このように、トルコになかなか珍食と呼べるものはないが、ここではトルコ人の多くが珍食にあげ、筆者も大好きで多くの店を食べ歩いている臓物スープを取り上げようと思う。
トルコの国民酒、ラク
臓物スープを語るうえで欠かせないのが、ラクというお酒(ブドウから作られる蒸留酒)である。トルコは国民の98%がイスラーム教徒であるが、世俗主義を国是としており、飲酒の文化がある。アンカラやイスタンブルの趣のあるレストランに行くと、おじいさんが昼間から一人でラクを感慨深そうに飲んでいるという光景に出くわすことがある。つまみは白チーズにパンだけという人も多い。夏になると、そこにメロンやスイカが加わる。
私はトルコに滞在する際は、夜に行きつけの飲み屋でメゼ(前菜)や魚を肴にラクを楽しむ。ただし、食べすぎはしない。なぜなら、最後に臓物スープを飲むキャパを残しておくためである。
トルコのスープ屋は基本24時間で料理も豊富
スープ屋は煮込みが命!ということで、24時間展開しているお店が多い。なので、飲み会の〆だけではなく、朝食や昼食にも対応してくれる。トルコの臓物スープで一般的なのは、イシュケンベ・チョルバス(チョルバ、そしてパチャはスープの意味)という牛の胃袋スープである。だいたいのお店で、ベーシックなものと、塊が大きめのトゥズラマがある。トルコ人ののんべえはこのスープを飲んで(いや、食して)胃腸をケアしてから家路に着くのである。
臓物スープは白濁しているが、これは豚骨ラーメンのスープと同じで、骨をしっかり煮込んでいるためである。臓物スープは、ニンニク酢と卓上にある赤唐辛子の刻みをたっぷり入れて飲むのが美味しい。半分くらい飲んだところで、やはり卓上にある酢をたっぷり入れるとまた味の表情が変わり、最後まで美味しく頂くことができる。 スープ屋は臓物スープが売りであるが、それだけを提供しているわけではない。トルコのスープで一般的なのは、レンズ豆のスープ、チキンスープ、トマトスープ(とろけるチーズを入れると美味しい)、ヨーグルト・スープなどである。こうしたスープもスープ屋にはもちろんメニューに載っている(全部あるとは限らないが)。また、スープ屋は食堂としても機能しているため、白いんげん豆の煮込み、ひよこ豆の煮込みといった煮込み料理はもちろんのこと、ケバブやキョフテ(肉団子)といった焼き料理も充実している。
バリエーションが多い臓物スープ
臓物スープで一番有名なのはイシュケンベ・チョルバだが、イシュケンベだけが臓物スープではない。私が臓物スープの中で特に好きなのは、ケッレー・パチャ、ディリ・パチャ、そしてアヤック・パチャである。ケッレー・パチャとは頭蓋骨、頬肉を中心に足の軟骨や脳みそもそこに加えてよく煮込んだスープである。軟骨と脳みそが入っているため、非常にクリーミーである。ただ、ベイン・チョルバス(脳みそスープ)のように、脳みそがたくさん入っているわけではないので飲みやすい。ディリ・パチャは牛タンスープである。基本な味はどの臓物スープも同じであるが、ディリ・パチャは牛タンが非常に食べ応えがある。飲んだ後の〆には重いので、お昼にサラダなどと一緒に食べることをお薦めする。アヤック・パチャはひづめのスープである。臓物スープの中で最も脂分とコラーゲンが多く、お肌がつるつるになる。
トルコ料理の神髄を堪能できるお店として、トルコを訪問した際はぜひスープ屋に足を運んでみてはどうだろうか。価格も良心的で満足すること間違いなしである。
著者プロフィール
今井宏平(いまいこうへい)。アジア経済研究所地域研究センター中東研究グループ所属。Ph.D. (International Relations). 博士(政治学)。著書に『トルコ現代史――オスマン帝国崩壊からエルドアンの時代まで』中央公論新社(2017)、『中東秩序をめぐる現代トルコ外交――平和と安定の模索』ミネルヴァ書房(2015)など。詳しくは研究者紹介ページをご覧ください。
- 第1回 バングラデシュ――食らわんか河魚
- 第2回 クウェート――国民食マチブースと羊肉のはなし
- 第3回 ラオス――カブトムシは食べ物だった
- 第4回 タイ――うなだれる大衆魚・プラートゥー
- 第5回 トルコ――ラクの〆は臓物スープで
- 第6回 台湾――臭豆腐の香り
- 第7回 カンボジア――こじらせ系女子が食べてきた珍食
- 第8回 インドネシア――1本のサテがくり出す衝撃の味
- 第9回 中国四川省――肉食の醍醐味
- 第10回 ベトナム――「元気ハツラツ」じゃなかったハノイの卵コーヒー
- 第11回 ブラジル――「ツンデレの果実」ペキー
- 第12回 モルディブ――食べても食べてもツナ
- 第13回 フィリピン――最北の島で食す海と人の幸
- 第14回 タンザニア――ウガリを味わう
- 第15回 アメリカ――マンハッタンで繰り広げられる米中ハンバーガー対決
- 第16回 ニュージーランド――マオリの伝統料理「ハンギ」を食す
- 第17回 イギリス――レストランに関する進化論的考察
- 第18回 南アフリカ――「虹の国」の国民食、ブラーイ
- 第19回 デンマーク――酸っぱい思い出
- 第20回 ケニア――臓物を味わう
- 第21回 モンゴル――強烈な酸味あふれる「白い食べ物」は故郷を出ると……
- 第22回 インド――幻想のなかの「満洲」
- 第23回 マグリブ(北アフリカ)――幻の豚肉
- 最終回 中国――失われた食の風景
- 特別編 カザフスタン――感染症には馬乳が効く
世界珍食紀行(『アジ研ワールド・トレンド』2016年10月号~2018年3-4月号連載)
- 第1回「中国――多様かつ深遠なる中国の食文化」
- 第2回「ベトナム――食をめぐる恐怖体験」
- 第3回「気絶するほど旨い?臭い!――韓国『ホンオフェ』」
- 第4回「イラン――美食の国の『幻想的な』味?!」
- 第5回「キューバ――不足の経済の食」
- 第6回「タイ農村の虫料理」
- 第7回「ソ連――懐かしの機内食」
- 第8回「エチオピア――エチオピア人珍食に遭遇する」
- 第9回「多人種多民族が混交する国ブラジルの創造の珍食」
- 第10回「コートジボワール――多彩な『ソース』の魅力」
- 第11回「デーツ――アラブ首長国連邦」
- 第12回「ペルー ――アンデスのモルモット『クイ』」
- 第13回「ミャンマー ――珍食の一夜と長い前置き」
- 第14回「『物価高世界一』の地、アンゴラへ――ポルトガル・ワインの悲願の進出」