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コラム
第6回 台湾――臭豆腐の香り
PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050626
熊倉 潤
2018年11月
夜市に漂う怪しげな香り
両岸に跨る臭豆腐文化圏
最悪のケースは蒸した場合!?
もちろん、臭豆腐はいつも必ず素揚げして食べるとは限らない。そうだったら個人的にはどれだけ有り難いだろう。実は油で揚げる場合、例の「異臭」は口に入れるとそれほど匂わない。素揚げではなく、煮たり、はたまた蒸したりすると、匂いはたちまち素揚げの場合の5倍くらい(当社比?)に強まり、かぐわしい「異臭」が店の外まで漂っていくことになる。筆者は一時期、北京に住んでいたことがあった。その頃、「長沙臭豆腐」の屋台で素揚げの臭豆腐をつまんだことがあったが、そのときは1カップ食べても平気だった。
しかし、のちに台湾に移住して、台湾人の妻(当時はまだ結婚していなかった)に小籠包の店に連れていかれた。鼎泰豊などという上等なところではなく、浙江省から来た外省人が開いたらしい庶民的な店だったが、小籠包だけでなく、彼女の好物である臭豆腐を蒸して出すことが売りの店だった。何も知らずに連れてこられた可哀想な日本人は、店内に入り、強烈な糞便臭に襲われた。それでも筆者は、おそらく店の奥のトイレが盛大に故障しているのだろうくらいに思っていた。彼女が注文票を書いたとき、筆者は彼女が臭豆腐の欄にしっかり「一」と書くのを見落としていたのだ。やがて匂いは更に強まる。それもそのはず、彼女が注文した臭豆腐の調理が始まったためである。そしてついに蒸籠が運ばれてきた。上の蒸籠には小籠包が入っていた。強烈な「異臭」さえなければ美味しいのだろう。そして下の蒸籠には、大便と見紛うばかりの臭豆腐が鎮座ましましていた。その後の記憶はあまりない。
それから三年余り経って、筆者は臭豆腐を少しずつ食べられるようになった。日本では、乗客が持ち込んだ臭豆腐の匂いが原因で、電車が止まるという珍事件も発生したが、筆者は感覚が着実に麻痺していった。1枚目の写真にあるようなスープの臭豆腐は、それほど臭みもなく、美味しいような気もしてくるから不思議だ。また鍋料理に臭豆腐がはじめから入っているケースもある。これも辛いスープと混ざったことで香りが消されたのか、もはやあまり気にならない。とはいえ、さすがに蒸した、最もかぐわしいものはご免こうむりたい。美食の島、台湾の「臭豆腐」、ぜひ皆さんもお試しあれ。
著者プロフィール
熊倉潤(くまくらじゅん)。アジア経済研究所地域研究センター。おもな著作に「一帯一路構想下的哈薩克 従2016年抗議行動看『中国脅威論』」羅金義、趙致洋編『放寛一帯一路的視界 困難与考験』香港中華書局(2018年)、「新疆ウイグル自治区におけるガバナンスの行方」『問題と研究』46(2): 117-148(2017年)など。
- 第1回 バングラデシュ――食らわんか河魚
- 第2回 クウェート――国民食マチブースと羊肉のはなし
- 第3回 ラオス――カブトムシは食べ物だった
- 第4回 タイ――うなだれる大衆魚・プラートゥー
- 第5回 トルコ――ラクの〆は臓物スープで
- 第6回 台湾――臭豆腐の香り
- 第7回 カンボジア――こじらせ系女子が食べてきた珍食
- 第8回 インドネシア――1本のサテがくり出す衝撃の味
- 第9回 中国四川省――肉食の醍醐味
- 第10回 ベトナム――「元気ハツラツ」じゃなかったハノイの卵コーヒー
- 第11回 ブラジル――「ツンデレの果実」ペキー
- 第12回 モルディブ――食べても食べてもツナ
- 第13回 フィリピン――最北の島で食す海と人の幸
- 第14回 タンザニア――ウガリを味わう
- 第15回 アメリカ――マンハッタンで繰り広げられる米中ハンバーガー対決
- 第16回 ニュージーランド――マオリの伝統料理「ハンギ」を食す
- 第17回 イギリス――レストランに関する進化論的考察
- 第18回 南アフリカ――「虹の国」の国民食、ブラーイ
- 第19回 デンマーク――酸っぱい思い出
- 第20回 ケニア――臓物を味わう
- 第21回 モンゴル――強烈な酸味あふれる「白い食べ物」は故郷を出ると……
- 第22回 インド――幻想のなかの「満洲」
- 第23回 マグリブ(北アフリカ)――幻の豚肉
- 最終回 中国――失われた食の風景
- 特別編 カザフスタン――感染症には馬乳が効く
世界珍食紀行(『アジ研ワールド・トレンド』2016年10月号~2018年3-4月号連載)
- 第1回「中国――多様かつ深遠なる中国の食文化」
- 第2回「ベトナム――食をめぐる恐怖体験」
- 第3回「気絶するほど旨い?臭い!――韓国『ホンオフェ』」
- 第4回「イラン――美食の国の『幻想的な』味?!」
- 第5回「キューバ――不足の経済の食」
- 第6回「タイ農村の虫料理」
- 第7回「ソ連――懐かしの機内食」
- 第8回「エチオピア――エチオピア人珍食に遭遇する」
- 第9回「多人種多民族が混交する国ブラジルの創造の珍食」
- 第10回「コートジボワール――多彩な『ソース』の魅力」
- 第11回「デーツ――アラブ首長国連邦」
- 第12回「ペルー ――アンデスのモルモット『クイ』」
- 第13回「ミャンマー ――珍食の一夜と長い前置き」
- 第14回「『物価高世界一』の地、アンゴラへ――ポルトガル・ワインの悲願の進出」