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コラム

続・世界珍食紀行

第6回 台湾――臭豆腐の香り

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050626

熊倉 潤

2018年11月

夜市に漂う怪しげな香り
今、台湾旅行が人気だ。読者諸兄姉の中にも台湾で夜市を歩いたことがある方も多いだろう。そんな夜市でひときわ「異臭」を放っているのが、臭豆腐である。「異臭」と書いたが、失礼を承知で言うならば、筆者には大便の匂いに感じられる(個人の見解であって所属組織を代表するものではありません……)。もちろん台湾の方々は、糞便臭だなんて全く思っていない。彼ら彼女らは本当にいい香り(「真的很香!」)だと言う。また台湾の人で臭豆腐が苦手な人はおよそ聞いたことがないとも言う。もちろん、東山彰良の小説で、台湾を舞台にした直木賞受賞作「流」にも登場する。臭豆腐は、台湾人のソウルフードと言っても過言ではないかもしれない。

写真:臭豆腐と「鴨血」

臭豆腐と「鴨血」というカモの血を固めたゼリーが仲良く入ったスープ(筆者の妻が台湾で撮影)
両岸に跨る臭豆腐文化圏
ただこの臭豆腐、台湾だけでなく、中国南部、香港等でも食すことができる。もともとは江南から華南一帯で発達した豆腐食品、発酵食品の一類型である。したがって、臭豆腐文化圏は台湾海峡の両岸に跨っており、また地域によって多種多様な姿を見せる。中国では、浙江省や湖南省の臭豆腐が有名と聞く。特に湖南省の省都長沙の名前を冠した「長沙臭豆腐」の屋台は、ほぼ中国全土の漢人地域で比較的簡単に見つけることができる。屋台では、注文が入るとサイコロサイズの臭豆腐を油で素揚げして、辛いソースをかけて、そのカリッとした食感を楽しむ。サイコロサイズの臭豆腐を素揚げするやり方は、台湾にも多い。台湾ではその場合、盛り付けた後に、酸っぱい白菜漬けが添えられるだろう。味付けに関しては、中国では辛いソースをかけることが多いのに対し、台湾では甘みのあるソースが一般的という違いがある。

写真:サイコロサイズの臭豆腐を油で素揚げして、辛いソースをかけた

サイコロサイズの臭豆腐を油で素揚げして、辛いソースをかけたバージョン。 中国各地の屋台で食べられる(筆者が杭州で撮影)

写真:台湾でよく見かける素揚げしたタイプの臭豆腐

台湾でよく見かける素揚げしたタイプの臭豆腐(筆者の友人陳さんが台湾にて撮影)
最悪のケースは蒸した場合!?

もちろん、臭豆腐はいつも必ず素揚げして食べるとは限らない。そうだったら個人的にはどれだけ有り難いだろう。実は油で揚げる場合、例の「異臭」は口に入れるとそれほど匂わない。素揚げではなく、煮たり、はたまた蒸したりすると、匂いはたちまち素揚げの場合の5倍くらい(当社比?)に強まり、かぐわしい「異臭」が店の外まで漂っていくことになる。筆者は一時期、北京に住んでいたことがあった。その頃、「長沙臭豆腐」の屋台で素揚げの臭豆腐をつまんだことがあったが、そのときは1カップ食べても平気だった。

しかし、のちに台湾に移住して、台湾人の妻(当時はまだ結婚していなかった)に小籠包の店に連れていかれた。鼎泰豊などという上等なところではなく、浙江省から来た外省人が開いたらしい庶民的な店だったが、小籠包だけでなく、彼女の好物である臭豆腐を蒸して出すことが売りの店だった。何も知らずに連れてこられた可哀想な日本人は、店内に入り、強烈な糞便臭に襲われた。それでも筆者は、おそらく店の奥のトイレが盛大に故障しているのだろうくらいに思っていた。彼女が注文票を書いたとき、筆者は彼女が臭豆腐の欄にしっかり「一」と書くのを見落としていたのだ。やがて匂いは更に強まる。それもそのはず、彼女が注文した臭豆腐の調理が始まったためである。そしてついに蒸籠が運ばれてきた。上の蒸籠には小籠包が入っていた。強烈な「異臭」さえなければ美味しいのだろう。そして下の蒸籠には、大便と見紛うばかりの臭豆腐が鎮座ましましていた。その後の記憶はあまりない。

それから三年余り経って、筆者は臭豆腐を少しずつ食べられるようになった。日本では、乗客が持ち込んだ臭豆腐の匂いが原因で、電車が止まるという珍事件も発生したが、筆者は感覚が着実に麻痺していった。1枚目の写真にあるようなスープの臭豆腐は、それほど臭みもなく、美味しいような気もしてくるから不思議だ。また鍋料理に臭豆腐がはじめから入っているケースもある。これも辛いスープと混ざったことで香りが消されたのか、もはやあまり気にならない。とはいえ、さすがに蒸した、最もかぐわしいものはご免こうむりたい。美食の島、台湾の「臭豆腐」、ぜひ皆さんもお試しあれ。

著者プロフィール

熊倉潤(くまくらじゅん)。アジア経済研究所地域研究センター。おもな著作に「一帯一路構想下的哈薩克 従2016年抗議行動看『中国脅威論』」羅金義、趙致洋編『放寛一帯一路的視界 困難与考験』香港中華書局(2018年)、「新疆ウイグル自治区におけるガバナンスの行方」『問題と研究』46(2): 117-148(2017年)など。

書籍:放寬一帶一路的視界

【連載目次】

続・世界珍食紀行