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コラム
第16回 ニュージーランド――マオリの伝統料理「ハンギ」を食す
PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00051487
片岡 真輝
2019年9月
(2,184字)
しょっぱいニュージーランド料理
ニュージーランドの食を紹介するのは思いのほか難しい。ニュージーランドはイギリスの植民地だったため、今でもイギリス文化が色濃く残っており、食文化も例外ではない。基本的にはイギリス的な西洋料理が一般的であり、「珍食」を見つけるのは容易ではない。これが、同じイギリス連邦でもオーストラリアになると、カンガルー肉など日本ではまず食べることができない料理を紹介できる。例えば、カンガルー肉、エミュー肉、ワニ肉の3点盛り合わせは、肉好きの筆者にはたまらない珍食だ。
筆者がニュージーランドに来て最初に思ったことは、味の濃い料理が多いということだ。筆者はミートパイが好物でよく食べるのだが、どこで買ってもパイの味が濃い。パイだけではない。フードコートのパスタやカレーもすべて濃い味だ。この場合の味が濃いとは、塩気、つまりしょっぱいのである。
勝手な想像だが、このような濃い塩味が好まれるのは、ニュージーランド人が小さい頃からマーマイトを食べているからではないか。マーマイトは、ビールの酒粕を主原料としたペースト状の食品で、パンやクラッカーに塗って食べる。イギリス発祥の食品だが、ニュージーランドでも大衆食品として広く普及している。このマーマイトはたいへん塩気が強く、また独特の苦味と強い臭気があることで知られている。多くの日本人が苦手とする食材で、筆者も何度となくマーマイトを試したことがあるが、やはり塩気の強さに圧倒されてしまう。しかし、このマーマイト、ニュージーランド人には好評だ。「これくらいしょっぱいのがちょうどいい」らしい。筆者は、だからこそニュージーランド人は濃い味が好きなのだと理解している。
マオリの料理――ハンギ
しかし、ニュージーランドの先住民マオリの伝統料理であるハンギ(Hangi)は、そのような濃い味の料理と対極に位置する料理だ。ハンギとは、地面に掘った穴に熱した石を敷き詰め、その上に葉っぱで包んだ食材を置き、土をかぶせて蒸し焼きにする料理だ。ニュージーランドは火山が多く、温泉が豊富に湧き出ている地域もある。そのような温泉地帯では、地熱を利用して食材を蒸し焼きにしていた。主に使われていた食材は、モア(当地固有の巨鳥で既に絶滅した)などの肉や魚、各種野菜などであった。
ハンギを提供するレストランはほとんどないが、マオリ文化を体験するアトラクションに参加することで、ハンギを食べることができる。筆者もそのひとつに参加してハンギを試してみた。皿の左側下部が肉類であり、最近では牛肉や豚肉が使われることが多い。左側上部が野菜であり、人参、かぼちゃ、そしてマオリ語でクマラ(Kumara)と呼ばれるサツマイモがある。ハンギの味はとてもシンプルだ。長時間かけて蒸し焼きにすることで素材の旨味が凝縮されるので、味付けをする必要がほとんどないのだとか。むしろ、濃い味に疲れていた筆者としては、食材本来の旨味を楽しむことができるハンギの方が好みである。特にクマラは、サツマイモの甘味とホクホク感が秀逸だ。石焼き芋に似ているが、蒸し焼きにしているのでスモークの香りが口の中に広がり、それがまたいい。皿の右側は、ペースト状にしたパンにハーブなどを練りこんだもので、これも美味しかった。これは、西洋料理とのフュージョンとして生まれたものだと思うが、やはり味付けは控えめだった。
ハンギに大いに満足した筆者だが、マオリ料理の多くは、今日のニュージーランドではあまりお目にかかれないのが実情だ。欧州から多様な食材がもたらされた結果、当のマオリの人たちが西洋料理を積極的に食生活に取り入れてきたからだ。その結果、マオリ料理は急激にその姿を変えることになったし、また今日では一般的でもなくなった。濃い味に慣れているニュージーランド人には物足りないのか、マオリ料理を提供するレストランも市中ではほとんど見かけない。もちろん、文化は変容するものだし、食文化もその例外ではないが、個人的にはもっとハンギを楽しみたいものである。ということで、これからもマオリ文化を体験するアトラクションに参加してハンギを楽しもうと思う。ニュージーランドのラグビー代表である「オールブラックス」が試合前に披露する伝統舞踏「ハカ」も間近で見られるし一石二鳥だ。
写真の出典
- 写真1、3 筆者撮影
- 写真2 Sarah Stewart, EDC Hangi 2010, [CC-BY-2.0(https://creativecommons.org/licenses/by/2.0/)].
