IDEスクエア
コラム
第18回 南アフリカ――「虹の国」の国民食、ブラーイ
PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00051505
2019年11月
(2,461字)
人種的、民族的、文化的な多様性に富んだ南アフリカは、「虹の国」としても知られている。アフリカ、ヨーロッパ、アジアにルーツをもつ人びとが隣り合って――もちろん、かつてはアパルトヘイト政策により生活空間が強制的に隔離されていたわけだが――暮らす南アフリカには、それぞれの歴史や文化に根差し、あるいはそれらが融合した、さまざまな料理がある。たとえばケープタウンなら、カラードのムスリム文化のなかで育まれた、ほんのり甘めのスパイスが特徴の「ケープ・マレー料理」。インド系人口が集中するダーバンなら、「バニー・チョウ」(食パンをくり抜いたところにカレーを詰めた料理)などである。
その反面、これぞ南アフリカの国民食といえるようなもの――南アフリカ人なら誰もが食べて、かつ南アフリカ以外ではあまり食べられないもの――は意外と多くはない。広くアフリカ系の人たちが主食としているのは、トウモロコシの粉をお湯で練ってマッシュポテト状にした「パップ」だが、パップは固さや味が少しずつ違うものの、ザンビアやマラウィで「シマ」、ジンバブウェで「サザ」、ケニアやタンザニアで「ウガリ」と呼ばれているものと、基本的には同じものだ。つまり、南アフリカというよりは、東南部アフリカに共通する食文化なのである(本連載第14回、粒良麻知子「タンザニア――ウガリを味わう」参照)。それに南アフリカのなかでも、アフリカ系以外の人たちはあまりパップを食べない。
南アフリカ発祥、かつ人種・民族問わず人気が高いという点では、歴史は浅いが「ナンドース」が候補になるかもしれない。ナンドースは、ジョハネスバーグで1987年に第一号店が開店し、現在は南アフリカだけでなくイギリスやオーストラリアなどへの海外進出も果たしているチキン専門店チェーンである。ある程度大きなショッピング・モールにはだいたいテナントとして入っていて、お昼どきにはピリ辛の「ペリペリソース」で味付けしたグリルドチキンを求めて、多くの人びとで賑わう。ただ、都市部を少し離れるとナンドースの店舗は激減する。同じファストフードのチキンでも、米国発祥の某フライドチキン店のほうがよほど地方にまで浸透しているのである。なお、どちらのチェーン店も、サイドディッシュとしてフライドポテトのかわりにパップも選べるのは南アフリカらしいところではある。
そんななか、文句なしに南アフリカの国民食と言えるのが「ブラーイ」である。野外で好みの食材を炭火で焼いて食べる南アフリカ式のバーベキューであるブラーイは、週末の家族団らんやホームパーティの定番である。食材は肉が中心だが、魚介類や野菜でももちろんよい。南アフリカにはベジタリアンやヴィーガンの人たちも結構いるが、バターナッツ(カボチャの一種)やナスなどを使った「ベジタリアン・ブラーイ」レシピもいろいろ考案されている。とはいえやはりメインは肉で、ビーフ、チキン、マトンなど。また「ブルヴォス」と呼ばれる、とぐろを巻いた巨大ソーセージがブラーイにはつきものである。大きめに切ったボリューム感たっぷりの食材を、日本的な感覚からすればちょっと焦げすぎでは、と思うくらいまで、じっくりと焼く。
