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コラム
第4回 タイ――うなだれる大衆魚・プラートゥー
PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050469
2018年8月
激辛料理や昆虫食など、珍奇なイメージが強いタイの食生活だが、素朴ながら美味しい食べ物だって沢山ある。そんな食べ物のひとつが、プラートゥーだ。
プラートゥーは、日本でグルクマと呼ばれる海水魚である。サバの仲間だが、短躯なのでむしろアジのように見える。隣のマレーシアやインドネシアではカレーに入れるようだが、タイでは、せいろで蒸してから一夜干しにしたものを揚げて食べることが多い。市場に行けば、干物を入れたせいろが山積みになっているし、スーパーでも、食品トレイに包装されて売られている。一流ブランド店の入った高級デパートですら、揚げプラートゥーの場違いな匂いが漂ってくることがある。フードコートの定番メニューだからだ。道端にはその場でプラートゥーを揚げる屋台が来て、仕事帰りや出勤途中の人々が匂いにつられて買っていく。日々の景色にいつでもちょっと顔をのぞかせているところも、日本のアジの干物を思わせて、親しみがわく。
最近では食品トレイも増えたが、せいろ入りで売られるものも多い。
揚げたプラートゥーは汁物に入れたり、辛味噌や野菜を添えて食べる。レストランでは、揚げプラートゥーの身をむしり、エシャロットやレモンなどと一緒に、コショウの葉で包んで食べる「ミエン・プラートゥー」も人気がある。ちなみに、プラートゥーだけでも十分おいしい。特にビールとの組み合わせは最高だ。ただ、筆者がプラートゥーを肴に家で晩酌するのが好きだと言ったら、タイの友人にはオヤジくさいと笑われてしまった。
そんなプラートゥーの干物は、なぜかいつでも首を不自然に曲げてうなだれている。そのせいで、いやにしおらしく見える。狭いせいろに仲良く頭をたれて並ぶさまは、愛嬌すらある。タイ人もそんな姿を面白く思うのか、首をがっくり曲げてせいろに並ぶ様をリアルに再現したお土産用のマグネットや、うなだれた姿をそのまま巨大化した抱き枕などの面白グッズもある。抱いて寝たら夢の中まで生臭くなりそうだが、それも厭わないということだろうか。
それにしても、なぜあんなにがっくり首を曲げているのだろう。タイ人に聞くと、「そのままだとせいろに入らないから、首を折るんだ」と教えてくれた。それなら大きいせいろに入れればいいのに。そう思っていたところ、同僚が面白い記事を紹介してくれた。「なぜ『メークローンのプラートゥーは、頭をたれてうなだれ』ているのか?」というタイ語の記事である。どうやらタイ人も、プラートゥー干物の低頭ぶりを不思議に思っていたらしい。
メークローンとはバンコク近郊の街で、プラートゥーの干物の名産地として知られる。「頭をたれて……」という文言は、引用の仕方からよく知られた言い回しであることがうかがわれる。記事によると、かつてはメークローン以外にもプラートゥーの産地があった。産地同士がしのぎを削った末、メークローンが名産地としてのブランドを確立して生き残ったのだが、その際メークローンの人々は、わざと小さいせいろを選んで魚の首を折って入れたのだという。「頭をたれてうなだれる」のフレーズは、その際に編み出された売り文句だった。そうした工夫の甲斐あって、「せいろに入りきらない=メークローンのプラートゥーは大きい」というブランドが確立したようだ。なんということだろう!あのしおらしい様子が、実は計算づくの販売戦略だったとは。アイドルの上目遣いのようなものだろうか。素朴な見かけによらず、プラートゥーはあざとかった。
著者プロフィール
青木まき(あおきまき)。アジア経済研究所地域研究センター研究員。主要な論文は、青木まき (2015)「メコン広域開発協力をめぐる国際関係の重層的展開」(『アジア経済』2015年6月号(第56巻2号)、青木まき(2016)「『メコンサブ地域』の出現」(大庭三枝編著『東アジアのかたち――秩序形成と統合をめぐる日米中ASEANの交差』千倉書房、所収)。
写真の出典
- 市場の店頭で売られるプラートゥー:バンコクのプラカノン市場にて坂田正三氏撮影。
- お土産用のマグネットになったプラートゥー:筆者撮影。
- 頭をたれてうなだれるプラートゥー:バンコクのプラカノン市場にて坂田正三氏撮影。
- 第1回 バングラデシュ――食らわんか河魚
- 第2回 クウェート――国民食マチブースと羊肉のはなし
- 第3回 ラオス――カブトムシは食べ物だった
- 第4回 タイ――うなだれる大衆魚・プラートゥー
- 第5回 トルコ――ラクの〆は臓物スープで
- 第6回 台湾――臭豆腐の香り
- 第7回 カンボジア――こじらせ系女子が食べてきた珍食
- 第8回 インドネシア――1本のサテがくり出す衝撃の味
- 第9回 中国四川省――肉食の醍醐味
- 第10回 ベトナム――「元気ハツラツ」じゃなかったハノイの卵コーヒー
- 第11回 ブラジル――「ツンデレの果実」ペキー
- 第12回 モルディブ――食べても食べてもツナ
- 第13回 フィリピン――最北の島で食す海と人の幸
- 第14回 タンザニア――ウガリを味わう
- 第15回 アメリカ――マンハッタンで繰り広げられる米中ハンバーガー対決
- 第16回 ニュージーランド――マオリの伝統料理「ハンギ」を食す
- 第17回 イギリス――レストランに関する進化論的考察
- 第18回 南アフリカ――「虹の国」の国民食、ブラーイ
- 第19回 デンマーク――酸っぱい思い出
- 第20回 ケニア――臓物を味わう
- 第21回 モンゴル――強烈な酸味あふれる「白い食べ物」は故郷を出ると……
- 第22回 インド――幻想のなかの「満洲」
- 第23回 マグリブ(北アフリカ)――幻の豚肉
- 最終回 中国――失われた食の風景
- 特別編 カザフスタン――感染症には馬乳が効く
世界珍食紀行(『アジ研ワールド・トレンド』2016年10月号~2018年3-4月号連載)
- 第1回「中国――多様かつ深遠なる中国の食文化」
- 第2回「ベトナム――食をめぐる恐怖体験」
- 第3回「気絶するほど旨い?臭い!――韓国『ホンオフェ』」
- 第4回「イラン――美食の国の『幻想的な』味?!」
- 第5回「キューバ――不足の経済の食」
- 第6回「タイ農村の虫料理」
- 第7回「ソ連――懐かしの機内食」
- 第8回「エチオピア――エチオピア人珍食に遭遇する」
- 第9回「多人種多民族が混交する国ブラジルの創造の珍食」
- 第10回「コートジボワール――多彩な『ソース』の魅力」
- 第11回「デーツ――アラブ首長国連邦」
- 第12回「ペルー ――アンデスのモルモット『クイ』」
- 第13回「ミャンマー ――珍食の一夜と長い前置き」
- 第14回「『物価高世界一』の地、アンゴラへ――ポルトガル・ワインの悲願の進出」