IDEスクエア
コラム
第22回 インド――幻想のなかの「満洲」
PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00051615
2020年3月
(2,548字)
いまから7年ほど前、在外研究のためにインドの首都デリーに滞在していた時の話。受入れ先の研究機関はデリー大学の北キャンパスにあり、近くには多くの店が軒を連ねる賑やかな一帯が広がっていた。ある日、飲食店が立ち並ぶ大通りをキャンパス沿いに歩いていると、見慣れない派手な看板が目に留まった。よく見ると、インドではお目にかかったことのないクレープ店で、メイド服を着た女の子のキャラクターとピンクを基調とした店構えが、奇妙なほど周囲から浮き立っている。好奇心から店のなかに入ってみると、数名のインド人女性がメイドの格好をして働いており、謎は深まるばかりだった。
しかし、店内に日本人らしき男性2人の姿があったので、こちらから声をかけて話をしてみると、疑問はすぐに氷解した。彼らは、インドで新事業を立ち上げたばかりの日本企業の社員だった。この会社は、日本国内だけでなく東アジアや東南アジアの国々でも、うどん・そば店を中心に外食チェーンを展開してきたが、インド進出にあたっては、クレープというまったく畑違いの分野で勝負することにしたという1。さらに、インドに多いベジタリアン(乳製品は問題ないが、肉・魚・卵は一切食べないというベジタリアン)の人たちにも受け入れられるよう、卵を使わないクレープ生地の開発に取り組んだことなど、インド進出にまつわる面白い話を聞かせてもらった。残念ながら、なぜ店員にメイド服を着せることにしたのかという、肝心な点を聞くのを忘れてしまったが……。
和食へのこだわりを捨て、メイドのいるクレープ店でインドに打って出るという話には大いに驚かされたが、「カレーハウスCoCo壱番屋」がインドに出店するというニュースにも同じくらい驚かされた2。それと同時に、インドのカレーが宗主国であるイギリスを経由して、ハイカラな料理として日本へと伝わり、国民食として根付いたのちに、さらにインドへと還流するという一連の過程が、食文化を通した人と人とのつながりを実によく象徴していて、強く印象に残った。
外国から来た料理が現地風にアレンジされて土着化するという現象は、もちろんインドでも見られる。「インド中華料理」はまさにその典型であり、「マンチュリアン」(英語で「満洲の/満洲人の」を意味する形容詞)は最も代表的な料理といえるだろう。
昨年8月、インドのある地方都市での調査中、久しぶりにマンチュリアンを食べる機会があった。インド人のS氏と資料収集をしていたところ、昼食の時間になったので、S氏の希望で「中華料理」を食べることになった。とはいっても、中華料理の専門店があるような街ではないし、そもそもS氏がいう「中華料理」とは、インド料理の店で出てくるインド中華料理のことを意味する。私たちは、作業をしていた図書館のすぐ近くにある、完全ベジタリアンの南インド料理店に入った。S氏がマンチュリアンと(同じくインド中華料理の)チリ・ガーリック・ヌードルを注文したので、私も同じものを頼むことにした。
どちらもベジ(ベジタリアン)であり、肉・魚・卵は入っていない。
また、右下には「中華料理」(CHINESE)のメニューが並んでいる。
実はつい最近まで、マンチュリアンは中国から来た料理だと思い込んでいた。ところが、中国研究をしている同僚に聞いても、「マンチュリアンという料理は聞いたことがない」という答えが一様に返ってくるだけだった。それもそのはずで、ある料理評論家によると、1970年代にムンバイの中華レストランで生まれた料理らしいのだ。コルカタ生まれの中国系インド人3世のネルソン・ワンという人物が、インド料理の調理法を応用して、中華料理をインド人好みにアレンジした結果生まれたのがマンチュリアンであり、それがインド各地に急速に伝播し、誰もが知る定番メニューになったというのである。さらに、ネルソン・ワンによると、「中国では、満洲地方の人たちは未開人とみなされていて、これは未開人にぴったりの料理だ」と思い、マンチュリアンという名前を付けたのだという3。
この話がすべて本当だとすると、料理ができた経緯がいい加減なだけでなく、名前の付け方もかなりいい加減(かつ差別的)である。しかし、文化というのは雑多な要素が混ざり合ってできるものであり、単なる偶然や思い付きがきっかけになることも多いという大切な教訓を、マンチュリアンという料理は見事に示している。異質なものに「外国」「外国人」というレッテルを貼りつける風潮が世界中に蔓延しているいまだからこそ、マンチュリアンをじっくりと噛みしめてみる価値があるのではないだろうか4。
