IDEスクエア

コラム

続・世界珍食紀行

第13回 フィリピン――最北の島で食す海と人の幸

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00051415

2019年6月

(2,081字)

辺境の島々――バタネスへの旅
フィリピン最北のバタネス州バタン島を訪れた際、マニラの市場ではなかなか見かけない食材に出会った。バタン島はちょうどルソン島と台湾の間に位置し、マニラからプロペラ機で約1時間のところにある。バタネス州行きの便は、台風に見舞われる雨期のシーズンは欠航することが多く、乾期でも風が強い日は飛ばないという旅行者泣かせのフライトだ。このため、バタン島上陸を目指すには、長期の天気予報を確認しつつ、最適なタイミングをねらう必要がある。この島は、「ストーンハウス」と呼ばれる石造りの建物が多いことで知られ、一歩足を踏み入れると、まるでアイルランドの片田舎に来たような気分になる。離島という地理的制約ゆえに、島の食事は地産地消の食材が主となる。

写真1 バタン島のストーンハウス

写真1 バタン島のストーンハウス
大好評、ウミヘビのスープ

まず目を引いたのが、マンボウの刺身やそのうろこのから揚げである。初めて食べたマンボウの刺身は弾力性があり、レモンをかけるとさらにそのみずみずしさが際立つ口当たりに驚かされた。ちなみに、フィリピン国内で、どの地域でもマンボウを食べるわけではない。たとえば、ルソン島南部のソルソゴン州には、「マンボウを食べると呪われる」という言い伝えがあり、この魚を食べることはないという。また、一緒に出されたカエルのグリルも、そうと知らずに食べれば、地鶏の肉とほぼ変わらないジューシーさがあった。バタン島で一押しの食材はウミヘビだろう。皿の中で口を開けたウミヘビと目が合うので、一瞬箸をつけるのをためらってしまうが、食べてみると「出汁をとった後のかつお節」を思い出させる実に素朴で懐かしい味だ。

ウミヘビは地元でとれるものだが、それを流行らせたのは一軒の食堂であった。「まったく目当ての魚が釣れず、ウミヘビしかとれない浜辺が多い」と途方に暮れた主人が、仕方なくウミヘビをスープにして売り出したところ、意外にも人気が出たそうだ。子だくさんの(ゆえに売上を伸ばさなければならない)ご主人が、「滋養強壮に効果的」、「食べ続けると、こどもがたくさん産まれる」といった売り口上を添えたところ、大家族であることに喜びを見出す地元の人たちの心をつかみ、ウミヘビは愛される食材となった。

写真2 ウミヘビのスープ

写真2 ウミヘビのスープ
フィリピン流「おもてなし」

フィリピン人の美点のひとつに「フィリピノ・ホスピタリティ」がある。かつて統治下にあったスペインの影響もあり、明るく朗らかで愛想が良く、人あたりの柔らかいフィリピン人は、客人を迎えるときは心を尽くして精一杯もてなそうとする。筆者のような外国人に対しても、ありったけの食事を振る舞って、どうぞ食べていって、とすすめる人々には、いつも言いようのない温かさを感じる。このおもてなしのよさの背景には、家族関係においても、友人・知人関係においても、つねに他人と調和を保って生きることに価値を見出す文化がある。他者との関係の中で支え合って生きていくのだから、自分の生活圏に入って来た人とは円滑な交流を図り、できるだけ良好な関係を築いておこうとする彼らの姿勢から学ぶことは多い。離島での静かな生活は、首都圏の華やかさとは一線を画すものであるが、島での日常は明るく楽天的である。それは、彼らの生活が、隣人とのつながりを大切にする安心感に根差しているからだろう。

写真3 バタン島の浜辺にて

写真3 バタン島の浜辺にて 
フィエスタの主役レチョン

フィリピンの村のお祭りや結婚式など、とくにフィエスタと呼ばれる祝祭に欠かせない料理に、一頭の豚を丸ごと炭火でグリルしたレチョン(Lechon)という豚肉料理がある。この調理は、きれいに内臓を取り除き、下味をつけた豚を串刺しにするところから始まる。可愛らしい仔豚の表情を崩さないように、リンゴを噛ませるのが肝である。刺した棒をくるくると回し、表面を炙りながら、十分な時間をかけて全体に火を通すと出来上がりである。こんがりと飴色に焼けた皮の部分がもっとも美味しい部位とされており、とくに額のあたりの皮の人気が高い。下処理の際に取り除かれた部位は再利用される。肝臓は、本体と同じく焼き上げてすり潰し、濾してソースにする。その他の内臓や血は煮込み料理となる。

写真4 飴色に焼きあがったレチョン

写真4 飴色に焼きあがったレチョン

祝宴の場で、レチョンの周りには長い行列ができる。食べ尽くされて骨だけになったレチョンは見るも無残な姿となるが、同じ食卓に着き、同じ食べものを分け合うことによって、お互いの絆を深めた参加者は、身も心も最上の満足感で充たされる。味付けはシンプルで素朴だが、フィリピンでいただくご馳走はいつも美味しく、そのひとつひとつが心に残る。

写真の出典
  • 写真1~3:筆者撮影
  • 写真4:村山幸親氏提供
著者プロフィール

知花いづみ(ちばないづみ)。ジェトロ・アジア経済研究所新領域研究センター研究員。主な著作は『現代フィリピンの法と政治――再民主化後30年の軌跡――』(編著)ジェトロ・アジア経済研究所(2019年)等。

書籍:現代フィリピンの法と政治

【連載目次】

続・世界珍食紀行