IDEスクエア
コラム
第15回 アメリカ――マンハッタンで繰り広げられる米中ハンバーガー対決
PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00051458
2019年8月
(2,524字)
マンハッタンは世界屈指の外食の激戦地と言っても過言ではない。なかでもファストフード業界の競争は激しく、昨日まで店があった場所に今日はもうテナント募集の看板が出ている、ということもよくある。そうしたなか、いつも店外まで待ち行列が伸びる人気のファストフード店がある。それは「シェイク・シャック(Shake Shack)」だ。シェイク・シャックはニューヨークに本社を置くファストカジュアル・レストランチェーンで、2000年にマディソン・スクエア公園で始めた屋台がその起源だそうだ。人気の秘密といえば、やはりハンバーガーに挟まれる牛肉のパテが焼きたてで、程よい噛みごたえがありながらとてもジューシーなことだろう。一口食べれば、「これだ!アメリカン・ハンバーガーを食ったぞ!」という満足感が得られる。さらに熱々のポテトフライに濃厚なチェダーチーズとアメリカンチーズをたっぷりからめて食べれば、「もうケチャップなんか要らないよ!」という感じだ。おまけに店のバニラアイスクリームの味も濃厚そのもので女性客にたいへん喜ばれるし、オリジナルの生ビールに男性客も引き込まれるだろう。店の内装はアップルストアのようなミニマリズムで、雰囲気はお洒落でシンプルで清潔だ。
一方、グーグル・マップ上の分布からも分かるように、シェイク・シャック(地図1)とほぼ同じ規模でマンハッタンに急速に展開する「西安名吃(Xi’an Famous Foods)」(地図2)というファストフード・チェーンがある。この店も昼食の時間帯になるといつも長い行列ができ、店内が混みあった時には窮屈さを我慢して立ち食いをする客の姿もよく見られるほどの人気店だ。
店の名物は、中国式ハンバーガーといわれる「肉挟饃(ロウジャーモー)」だ。これは中国の西安を発祥地とするもので、白吉饃(バイジーモー)という白い蒸し焼きパンに、10種以上にも及ぶ香辛料などを入れて長時間煮込んだ皮付き豚バラ肉「臘汁肉(ラージーロウ)」の細切りを挟んだ料理である。肉挟饃は、中国の戦国時代にすでに存在していた臘汁肉が、盛唐期に白吉饃と組み合わされたことで誕生したと言われる1。人気の秘密は、おそらくアメリカン・ハンバーガーとは全く異なる食感を体験できるところにある。理想の焼き具合とされる「鉄圏、虎背、菊花心(饃の表面外側から中心部へむかって順に鉄の輪、虎の背中、菊の蕊のような模様をした焼き目がついていること)」に仕上がった白吉饃なら、外はパリパリ、中はフワフワ。焼きたてホヤホヤの白吉饃に赤身7割、脂身3割というバランス(筆者の好み)の皮付き臘汁肉を挟んで食べれば、口の中で「軟硬肥痩(軟らかさと硬さ、脂身と赤身が混然一体となった様子)」という絶妙な食感が生まれる。さらにフランスの炭酸飲料「オランジーナ」の味と似ている1953年に誕生した西安のブランド飲料「氷峰」や、燻製にした梅から作られる中国の伝統的な清涼飲料「酸梅湯」とコンビで食べれば、幸福感倍増だ。本場から来た西安人の私からすれば西安名吃が上記の「理想」のレベルに達しているとは言い難いが、「マンハッタン初」の肉挟饃チェーン店としてみれば、その味に納得できる。
そもそも西安には昔から肉挟饃の店が数多く存在し、それぞれの店に独自の味と料理法があり、同じ肉挟饃といえども味は千差万別だ。そのような西安のローカルな食べものだった肉挟饃が、海外で大規模チェーンにまで発展できたのはごく最近のことだ。その背後には各店舗の調理法を標準化し白吉饃と臘汁肉の品質と味を安定させる努力に加え、迅速にチェーン展開するための経営ノウハウの習得があったのではないかと思う。この動きに拍車をかけるように、「西安肉挟饃」は2016年1月に中国陝西省の無形文化遺産リストに登録された2。その後政府のサポートのもと、ブランドの保護と普及促進活動の一環として民間資本主導で米国など海外の141大学の食堂と協定が結ばれ、「西安肉挟饃」の海外進出は本格化していく見込みだ3。