ただ、おいしいと感じるかどうかは、また別の問題である。
写真の出典
- すべて筆者撮影
著者プロフィール
湊一樹(みなとかずき) アジア経済研究所地域研究センター研究員。専門は南アジアの政治経済。最近の著作に、「非政党選挙管理政府制度と政治対立――バングラデシュにおける民主主義の不安定性」(川中豪編著『後退する民主主義、強化される権威主義』ミネルヴァ書房、2018年)および"Politicisation of the Appointment and Removal of Judges in a Declining Democracy: The Case of Bangladesh," (with Noriyuki Asano), IDE Discussion Paper No. 758, 2019がある。訳書に、アマルティア・セン、ジャン・ドレーズ『開発なき成長の限界――現代インドの貧困・格差・社会的分断』(明石書店、2015年)がある。
注
- クレープで勝負することになった理由については、「アジアTrend 『インド人にクレープを』 うどん屋の愚直な挑戦」(日本経済新聞電子版、2012年8月11日)を参照。旅行会社HISの現地支店によるブログ記事「インドで食い倒れ!食べブロ~原宿クレープ~」でも、店舗の様子が写真付きで紹介されている。ちなみに、筆者が訪れた店舗は、これらの記事で紹介されている一号店ではない(その後、いずれも閉店)。
- 「野菜カレーやトッピングで勝負 ココイチのインド1号店」(朝日新聞、2019年10月7日)。
- Vir Sanghvi (2004) Rude Food: The Collected Food Writings of Vir Sanghvi, New Delhi: Penguin Booksの 19~23ページを参照。
- 例えば、少数派のムスリム(イスラム教徒)を標的に市民権を剥奪しようとする、インドでの最近の動きについては、佐藤宏(2020)「インドにおける移民排除法制の展開――インド北東地域を中心に」アジ研テクニカルレポートを参照。
- 第1回 バングラデシュ――食らわんか河魚
- 第2回 クウェート――国民食マチブースと羊肉のはなし
- 第3回 ラオス――カブトムシは食べ物だった
- 第4回 タイ――うなだれる大衆魚・プラートゥー
- 第5回 トルコ――ラクの〆は臓物スープで
- 第6回 台湾――臭豆腐の香り
- 第7回 カンボジア――こじらせ系女子が食べてきた珍食
- 第8回 インドネシア――1本のサテがくり出す衝撃の味
- 第9回 中国四川省――肉食の醍醐味
- 第10回 ベトナム――「元気ハツラツ」じゃなかったハノイの卵コーヒー
- 第11回 ブラジル――「ツンデレの果実」ペキー
- 第12回 モルディブ――食べても食べてもツナ
- 第13回 フィリピン――最北の島で食す海と人の幸
- 第14回 タンザニア――ウガリを味わう
- 第15回 アメリカ――マンハッタンで繰り広げられる米中ハンバーガー対決
- 第16回 ニュージーランド――マオリの伝統料理「ハンギ」を食す
- 第17回 イギリス――レストランに関する進化論的考察
- 第18回 南アフリカ――「虹の国」の国民食、ブラーイ
- 第19回 デンマーク――酸っぱい思い出
- 第20回 ケニア――臓物を味わう
- 第21回 モンゴル――強烈な酸味あふれる「白い食べ物」は故郷を出ると……
- 第22回 インド――幻想のなかの「満洲」
- 第23回 マグリブ(北アフリカ)――幻の豚肉
- 最終回 中国――失われた食の風景
- 特別編 カザフスタン――感染症には馬乳が効く
世界珍食紀行(『アジ研ワールド・トレンド』2016年10月号~2018年3-4月号連載)
- 第1回「中国――多様かつ深遠なる中国の食文化」
- 第2回「ベトナム――食をめぐる恐怖体験」
- 第3回「気絶するほど旨い?臭い!――韓国『ホンオフェ』」
- 第4回「イラン――美食の国の『幻想的な』味?!」
- 第5回「キューバ――不足の経済の食」
- 第6回「タイ農村の虫料理」
- 第7回「ソ連――懐かしの機内食」
- 第8回「エチオピア――エチオピア人珍食に遭遇する」
- 第9回「多人種多民族が混交する国ブラジルの創造の珍食」
- 第10回「コートジボワール――多彩な『ソース』の魅力」
- 第11回「デーツ――アラブ首長国連邦」
- 第12回「ペルー ――アンデスのモルモット『クイ』」
- 第13回「ミャンマー ――珍食の一夜と長い前置き」
- 第14回「『物価高世界一』の地、アンゴラへ――ポルトガル・ワインの悲願の進出」