自宅の庭先でのんびりやるのがブラーイの本来の(?)姿だが、「ブラック・ダイヤモンド」とも呼ばれる新興の黒人ミドルクラスの急成長を背景に近年人気を博しているのが、「シサ・ニャマ」の専門店である。シサ・ニャマはブラーイのズールー語での呼び方で、シサは「熱い」、ニャマは「肉」の意である(ちなみにブラーイはもともとアフリカーンス語で「(肉を)ローストする」という意味)。店ではさまざまなセットメニューが提供されるほか、ショーケース内の量り売りの肉を選んで、あとは店のスタッフに任せて焼いてもらう「バイ・アンド・ブラーイ」方式の注文ができる。肉が焼きあがるには30分くらいはかかるので、その間は飲み物を片手におしゃべりしながら、あるいはDJが繰り出す音楽に身を委ねながら、待つ仕組みである。シサ・ニャマの店にはどういうわけか洗車場が併設されていることも多い。しゃれた服に身を包んで自家用車で乗り付け、ぴかぴかに車を磨いてもらいながら飲んで食べて、会話に花を咲かせるところまでがワンセット。そのような社交の場を提供するシサ・ニャマ専門店は、消費意欲旺盛な新興ミドルクラスのライフスタイルに合致しているということなのだろう。
写真の出典
- 写真1~3 筆者撮影
著者プロフィール
牧野久美子(まきのくみこ) アジア経済研究所地域研究センターアフリカ研究グループ研究員。2019年8月まで1年間、南アフリカ・ジョハネスバーグに海外調査員として滞在。専門は南アフリカ地域研究、国際関係論。主な著作に『南アフリカの経済社会変容』(共編著、アジア経済研究所、2013年)、『新興諸国の現金給付政策――アイディア・言説の視点から――』(共編著、アジア経済研究所、2015年)など。
- 第1回 バングラデシュ――食らわんか河魚
- 第2回 クウェート――国民食マチブースと羊肉のはなし
- 第3回 ラオス――カブトムシは食べ物だった
- 第4回 タイ――うなだれる大衆魚・プラートゥー
- 第5回 トルコ――ラクの〆は臓物スープで
- 第6回 台湾――臭豆腐の香り
- 第7回 カンボジア――こじらせ系女子が食べてきた珍食
- 第8回 インドネシア――1本のサテがくり出す衝撃の味
- 第9回 中国四川省――肉食の醍醐味
- 第10回 ベトナム――「元気ハツラツ」じゃなかったハノイの卵コーヒー
- 第11回 ブラジル――「ツンデレの果実」ペキー
- 第12回 モルディブ――食べても食べてもツナ
- 第13回 フィリピン――最北の島で食す海と人の幸
- 第14回 タンザニア――ウガリを味わう
- 第15回 アメリカ――マンハッタンで繰り広げられる米中ハンバーガー対決
- 第16回 ニュージーランド――マオリの伝統料理「ハンギ」を食す
- 第17回 イギリス――レストランに関する進化論的考察
- 第18回 南アフリカ――「虹の国」の国民食、ブラーイ
- 第19回 デンマーク――酸っぱい思い出
- 第20回 ケニア――臓物を味わう
- 第21回 モンゴル――強烈な酸味あふれる「白い食べ物」は故郷を出ると……
- 第22回 インド――幻想のなかの「満洲」
- 第23回 マグリブ(北アフリカ)――幻の豚肉
- 最終回 中国――失われた食の風景
- 特別編 カザフスタン――感染症には馬乳が効く
世界珍食紀行(『アジ研ワールド・トレンド』2016年10月号~2018年3-4月号連載)
- 第1回「中国――多様かつ深遠なる中国の食文化」
- 第2回「ベトナム――食をめぐる恐怖体験」
- 第3回「気絶するほど旨い?臭い!――韓国『ホンオフェ』」
- 第4回「イラン――美食の国の『幻想的な』味?!」
- 第5回「キューバ――不足の経済の食」
- 第6回「タイ農村の虫料理」
- 第7回「ソ連――懐かしの機内食」
- 第8回「エチオピア――エチオピア人珍食に遭遇する」
- 第9回「多人種多民族が混交する国ブラジルの創造の珍食」
- 第10回「コートジボワール――多彩な『ソース』の魅力」
- 第11回「デーツ――アラブ首長国連邦」
- 第12回「ペルー ――アンデスのモルモット『クイ』」
- 第13回「ミャンマー ――珍食の一夜と長い前置き」
- 第14回「『物価高世界一』の地、アンゴラへ――ポルトガル・ワインの悲願の進出」