著者プロフィール
片岡真輝(かたおかまさき)。アジア経済研究所海外研究員(クライストチャーチ)。著書に "Diaspora as Transnational Actors: Globalization and the Role of Ethnic Memory." (2019) S. Ratuva (ed.) The Palgrave Handbook of Ethnicity. Springer Nature Singapore Pte Ltd. など。
- 第1回 バングラデシュ――食らわんか河魚
- 第2回 クウェート――国民食マチブースと羊肉のはなし
- 第3回 ラオス――カブトムシは食べ物だった
- 第4回 タイ――うなだれる大衆魚・プラートゥー
- 第5回 トルコ――ラクの〆は臓物スープで
- 第6回 台湾――臭豆腐の香り
- 第7回 カンボジア――こじらせ系女子が食べてきた珍食
- 第8回 インドネシア――1本のサテがくり出す衝撃の味
- 第9回 中国四川省――肉食の醍醐味
- 第10回 ベトナム――「元気ハツラツ」じゃなかったハノイの卵コーヒー
- 第11回 ブラジル――「ツンデレの果実」ペキー
- 第12回 モルディブ――食べても食べてもツナ
- 第13回 フィリピン――最北の島で食す海と人の幸
- 第14回 タンザニア――ウガリを味わう
- 第15回 アメリカ――マンハッタンで繰り広げられる米中ハンバーガー対決
- 第16回 ニュージーランド――マオリの伝統料理「ハンギ」を食す
- 第17回 イギリス――レストランに関する進化論的考察
- 第18回 南アフリカ――「虹の国」の国民食、ブラーイ
- 第19回 デンマーク――酸っぱい思い出
- 第20回 ケニア――臓物を味わう
- 第21回 モンゴル――強烈な酸味あふれる「白い食べ物」は故郷を出ると……
- 第22回 インド――幻想のなかの「満洲」
- 第23回 マグリブ(北アフリカ)――幻の豚肉
- 最終回 中国――失われた食の風景
- 特別編 カザフスタン――感染症には馬乳が効く
世界珍食紀行(『アジ研ワールド・トレンド』2016年10月号~2018年3-4月号連載)
- 第1回「中国――多様かつ深遠なる中国の食文化」
- 第2回「ベトナム――食をめぐる恐怖体験」
- 第3回「気絶するほど旨い?臭い!――韓国『ホンオフェ』」
- 第4回「イラン――美食の国の『幻想的な』味?!」
- 第5回「キューバ――不足の経済の食」
- 第6回「タイ農村の虫料理」
- 第7回「ソ連――懐かしの機内食」
- 第8回「エチオピア――エチオピア人珍食に遭遇する」
- 第9回「多人種多民族が混交する国ブラジルの創造の珍食」
- 第10回「コートジボワール――多彩な『ソース』の魅力」
- 第11回「デーツ――アラブ首長国連邦」
- 第12回「ペルー ――アンデスのモルモット『クイ』」
- 第13回「ミャンマー ――珍食の一夜と長い前置き」
- 第14回「『物価高世界一』の地、アンゴラへ――ポルトガル・ワインの悲願の進出」