これまでグローバル化の波に乗って、アメリカの食文化を代表するファストフードはアメリカから世界の隅々まで広がってきた。今後はグローバル化の深化に伴い、中国発のファストフードがアメリカを席巻し、ひいては世界規模で展開する日がやってくるかもしれない。ファストフード業界における中国の逆襲は、グルメを愛する世界中の一般庶民にとっては朗報だ。マンハッタンを訪ねる際、ぜひ米中ハンバーガー対決に臨む上記の両店で食べ比べてみてほしい。旅がますます面白くなることは間違いない。
(謝辞)有益なコメント、また日本語の監修もしてくださった同僚の山田七絵さんに感謝します。
写真の出典
- 写真1、2 著者撮影。
著者プロフィール
孟渤(もうぼう)。アジア経済研究所新領域研究センター主任調査研究員。東京財団政策研究所及び清華大学産業発展と環境ガバナンス研究センターゲストリサーチフェロー(非常勤)。Ph.D. (Information Sciences)。専門は応用・環境経済学(グローバル・バリュー・チェーン、貿易と気候変動)。最近の著作に、"Tracing CO2 emissions in global value chains" Energy Economics, 73:24-42 (2018)、"More than half of China’s CO2 emissions are from micro, small and medium-sized enterprises" Applied Energy, 230: 712-725 (2018)など。
注
- 王姿予(2016)「肉挟饃誕生記」『視界』第40期。
- 「西安肉夹饃入選陝西非遺名録」陝西省人民政府ウェブサイト、2016年1月12日。
- 「陝西省非遺項目西安肉夹饃進駐美国141所高校」『西安新聞網』2019年1月11日。
- 第1回 バングラデシュ――食らわんか河魚
- 第2回 クウェート――国民食マチブースと羊肉のはなし
- 第3回 ラオス――カブトムシは食べ物だった
- 第4回 タイ――うなだれる大衆魚・プラートゥー
- 第5回 トルコ――ラクの〆は臓物スープで
- 第6回 台湾――臭豆腐の香り
- 第7回 カンボジア――こじらせ系女子が食べてきた珍食
- 第8回 インドネシア――1本のサテがくり出す衝撃の味
- 第9回 中国四川省――肉食の醍醐味
- 第10回 ベトナム――「元気ハツラツ」じゃなかったハノイの卵コーヒー
- 第11回 ブラジル――「ツンデレの果実」ペキー
- 第12回 モルディブ――食べても食べてもツナ
- 第13回 フィリピン――最北の島で食す海と人の幸
- 第14回 タンザニア――ウガリを味わう
- 第15回 アメリカ――マンハッタンで繰り広げられる米中ハンバーガー対決
- 第16回 ニュージーランド――マオリの伝統料理「ハンギ」を食す
- 第17回 イギリス――レストランに関する進化論的考察
- 第18回 南アフリカ――「虹の国」の国民食、ブラーイ
- 第19回 デンマーク――酸っぱい思い出
- 第20回 ケニア――臓物を味わう
- 第21回 モンゴル――強烈な酸味あふれる「白い食べ物」は故郷を出ると……
- 第22回 インド――幻想のなかの「満洲」
- 第23回 マグリブ(北アフリカ)――幻の豚肉
- 最終回 中国――失われた食の風景
- 特別編 カザフスタン――感染症には馬乳が効く
世界珍食紀行(『アジ研ワールド・トレンド』2016年10月号~2018年3-4月号連載)
- 第1回「中国――多様かつ深遠なる中国の食文化」
- 第2回「ベトナム――食をめぐる恐怖体験」
- 第3回「気絶するほど旨い?臭い!――韓国『ホンオフェ』」
- 第4回「イラン――美食の国の『幻想的な』味?!」
- 第5回「キューバ――不足の経済の食」
- 第6回「タイ農村の虫料理」
- 第7回「ソ連――懐かしの機内食」
- 第8回「エチオピア――エチオピア人珍食に遭遇する」
- 第9回「多人種多民族が混交する国ブラジルの創造の珍食」
- 第10回「コートジボワール――多彩な『ソース』の魅力」
- 第11回「デーツ――アラブ首長国連邦」
- 第12回「ペルー ――アンデスのモルモット『クイ』」
- 第13回「ミャンマー ――珍食の一夜と長い前置き」
- 第14回「『物価高世界一』の地、アンゴラへ――ポルトガル・ワインの悲願の進出」