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コラム
第11回 ブラジル――「ツンデレの果実」ペキー
PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050905
2019年4月
(2,399字)
現在、筆者は初めてブラジルに長期滞在する機会を得ており、なるべく色々な街に行ってみたいと考えている。昨年末は休暇を利用し、首都ブラジリアからバスで約3時間のところにあるゴイアス州ピレノポリスを訪れた。そして滞在中のある日、街で評判のレストランで昼食を摂ることにした。そこはメニューが存在しないお店であり、45分ほど待つと自動的に一人では食べきれない量のサラダ、コーンクリームスープ、フェイジョン(インゲン豆)スープ、フライドチキン、ミニステーキ、パスタ、ご飯などが運ばれてくる。さらに、満を持して、ペキーの実の丸ごと炒めが最後に登場する。
ペキーとはブラジル中西部を中心に広がるサバナ地帯であるセハード(セラード)原産のバターナット科の木のことで、皮をむくと一見栗のようにも見えるその果実は食用として供される1。絞ってジュースにしたり果実を漬けて「ぺキー酒」にしたりすることもあるようだが、ほとんどしない果実自体の味に比べて香水のような香りがかなり強いため2、予めスライスしたものを他の食材と共に調理することも少なくない。よって、ペキーの実を丸ごと食するのは筆者にとって初めての機会であった(写真1、2)。
食事を運んできてくれたウェイトレスは、ペキーの実を食べる際は注意するよう言い残し、持ち場に戻っていった。その意味を理解していなかった筆者は、(これがそもそも間違いだったのであるが)取り敢えずその実を口にしてみた。バターナット科の果実がオリーブオイルで炒められていることもあり、ヌルヌルしている。ただし、実は硬そうだ。そこで、筆者は少しかじってみることにした。すると…口の中がチクチクしだした。そう、ペキーの実の中心にある種の部分には大量のトゲがあり、それが筆者の舌に刺さってしまったのである3。
筆者の様子を見に来たウェイトレスにそのことを告げると、慌てて厨房からピンセットを持ってきてくれた。そして、その後1時間の間、筆者はトイレで鏡を見ながら細かいトゲを抜く作業に従事し、レストランの他のお客さんは「哀れな日本人」を話題にしながら食事を楽しんだのであった(後でウェイトレスに聞いたところ、フォークで果肉をこそぎ取りながら食べるのが正解だったそうである)。
外国人だけでなく、ぺキーに馴染みのない地域出身のブラジル人もそのトゲの犠牲になることがあり、2001年に筆者と同様ピレノポリスでぺキーの実を齧ってしまったブラガ元上院議員(リオデジャネイロ州選出)は「二度とぺキーは食べない」とコメントしている4。また、「種なしブドウ」ならぬ「トゲなしぺキー」の開発も近年進んでいる5。しかし、曲がりなりにも地域研究センターを擁するアジア経済研究所に所属している筆者としては、このまま「トゲありぺキー」を攻略せずに引き下がるわけにはいかない。そこで、筆者なりの「リベンジ」として、比較的簡単そうなアホイス・コン・ぺキー(ぺキーご飯)を後日自分で調理してみた。レシピは以下の通りである6。
- 予め、玉ねぎ1個をみじん切りにし、ニンニク2個を細かく潰しておく。
- ぺキーの実約150グラムと適量のオリーブオイルを鍋へ。
- みじん切りした玉ねぎと潰したニンニクも鍋に入れ、弱火で炒める。
- ぺキーの実が軟らかくなってきたら、お米約2合も加えて少し炒める。
- 水を約500ml加え、鍋にフタをして炊き上げる。
- 炊き上がったら、塩等で味を調え、出来上がり(写真3)。
先述したように独特な香りであるため好き嫌いがハッキリ分かれると思われるが、筆者にはなかなかの美味に感じられた。香りはかなり強烈で、種の部分はトゲだらけ。その一方で、他の食材と一緒に調理すると良いアクセントとなり、それが入っていないガリニャーダなどは物足りなく感じてしまう。そのため、筆者はぺキーの実を「ツンデレの果実」と名付けたいのである。
著者プロフィール
菊池啓一(きくちひろかず)。アジア経済研究所海外派遣員(在ブラジリア)。Ph.D.(Political Science)。専門は比較政治学、政治制度論、ラテンアメリカ政治。最近の著作に、Presidents versus Federalism in the National Legislative Process: The Argentine Senate in Comparative Perspective. Cham: Palgrave Macmillan(2018)、「表現の自由・水平的アカウンタビリティ・地方の民主主義――定量データでみる世界の新興民主主義――」(川中豪編『後退する民主主義、強化される権威主義――最良の政治制度とは何か――』ミネルヴァ書房、2018年)など。
写真の出典
- 写真1~3:筆者撮影。
注
- Brasil Escolaのウェブサイト(2019年3月23日閲覧)。
- 「化粧っぽい味がする」と評されているブログを見つけたが、言い得て妙である。ブログ「南米ひとり旅――南米旅行の記録」(2019年3月23日閲覧)。
- 残念ながら、筆者にはその場でトゲの写真を撮る余裕は無かった。興味のある方は“pequi espinhos”で検索されたい。
- Folha de S. Paulo, 10 de maio de 2001.
- Diário do Nordeste, 27 de março de 2017.
- TudoGostosoのウェブサイト(2019年3月23日閲覧)を参考にしたが、分量や一部の工程は勝手にアレンジ・省略した。
- 第1回 バングラデシュ――食らわんか河魚
- 第2回 クウェート――国民食マチブースと羊肉のはなし
- 第3回 ラオス――カブトムシは食べ物だった
- 第4回 タイ――うなだれる大衆魚・プラートゥー
- 第5回 トルコ――ラクの〆は臓物スープで
- 第6回 台湾――臭豆腐の香り
- 第7回 カンボジア――こじらせ系女子が食べてきた珍食
- 第8回 インドネシア――1本のサテがくり出す衝撃の味
- 第9回 中国四川省――肉食の醍醐味
- 第10回 ベトナム――「元気ハツラツ」じゃなかったハノイの卵コーヒー
- 第11回 ブラジル――「ツンデレの果実」ペキー
- 第12回 モルディブ――食べても食べてもツナ
- 第13回 フィリピン――最北の島で食す海と人の幸
- 第14回 タンザニア――ウガリを味わう
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- 第17回 イギリス――レストランに関する進化論的考察
- 第18回 南アフリカ――「虹の国」の国民食、ブラーイ
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- 第20回 ケニア――臓物を味わう
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- 最終回 中国――失われた食の風景
- 特別編 カザフスタン――感染症には馬乳が効く
世界珍食紀行(『アジ研ワールド・トレンド』2016年10月号~2018年3-4月号連載)
- 第1回「中国――多様かつ深遠なる中国の食文化」
- 第2回「ベトナム――食をめぐる恐怖体験」
- 第3回「気絶するほど旨い?臭い!――韓国『ホンオフェ』」
- 第4回「イラン――美食の国の『幻想的な』味?!」
- 第5回「キューバ――不足の経済の食」
- 第6回「タイ農村の虫料理」
- 第7回「ソ連――懐かしの機内食」
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- 第9回「多人種多民族が混交する国ブラジルの創造の珍食」
- 第10回「コートジボワール――多彩な『ソース』の魅力」
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- 第12回「ペルー ――アンデスのモルモット『クイ』」
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